トヨタ自動車を考える

国土交通省は2022年以降、日野自動車や豊田自動織機、ダイハツ工業で不正が相次いで明らかになったことから、他の国内自動車メーカーや車の装置メーカーなど85社に対し、同じようなケースがないか調査し、報告するよう指示していた。その結果、2024年6月3日、トヨタ自動車、マツダ、ヤマハ発動機、ホンダ、スズキの5社から、自動車の「型式指定」の認証申請に際して不正が確認されたと報告があった。ここでは、日本を代表する自動車メーカー、トヨタをめぐる不正について、地政学的な観点から考察してみたい。

 

トヨタ批判の難しさ

最初の論点は、「大きすぎて、批判するのが難しい」(Too big, too hard to criticize)という点についてである。国内の論調をみても、テレビ報道は明らかにトヨタに手ぬるい。大口のCM顧客であるトヨタに掌返しできるはずもない。新聞社もテレビ局を系列にもつ以上、痛烈な批判を手控えているようにみえる。この結果、トヨタの型式認証制度違反の本質に迫ることが難しくなってしまう。

もちろん、同じようなことは海外の巨大な企業や銀行でも起きる。その場合、こうした会社の本拠地における批判は、その外部にあたる海外での批判に比べると、厳しさに欠ける。そうであるならば、こうした巨大な会社は海外という外部における批判により耳をすます必要がある。国内批判がなかなか声になりにくい以上、海外での批判は貴重だ。

こうした考えから、2021年8月12日付で「米国で強まるトヨタ自動車批判:大広告主への忖度で日本では知られていない「真実」」という拙稿を「論座」で公表したことがある。当時も、日本国内では、怖くてトヨタを批判できる者はほとんどいなかったと記憶している。だからこそ、海外でのトヨタ批判を日本国民に知らせる目的でこの記事を書いたのだ。

わかってほしいのは、力関係によって批判すらままならないというマスメディアの置かれた状況についてである。

 

トヨタと自民党

この状況は、自民党批判にもあてはまる。長く政権を握る自民党を一刀両断にするのはリスクが大きすぎる。厳しい自民党批判は報復を引き起こし、しっぺ返しを受けかねない。本当は、倫理観の欠如した「ゴキブリ野郎」の巣窟たる自民党の言い分など、最初から聞く必要などまったくないのに、彼らのいう些末な議論によって政治改革の核心部分が腰砕けになっている。

同じように、トヨタのひどさを真正面から批判すると、必ずや報復を受けるだろう。トヨタ本体からでなくても、部品会社、その他関連企業などから、購入差し止めといった嫌がらせさえ受けるかもしれない。

地政学に関連づけていえば、拙著『帝国主義アメリカの野望』といった本を出せば、米国政府が怒るのはもちろんだが、「属国」たる日本の外務省も「塩原」なる人物を要注意人物として排除するよう、「お達し」を出すかもしれない。まあ、こんな本を出す以前から、「ウクライナ問題で真実を語る者」としてすでに「札付き」かもしれないが。

トヨタ自動車のトヨタ章男会社は世襲経営者である。岸田文雄は世襲政治家だ。世襲が一律にダメであるとは言わない。だが、世襲が多くの問題を引き起こすのは事実であろう。ただ、トヨタ自動車と自民党に守られている二人に矢を射るのは難しい。その意味で、2024年2月に公表された「【巨弾レポート】元コンパニオンの重用、日経新聞を拒絶…豊田章男・トヨタ会長はなぜ不正を招いたのか《グループ3社で連続発覚》」という「週刊文春」の記事は圧巻であった。豊田章男の女性問題まで書かれている。

 

自己認証制度という大問題

こうした情報発信につきものの権力関係に注意を払いながら、今回の不正について論じてみよう。今回の型式認証制度不正がもたらした問題点について、地政学的に考察したい。

この認証制度は、道路運送車両法で定められたもので、保安基準(第40条~第42条・第46条)を満たしていることを前提に、大量生産される自動車について、認証(型式指定)(第75条)を受けることになる。

別言すると、型式認証制度は、自動車メーカーなどが新型の自動車などの生産または販売を行う場合に、あらかじめ国土交通大臣に申請または届出を行い、保安基準への適合性などについて審査を受ける制度をいう。具体的には、自動車メーカーは車種やエンジンごとに、サンプルを使ってブレーキや燃費の性能などを確かめる試験を行う。メーカーは大量生産に移行する前に、あらかじめ国にこの試験のデータを提出し、審査に合格すれば型式の指定が受けられる。そうすれば、販売時に1台ずつ国の検査を受けなくてもよくなるのである。

