動物化する日本人
動物化する日本人
2019年12月に刊行されたばかりの菅付雅信著『動物と機械から離れて:AIが変える世界と人間の未来』は最新のデジタル世界をわかりやすく描いている。この本は、自由意志をもつはずの「人間」が機械の指し示す情報に沿って行動するだけの「動物」に転化しつつある現状に警告を発している。ここではこの本の問題的提起を受けて、圧倒的無関心、ニュース接触、「システム2」思考という三つの論点を取り上げたい。
- 圧倒的無関心
大学で教鞭をとっていて気になるのは、大学生の政治・経済・社会問題に対する圧倒的無関心である。「親に外で政治の話をするなと言われている」、「家でも政治の話をしない」といった大学生の声を聞くと、パブリック(public)という概念をもたない日本人の悲しさのようなものを感じる。その結果として、新聞を読まなくなったばかりか、テレビも見ずに好みのSNSに興じて時間を過ごす若者が増えているようだ。彼らの関心はスポーツ、ゲーム、ファッション、グルメ、音楽・芸能であったりするのだろう。
総務省の「情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書」でSNSの利用状況をみると、2012年の20代のなかでもっとも高かった利用率48.9%のLINEの場合、2018年には98.1%にまで達した(https://www.soumu.go.jp/main_content/000644168.pdf)。Twitterも37.3%から76.1%に上昇した。YouTubeの利用率も高く2018年に92.8%にのぼった(2014年は89.1%)。2015年に20代で31.5%だったInstagramの利用率は63.2%まで上昇した。
渡辺洋子著「SNSを情報ツールとして使う若者たち」(『放送研究と調査』2019年5月, https://www.nhk.or.jp/bunken/research/domestic/pdf/20190501_6.pdf)よると、「SNSを多く利用する若年層では、情報接触が個人の関心に傾きがちだったり、ニュースを主にLINE NEWSから主に得る人では、ニュースに自ら接することが少なかったりと、政治や経済・社会の動きに触れる機会が少ない傾向がみられた」と結論づけている。
おそらくこう状況には教育を通じた長期的な抜本的改革が必要だろう。個人情報保護という観点でみて、決して十分とは言えないLINEをあまりに多くの日本人が利用しているという、「過度の同調性」をぶち壊すには長い時間と根気が求められている。
- ニュース接触
つぎに問題になるのは、どんなメディアがもたらすニュースに接触するかだ。新聞通信調査会の「メディアに関する全国世論調査 2019年」(https://www.chosakai.gr.jp/wp/wp-content/uploads/2019/11/%E7%AC%AC12%E5%9B%9E%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E5%85%A8%E5%9B%BD%E4%B8%96%E8%AB%96%E8%AA%BF%E6%9F%BB%EF%BC%882019%E5%B9%B4%EF%BC%89%E5%A0%B1%E5%91%8A%E6%9B%B8_20191128%E8%A8%82%E6%AD%A3.pdf)によれば、インターネットのニュースをYahoo!やGoogleなどの「ポータルサイト」で見る割合が83.2%にのぼり、ついでLINE、Twitter、FacebookなどのSNS経由で読む割合が34.5%だ。つまり、新聞を購読したり、テレビを視聴したりして、昔ながらの方法でニュースに接触する人々は年を追うごとに少なくなっている。
そこで心配になるのが情報操作(manipulation)である。石堂彰彦は「LINE NEWSの“報道”に関する一考察:Yahoo!ニュースおよびマスメディアとの比較から」(『成蹊人文研究』, http://repository.seikei.ac.jp/dspace/bitstream/10928/1002/1/jinbun-26_97-120.pdf)のなかで興味深い分析をしている。
「ネットメディアにとって、あるニュースを掲載することは、ターゲットとするユーザーを獲得し、つなぎとめる戦略の一環である。このような視点からすれば、LINE NEWSやYahoo!ニュースをはじめとするネットメディアが「掲載しなかった」ニュースも同様に、企業戦略の結果であると考えるべきである。」
というのがそれである。
もちろん、新聞やテレビといったマスメディアも商業主義による情報操作をしている面がある。しかし、ネットメディアによるニュース提供はこれよりもずっと露骨であり、利益優先主義に基づいている。そう考えると、2019年11月に発表されたように、ヤフーとLINEが統合すれば、今後、LINE NEWSとYahoo!ニュースどうなるかが気になる。きわめて商業主義的で利益優先のネットメディアが日本人の多くを情報操作できるようになると考えると、実に恐ろしい事態なのだ。
