ウクライナ戦争をめぐる機密文書の暴露を読み解く(改定版)
(「独立言論フォーラム」に無償で情報提供しても、掲載に時間がかかる。ここでは、その改定版を掲載したい)
2023年4月6日、「ニューヨーク・タイムズ」(NYT)は「ウクライナ戦争計画漏洩で国防総省が調査へ」という記事をスクープした。その後、この機密文書に絡んださまざまな報道があるので、ここでこの機密文書についてまとめておきたい。ただし、毎日、散発的に機密文書の内容がさまざまなかたちで明らかにされているので、4月13日現在の情報に基づいている。なお、FBIは4月13日、マサチューセッツ州航空州兵で情報部門に所属する21歳の男を逮捕した。
機密文書とは?
当初、NYTは、「国防総省は、「ツイッター」と、ロシアで広く利用されている5億人以上のユーザーを持つプラットフォームである「テレグラム」に掲載された機密書の流出について、だれが背後にいたかを調査中であると報じた。ただし、「文書は5週間前のものである」とした。4月9日に公開された情報によれば、これらの文書は、ゲーマーに人気のあるメッセージング・プラットフォームである「ディスコード」(Discord)に3月上旬ころにオンライン投稿されたものであり、ここ数カ月の間に他のDiscordサーバーでさらに多くの文書が共有されていたようだ。その後、画像掲示板の4Chanなどの他のサイトに広がり、テレグラム、ツイッターなどに広がったと考えられている。
比較的整理された「メドゥーサ」の情報によれば、この機密文書は、ある種のプレゼンテーションのA4シートの写真(全部で100枚以上と言われている)であり、3月1日にドイツで開催された北大西洋条約機構(NATO)とウクライナ軍の会合に参加したアメリカ人向けに作成されたものという。インターネット上で広く流通したのは、プレゼン資料の中の数枚だけで、そこには改ざんされたデータも含まれていた。このリークの部分は、4月5日に戦争を支持するロシアのユーザーの電報フィードに現れ、瞬く間にこのセグメント全体に広まった。ソースとされる英語版ドンバスDevushkaチャンネルが特定された。
4chanにおいて、同じプレゼンテーションの文書の写真数十枚の別の部分が公開されていたが、それはドンバスDevushkaに掲載される数時間前に行われた。だが、4chanでの公開が最初でないことがすぐに明らかになる。3月上旬には、フィリピンのユーチューバーWaoMaoのファンのグループ内のDiscordプラットフォームのサーバーに同じ文書が投稿されていたのだ。しかし、それ以前に流出の痕跡が見つかったのは、Thug Shaker Centralという別のDiscordサーバーだ。このサーバーに関するリーク情報は、1月に公開されはじめたとされており、合計で数百の文書が投稿された。現在、これらのサイトはすべて文書が削除されている。
機密文書の特徴
「メデゥーサ」は、機密文書の内容について、つぎの5項目の特徴を記している。
- 多くのシートには「極秘」「外国人代表には提供しない」と記されている。
- 写真のなかには画質が悪いものもあり、重要な細部が見えないものもある。
- 書類のかなりの部分はウクライナとは関係ない。このコレクションには、世界中の出来事-中国からイエメンまで-に関する米国のさまざまな情報機関の報告が含まれている。
- ウクライナ戦争に関連する文書は、前線の現状(3月2日現在)と戦略的な問題(反撃のためのウクライナ軍の新編成の人員配置、双方の戦力バランスと損失、ウクライナ防空の状態、各種兵器の納入スピード)の両方を説明している。
- これとは別に、前線の状況に関するウクライナ指導部の議論や、ロシア参謀本部での同様の議論に関する情報報告もある。
機密文書の個別内容
機密文書は多岐にわたるので、ここでは、さまざまな公開情報に基づいて、その具体的な内容を紹介してみたい。
- 3月初旬の時点で、両軍とも状態は悪く、比較的小さな兵力で活動していた。ロシア軍はウクライナ軍より若干多い兵力(約14万人)を前線に配置していた。
- 両軍とも予備兵力を増強していた。ロシアの予備軍についてはほとんど書かれていないが、反撃のためのウクライナ軍の二つの攻撃軍団の創設に数ページが割かれている。9個旅団は西側諸国が訓練と武装を行い、別の3個旅団はウクライナ自身が行う予定だった。旅団はすべて新しく作られた編成である。