問題となったのは、この自主的に行う試験において、データを改竄したり、捏造したりして、認証制度の根幹を揺るがした点である。自社主体での試験という自己認証方式では、第三者に委託して試験してもらう第三者認証方式に比べて、認証費用が少なくてすむほか、認証期間の短縮やスケジュール管理が容易であるといったメリットも多い。だが、本来、開発側の自動車メーカーに自己認証させると、今回のような不正行為が横行し、事故を引き起こしかねない。

初の道路運送車両法第75条に基づく型式指定取り消し処分は、2022年3月に日野自動車に対して行われた。エンジン性能試験をめぐる不正が発覚したのである。2023年4月になって、ダイハツ工業は内部通報により、国内および海外向けの車輛追突試験、排出ガスや燃費について不正が行われていたと発表し、2例目となる第75条に基づく是正命令が出された。

それだけではない。2024年1月、とくに悪質な不正行為が確認された3車種(ダイハツ・グランマックス/トヨタ・タウンエース/マツダ・ボン[いずれもトラックタイプのみ])について、国土交通省は型式指定の取り消し処分を出した。

本来であれば、日野自動車の不正が明るみに出された時点で、他者の不正も明らかにすべきであったにもかかわらず、それができないまま、自己認証によってずっと不正が継続してきたことになる。

今回の5社による不正については、「現時点では悪質さのレベルは低く、組織的な隠蔽の証拠は見られない」といった見方もある。トヨタの場合、不正のうち3事例は、国の基準には適合しないものの、より厳しい条件下でなされた試験データを認証用に提出していたものだった(2024年6月4日付「日本経済新聞」)。ホンダの事例も、そうらしい(2024年6月8日付「毎日新聞」)。ただし、トヨタが「レクサスRX」でエンジン出力を確かめる試験で狙った出力が得られなかったためコンピューター制御を調整し、再度試験をしたデータを使用したケースなど、結果をよく見せるために行った事案が含まれている(6月4日付「ブルームバーグ」)。

 

認証制度の改革は必然

先に説明したように、日本のマスメディアはトヨタを真正面から批判しにくい(日本経済新聞はトヨタと対立関係にあり、少しは批判精神を発揮できるようだが)。自民党を一方的に叩けないと同じである。もちろん、官僚もトヨタに強く出られない。権力にひれ伏すしかないのが官僚なのだから。

だが、今回の不祥事を奇貨として、認証制度を抜本的に改革すべきである。なぜなら、実はいま、世界中で「自動運転規制」をめぐって認証制度の重要性が増しているからだ。

上梓したばかりの拙著『帝国主義アメリカの野望』の170ページに、つぎのような記述がある。

「全米の自動車安全規制当局である運輸省道路交通安全局(NHTSA)は自動運転技術に関する基本的な基準を定めていない。開発機会の平等の維持に力点が置かれている。欧州諸国とは異なり、アメリカはメーカーが基本的な安全基準を遵守していることを「自己証明」することを認めているのだ。自己認証が認められているので、自動車メーカーは連邦政府の許可なしに自動運転システムを導入することができる。これに対して、ヨーロッパでは、最低限必要な基準を規制当局が定め、監視するというのが大原則だ。EU の規制推進姿勢は、テクノロジー分野に限ったことではなく、市場がどのように運営され、政府の最適な役割は何かという、より広範な視点を反映している。」

ここでの話題は自動運転技術に関するものである。だれでも容易に想像できるように、自動運転技術が進歩すればするほど、自動車の安全性確保の観点から、この技術をどのように評価し、管理してゆくが行政当局の大きな課題となる。それは、自動車メーカーの自己認証をどこまで認めるのかという問題でもある。

 

最大の問題はアップデート機能

2020年8月、MIT Science Policy Reviewに「自動運転免許: 自律走行車がより安全な道路という約束を確実に実現するために」という論文が掲載された。そこに、気になる記述がある。「認証スキームの設計をさらに複雑にしているのは、OTA(Over-the-Air)アップデートの機能と普及である」と記されているからだ。

OTAアップデートは、自律走行車(AV)のソフトウェアに遠隔から自動的に変更を加えることができ、ハードウェアに変更を加えることなくAVの動作を変更することができる。エンジニアは常に、車両に搭載されたセンシング、意思決定、制御システムの改良に取り組んでいる。車両の走行距離が増えれば、より多くのシナリオに対するAVの汎用性を向上させるために使用できるデータも増える。しかし、「OTAによるアップデートは一般的に、従来の車両認証モデルを壊す」と指摘されているのだ。