米国などでも事態はよく似ている。Pew Research Centerが米国の13歳から17歳の若者743人を2018年3~4月に調査したところ、85%が毎日YouTube、72%がInstagram、69%がSnapchat、51%がFacebookを利用していた(https://www.pewresearch.org/internet/wp-content/uploads/sites/9/2018/05/PI_2018.05.31_TeensTech_FINAL.pdf)。彼らの多くはニュース自体にあまり関心がないのだろうが、ニュースに接触するにしてもこれらのSNS経由で提供されるニュースだけを頼ってしまっているという懸念がぬぐえない。YouTubeはGoogle、InstagramはFacebookの支配下にあるから、米国の若者の多くがGoogleやFacebookによる情報操作の餌食になっている公算が大きい。
そればかりではない。The Economistの「若者とメディア」についての記事(2019年12月21日付)によれば、アラブの若者(18~24歳)の8割ほどがいまではソーシャルメディアからニュースを得ており、2015年にはわずか25%だったことに比べると様変わりだとしている。韓国のティーンエイジャーの3分の2は世界で何が起きているかを知るためにオンラインを利用しているが、そのうち97%は最大手のインターネット検索ポータルサイト、Naverを利用しているらしい。その運営会社はネイバー・コーポレーションであり、旧名NHN当時の2000年にNHN Japanを設立、その後同社はLINEに統合された。こうしてみると、韓国でもSNSにかかわるネットメディアが若者を情報操作しうる立場にあることがわかる。
このサイトで、「情報操作 ディスインフォメーションの脅威」について論じたことがある(https://webronza.asahi.com/politics/articles/2019101600014.html)。いままさに、世界中の若者の多くがディスインフォメーション(意図的で不正確な情報)工作の脅威にさらされている。そうであるならば、早急にその対策を立てなければ、大きな影響力をもちつつあるネットメディアの術中にはまってしまいかねない。とくに、同調性の高い日本の若者が心配だ。
- 「システム2」思考
『動物化するポストモダン』の著者、東浩紀はその著書『一般意志2・0』(講談社、2011年)において、つぎのような趣旨の話を書いている。
人間には動物的な面と人間的な面の両面がある。動物的な面は快を最大化するために功利主義的にふるまうもので、その分析は経済学が得意とする。いわば動物的人間は統計処理しやすい「モノ」として扱われ、そこに市場が生まれる。他方、人間的側面に着目すると、一人の人間はそれぞれ唯一無二の存在として扱われ、その一人一人が集まった空間として公共空間が生まれる。私的には動物として、公的には人間として、考えるというのがヨーロッパ的共同体における思想の基本的枠組みであったことになる。
この議論を踏襲すると、デジタル化を通じて人間はますます統計処理しやすい「動くモノ」たる動物に近づいていることになる。そのとき、人間は「システム1」の思考法にとどまっている。行動経済学者のダニエル・カーネマン著『ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるか?』によれば、システム1のレベルでは、①「印象、感覚、傾向が形成されるのだが、システム2に承認されれば、これらは確信、態度、意志となる」、②「自動的かつ高速に機能するが、努力はほとんど伴わない。主体的にコントロールする感覚はない」といった特徴がある。システム2は、「複雑な計算など頭を使わなければできない困難な知的活動にしかるべき注意を割り当てる」もので、その働きは、「代理、選択、集中などの主観的経験と関連づけられることが多い」とされている。カーネマンの理解では、人間の思考法はつぎのようになる。
「システム1は、印象、直感、意志、感触を絶えず生み出してはシステム2に供給する。システム2がゴーサインを出せば、印象や直感は確信に変わり、衝動は意志的な行動に変わる。万事とくに問題のない場合、つまりだいたいの場合は、システム1から送られてきた材料をシステム2は無修正かわずかな修正を加えただけで受け入れる。そこで、あなたは、自分の印象はおおむね正しいと信じ、自分がいいと思うとおりに行動する。」
筆者が憂慮しているのは、デジタル化が進むにつれて、人間の脳のうちシステム2の活動がますます怠惰になり、システム1を使って直感的に判断する人間がきわめて増えているのではないかという問題だ。そもそも、いまの日本の若者のほとんどは「21世紀龍馬会」のこのサイトを読まないだろう。読んでもなかなかシステム2のレベルで沈思黙考できるわけではない。訓練が必要なのである。ここでも、教育がきわめて重要ということになる。
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