- ウクライナの防空は、3月初めの時点でとくにひどい状態だった。90%近くがソ連製システム(主にS-300とBuk)で、弾薬が枯渇していた。西側の防空システムの弾薬の消費量も、NATOの更新能力を上回っていた。文書によると、ウクライナの防空は4月には弾薬がなくなり、ロシア空軍が航空優勢になり、前線とウクライナ防衛の深部の両方を攻撃できるようになり、部隊にヘリコプターを供給することも可能になると、文書の一つに書かれている。米国はS-300とBukミサイルを「同盟国から」緊急に求める予定だった。
- ウクライナ軍では、西側の大砲の弾薬不足も深刻だった、と文書は示している。
- ウクライナは反攻のために12個旅団を準備しており、そのうち3個はウクライナで、9個は米国の指導者の指導のもと西側諸国で訓練されている。3月末までに6個旅団、4月末までにさらに3個旅団が準備される予定だった。さらに、作戦中、ウクライナは253輌の戦車、381台の追跡車両、480台の車輪付き車両、147門の大砲、571台の「高機動多目的車輪付き車両」(HMMWV)を主に米軍で使用されているものから使用する予定である。
- あるスライドでは、ロシア兵が1万6000~1万7500人死亡したのに対し、ウクライナでは7万1500人もの兵士が死亡したとされている。4chanで見つかったシートでは、ロシア軍は2月末までに最大4万3500人を失ったのに対し、ウクライナ軍は1万7500人を失っていた(4月12日付のロイター電によれば、「ロシア/ウクライナ-戦闘の持続性と消耗の評価」という機密文書において、ウクライナの戦死者1万5500-1万7500人と10万9000-11万3500人の戦傷者を含む12万4500-13万1000人の犠牲者を出しているとされている。「この数字は、モスクワとキーウのいずれが発表した公的な死傷者数の約10倍である」と報じている。)。
- 2月28日付の文書は、米国人だけが見ることを許可されたことを意味する「SECRET/NOFORN」に分類されている。この文書によると、米国を含む西側5カ国から97名の特殊部隊がウクライナに派遣されていた。英国が50人と最も多く、次いでラトビアが17人、フランスが15人、米国が14人。オランダはウクライナに1人の兵士がいた。
- 2月26日、ウクライナの治安当局であるウクライナ保安局の職員は、ベラルーシにいる自分たちのスパイが、その日のうちに命令に反してロシアの偵察機を攻撃していたと結論づける(米国のスパイが盗聴していたことになる)。
- いくつかのスライドには、ウクライナ軍の武装と訓練に関する西側の計画について、目を見張るほど詳細に説明されている。ウクライナの九つの旅団の状況、各旅団の装甲と大砲の量、ウクライナが毎日発射する砲弾と精密誘導ロケットの正確な数などである。
- ウクライナのブーク(Buk)ミサイルは、従来の発射速度からすると3月31日に切れるとされていた(実際にそうなったかどうかは不明)。S-300ミサイルは、5月2日頃までしか使えない。米国防総省はウクライナの前線防護能力は、5月23日までに「完全に低下する」と結論づけている。
- ロシアは2,000台以上の戦車を失い、現在では419台しか「戦地」にいない。ウクライナ東部でのロシアの作戦は「膠着状態に向かい」、その結果「2023年以降も戦争が長引く」。
- ロシア対外諜報局(SVR)の傍受信号が引用されており、中国は「致死的援助の段階的提供を承認」したが、「取引を秘密にしておきたいので、軍事援助を海、鉄道、空を通じて届けられる民間機器に偽装する用意がある」と報告している。この傍受は、米国がSVRを盗聴して入手したもので、国家情報長官室がまとめた最近のウクライナおよびロシア関連の「製品」の極秘概要(2月23日付)に含まれていた
- ロシア連邦保安局(FSB)の指導を受けたハッキング集団が、2023年2月にカナダのガスパイプライン会社に侵入し、そのインフラに損害を与えた可能性がある。