同じクルマがアップデートされると、アップデート前と挙動が大きく異なるため、再認証が必要になる場合が生まれるのである。そのうえで、論文は、「AV技術を継続的に向上させるために、アップデートをどのように段階的に認証できるかは、現在のところ未解決の問題である」とのべている。

論文は、自律走行システムを設計するためにAV企業が取っているアプローチは多様であるため、「外部の独立した審査プロセスや厳格な規制は非現実的である」と指摘する。その一方で、「あらゆるレベルの自律性と機能をもつAVの安全性を確保するには、規格の設定と外部からの監視が必要になる」。

どうすればいいのか。根本的な問題として、「現状では、AVが「必ず」あるいは「絶対に」何かをするということを確実に証明することはできない」から、認証基準の文言は、「現実世界のシステムの確率的性質を考慮して書き直さなければならない」という。そうであるならば、認証制度そのものの抜本改革が必要になるはずだ。

さらに、より大きな影響力を持つ大企業が、その分野で最も成熟した技術しか満たせないような基準を設定することで、競争を締め出す可能性があるという懸念にどう対処すべきであるのかという問題もある。

 

海外との協調

加えて、海外との猛烈な競争という現実もある。国連には、自動車安全・環境基準の国際調和と認証の相互承認を多国間で審議する唯一の場として「自動車基準調和世界フォーラム」(WP29)という組織がある。欧州各国、1地域(EU)に加え、日本、米国、カナダ、オーストラリア、南アフリカ、中国、インド、韓国など(日本は1977年から継続的に参加)がメンバーとなっている。

 

UN規則の成立

2020年6月24日に開催されたWP29は、自動車のサイバーセキュリティとソフトウェアアップデートに関する国際基準(UN規則)を成立させた(詳しくは記事「自動車セキュリティとソフト更新の国際基準が成立」を参照)。この国際基準では、すべての自動運転レベルに共通してサイバーセキュリティとソフトウェアアップデートの法規が適用される。前述した無線ネットワークによるアップデート(OTA)に限らず、ソフトウェアアップデート全般が対象となる。また、乗用車だけでなくトラックやバン、トレーラー、農業機械なども規制対象だ。

この国際基準は2021年1月から施行され、欧州や日本など各国で対応が義務化された。日本の国土交通省は2020年8月、自動運転車をはじめとする自動車の使用過程における適切なソフトウェアアップデートを確保する環境を整備するため、今般、自動車の特定改造等の許可制度を創設するとともに、本制度を本年11月より開始することとすると発表した。

日本は世界の潮流に何とか即応しているように思うかもしれない。しかし、今回の不正のようなスキャンダルに直面すると、日本の自動車メーカーへの信頼は地に堕ちる。

 

ドイツとの差異

その意味で、気になるのは、ドイツにおける規制との違いだ。ドイツ道交法は2021年5月に改正され、レベル4(L4)認可での項目が追加された(L4では、自動運転を継続することが困難な状況[故障、天候の急変など]においても、自動で安全に停止することが可能であり、車内にも遠隔地にも運転者を必要としない)。自律走行機能を有する自動車の製造者の要件が加えられ、①リスクアセス実施(リスクアセスメントがどのように実施されたか、リスクに 対応できていることを、連邦自動車交通局および所轄官庁に証明する)、②通信(自律走行に十分な安全性を備えた通信システムを保有するなど)、③マニュアル/技能員教育(自動車の技術的機能、特に運転機能および技術検査員の業務の遂 行に関する教育を行うことなど)――が新しい認可基準になった。

日本ではL3自動運転車に対する型式認証要件は定義済みだが、現在、日本のL4認可基準への対応がどうなっているかについて、私は知らない。ただ、車両・システムの開発を行った国立研究開発法人産業技術総合研究所は、福井県吉田郡永平寺町におけるL4運転移動サービスの実現に向けて、道路運送車両法に基づき、遠隔監視のみのL4の自動運行装置を備えた車両としての走行環境条件の付与申請を国土交通省中部運輸局に行い、国内で初めて2023年3月30日に認可されたと発表されている。その後については不明だ。

他方で、今回の不正がこの最先端の自動運転技術をめぐる自律走行車の認証制度にどうかかわるかについてもわからない。その理由は簡単だ。マスメディアの能力が不十分で、部外者でも理解できるような情報開示がそもそも不十分なのである。

 