- 機密資料の中にある米国防情報局の評価書によると、ウクライナとロシアの間で繰り広げられている戦争は、双方とも勝利を得られず、紛争終結の交渉を拒否したまま2024年まで続くと予想されている。この分析では、ウクライナが「かなりの」領土を奪還し、「ロシア軍に持続不可能な損失」を与えたとしても、米国の情報機関はこの結果をあり得ないと考えており、この国の獲得が和平交渉につながることはないだろうと結論づけている。
外国の監視内容
さらに、ウクライナ、中東、中国に関する米国の国家安全保障に加え、同盟国、とくに韓国、イスラエル、英国に対する監視に関連する100以上のファイルが発見された。これからわかるのは、米国が相変わらず同盟国であろうとなかろうと、監視の目を光らせていることである。そのいくつかの具体的な内容を紹介してみよう。
- リークされた致死的援助に関する文書は、最高機密の「探索的分析」と記され、2月28日付で、イスラエルはウクライナに情報と非致死的防御システムを提供することを約束し、米国やロシアとの関係のバランスを取ることによってシリアにおけるイスラエルの行動の自由を維持するように努めているとのべている。文書には、地対空ミサイル「バラク8」や「スパイダー」、対戦車誘導弾「スパイク」など、ウクライナに移送される可能性のあるイスラエルの兵器が列挙されている。
- イスラエルの対外情報機関であるモサドの指導部が、2023年3月に同国を襲った反政府デモに参加するよう同機関の職員やイスラエル市民を奨励したという主張が含まれている。
- 韓国の尹淑烈(ユン・ソクヨル)大統領の側近たちが、アメリカの同盟国が砲弾をウクライナに流用することを懸念していたことが明かされている。
- 米国は、ロシアの戦争に戦力を提供してきた民間軍事請負業者として悪名高い「ワーグナー・グループ」の内部計画にアクセスし、ワーグナーがNATOの同盟国であるトルコから武器を購入しようとしたことを明らかにしている。
- 2022年9月29日、ロシアの戦闘機が英国の偵察機を撃墜しそうになった。クリミア沖で起きた事件である。ロシアの戦闘機は英有人偵察機に向けてミサイルを発射したが、弾薬は誤作動したとのことである。
- 3月2日付の文書に、セルビアを、「ウクライナ軍への訓練提供は拒否しているが、致死的援助を提供または提供することを約束した欧州諸国のグループ」に入れている図表があった。
- ロシア向けにロケット弾、砲弾、火薬を密かに生産するエジプトの計画が記されている。ロシアに4万発のロケット弾、火薬、砲弾を供給する密約に達したという。
- ロシアの諜報員がアラブ首長国連邦を説得し、「米国と英国の諜報機関に対抗するために協力する 」ことになった。ロシアの機嫌を取るために米国と英国の情報を漏らすことに同意していたとされる。
機密文書の信憑性
最後に、明らかになった機密文書の信憑性について論じてみよう。NYTは、「この文書の山は、ここ数十年で最大のヨーロッパでの陸上戦争の内幕を、おそらくこれまででもっとも完全に描き出している」と評価している。「ある防衛当局者によると、文書の多くは、統合参謀本部議長のマーク・A・ミリー将軍や他の軍高官のために冬に作成されたようだが、必要なセキュリティ・クリアランスを持つ他の米国人職員や契約社員が利用できたという」と書いている「ワシントン・ポスト」も、機密文書の多くが「本物」であると判断しているようだ。
これに対して、「メドゥーサ」は、「この文書は一貫性がなく、米軍の文書や特定の語彙(略語など)に精通した人物によって作成されたことは間違いないようだ」としてうえで、「クレムリンやロシア参謀本部を欺くために、米軍や情報将校が自ら作成したものだと考えることもできる」という見方を示している。「クレムリンにウクライナ軍は弱いと思わせる」というのがねらいだというのだ。
だが、情報漏洩者として米兵が逮捕された以上、暴露された情報の大部分が「本物」であるとみていいだろう。
いずれにしても、今回の機密文書がウクライナ戦争の実態を垣間みせているのは確実なのではないか。それを信じるかぎり、マスメディアによる「大本営発表」報道を信じてはならないことがよくわかる。双方にとって、都合のいい情報が公表されるのだ。同時に、米国は同盟国であっても、しっかりと「盗聴」を継続している。
最近のコメント