大切な論点

先に紹介した論文「自動運転免許: 自律走行車がより安全な道路という約束を確実に実現するために」は、「安全性を検証するには、AVの安全運転を定義する性能基準を適切に特定するために、標準化機関、政府、企業間の慎重な協力が必要であることを示唆した」と書いている。「自律走行アルゴリズムとモデルの複雑さと不透明さを考慮すれば、このような協力体制は現実的に必要である」という。おそらくその通りであろう。

しかも、自動運転の未来は、検証可能なソフトウェアや安全なドライバーのトレーニングの成功だけでなく、車両自体には直接関係しない要素にも結びついている。たとえば、都市計画は、道路をAVにとってよりフレンドリーなものにすることで、自動運転の問題を単純化することができる。さらに、サイバーセキュリティは、とくにソフトウェアを頻繁に更新・変更するAVにとって大きな問題である。車両の安全性は、テストされるソフトウェアが外部からの攻撃に対して脆弱でないという事実にかかっている。さらに、AVに関する責任(事故が発生した場合に責任を負うべき人物や団体)についても長年の疑問があり、これは企業やメーカーにおける安全慣行の採用に影響を及ぼす可能性がある。

つまり、「自律走行は、文字どおり都市の風景を、そして規制や保険に関しては比喩的に、完全に変えてしまう可能性を秘めている」といえるだろう。そうであるからこそ、ごく一部の専門家と称せられるいかがわしい者たちだけにここで論じている認証問題を任せるわけにはゆかないのだ。

このように、自動運転技術や自律走行車といった将来まで見据えた議論をするとき、急速に力をつけている中国の自動車メーカーとの協力という論点も無視できない。

中国では、自動運転等級国家基準が2022年3月から実施されている。これに準じるかたちで、自動運転車安全サービスガイドラインを中国交通運輸局が発表し、同サービス領域での規制を行っている。こうした中国の認証制度が国際的にどのような影響をおよぼすのかも気になるところだ。他方で、もちろん、アメリカの出方も気なる。

 

トヨタ神話の崩壊

世界企業に成長したトヨタには、「トヨタ基本理念」があり、これを実践する上で、全世界のトヨタで働く人々が共有すべき価値観や手法を示した「トヨタウェイ2001」が2001年に明文化された。その二つの柱は、「知恵と改善」と「人間性尊重」である。「知恵と改善」は、常に現状に満足することなく、より高い付加価値を求めて知恵を絞り続けることであり、「人間性尊重」は、あらゆるステークホルダー(利害関係者)を尊重し、従業員の成長を会社の成果に結びつけることを意味している。

この「トヨタウェイ」は14の原則からなっている。これをもとに、2004年、ミシガン大学のジェフリー・ライカー教授は、『トヨタウェイ:世界一のメーカーに学ぶ14の経営理念』を出版する。これによって、トヨタは「神話化」され、トヨタは世界のエクセレント企業の仲間入りを果たした。

だが、今回の不祥事はトヨタに対する風当たりを着実に強くする。とくに、「強烈な会社への忠誠心に報いるが、同時に権威に異議を唱える者の発言力を必ず低下させる」という現実のトヨタの実情をどう改革するべきかについて、いまの「トヨタウェイ」はまったく答えていない。

しかも、「広く普及しているトヨタのカイゼン理念は、チームワークや人間尊重に比べ、あまり重視されていないこともわかった」とか、「トヨタの文化は個人主義と集団主義の間でややバランスが取れているが、これはアジアのほとんどの国の文化とは異なっている」と指摘する論文もある。

企業の多国籍化は、地域や国によって異なる文化にどう対応するべきかという古くて新しい問題を惹起する。その意味で、今回の不祥事は「トヨタウェイ」といった世界中に共通する価値観の共有という理想についても、再考を迫っているのではないか。

それにもかかわらず、ここで紹介したような論点から、トヨタを厳しく断罪するような考察は少なくとも日本ではほとんど見受けられない。外部たる海外からの批判に期待しているが、いまのところ、それも少ないようだ。

いずれにしても、トヨタのような巨大企業の不祥事は、さまざまな観点から、詳細に分析することで、興味深い複数の教訓をもたらしてくれるように思われる。その意味で、地政学という視角から、今回の不祥事をながめてみるだけの価値はあると思う。それにしても、マスメディアの能力を高めないと、ある不祥事の核心部分を見極めることができないまま、再び似たような事件が反復しかねない。本当に勉強する努力を大切にしてほしい。それには、教える側の誠実さも大切になる。本音で議論できる環境を整えることも重要だ。

 

 

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塩原 俊彦

(21世紀龍馬会代表)

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