いい加減にしろ! 池上彰:あなたは不誠実だ

『週刊文春』の2023年3月9日号にある池上彰の「ウクライナ戦争はまだ続く」という記事を批判したい。もっとも重要な事実を無視することで、ウクライナ戦争の本質を隠蔽しようとする姿勢に辟易する。本当は、こんな批判をすること自体、時間の無駄なのだが、多くの無知な人々に、まったくdishonestな彼のような人物について知ってもらうために、貴重な研究時間を割いて、批判を書くことにした。

 

ネグるという不誠実

4月に刊行される『ウクライナ戦争をどうみるか:「情報リテラシー」の視点から読み解くロシア・ウクライナの実態』(花伝社)のなかで、私はネグることによって「意図的で不正確な情報」たるディスインフォメーション工作をする学者、政治家、ジャーナリストを批判している。

池上もこの範疇に属する、不誠実な輩の一人である。この記事のなかで、彼はつぎのように書いている。

 

「演説の中でプーチン大統領は、「戦争を始めたのは彼らだ」と主張しています。西側諸国が戦争を始めたのであり、「我々はそれを阻止するために武力を行使した」と言っています。

 なんとも荒唐無稽な発言ですが、プーチン大統領にしてみると、2014年に西側諸国は「戦争を始めた」ことになります。2013年、当時のウクライナのヤヌコヴィチ大統領が、それまで進めてきたEU加盟を目指した話し合いを中断したことに、親EU派の住民たちが反発。首都キーウで住民たちの抗議行動を政府が力で抑えようとしたために暴動となり、翌年ヤヌコヴィチ大統領はロシアに亡命してしまいました。

 これ以降、ウクライナでは五月に新たに大統領選挙が実施され、親EU派の大統領が誕生しました。これをプーチン大統領は「クーデター」と断じ、東部で起きた親ロシア派武装蜂起を支援しました。親EU派の大統領を認めず、これは「西側諸国による攻撃だ」というのです。」

 

池上の偏見

まず、プーチンの「戦争を始めたのは彼らだ」という発言は決して荒唐無稽なものではない。先に紹介した拙著には、つぎな記述が登場する。

 

「ストックホルム東欧研究センターの研究員アンドレアス・ウムランドは、同年10月3日にハーバード大学のサイトに公開した記事のなかで、「8年半前にはじまった戦争は、ロシアが大量破壊兵器を持ち、ウクライナがもっていないために、このような形で進行している」と書いている。ウクライナ戦争が2014年にはじまったとみなしているのだ。もっとも、彼はその「はじまり」においても「ロシア悪人説」をとっているのだが、それについては、彼は明らかに間違っている。本書で説明してきたような米国によるウクライナのナショナリスト支援という事実を知らないか、無視しているのである。」

 

つまり、専門家と称せられる者のなかにも、戦争が2014年からはじまったと考える者がいる。その意味で、プーチンの主張は決して荒唐無稽ではない。

 

池上の不誠実

池上は、嘘を書いている。プーチンがいう「クーデター」とは、2014年2月21日から22日に起きた暴力によるヤヌコヴィッチ追い落としをいうのであって、「親EU派の大統領が誕生」のことをいっているのではない。これはまったくの「嘘」である。たとえば、拙著のなかで、私はつぎのように書いておいた。

 

「 ここで、プーチン自身の言い分を紹介しよう。プーチンは2022年6月17日、サンクトペテルブルクで開催中の国際経済フォーラムの全体会議に参加した。そのなかの質疑応答部分で、きわめて興味深い発言をした。

 

 「2014年のウクライナで、なぜクーデター(госпереворот)を行う必要があったのか。そこがすべてのはじまりだった。ドイツ、フランス、ポーランドの欧州三カ国の外務大臣が来て、当時のヤヌコヴィッチ大統領と野党の合意の保証人として同席していた。オバマ大統領から「向こうの状況を落ち着かせよう」と電話があった。その1日後、クーデターが起きた。なぜかというと、野党はどうせ民主的な方法で政権を取り、投票に行き、勝つだろうから…いや、クーデターを起こす必要があった、それも血みどろのクーデターを。それがすべてのはじまりだった。」

 

 ウクライナ戦争をはじめたきっかけが2014年2月に起きた「クーデター」であったと、プーチンは2回にわたって明確にのべたのである(さらに2022年9月1日、プーチンは「実際に戦争を始めたのは彼らだ。彼らは8年間、それを繰り広げてきたのだ」と、2014年のクーデターを戦争勃発とする見方をロシアの若者らの前で話した)。なお、正確にいうと、欧州三カ国が保証人として同席した会議は2014年2月21日に開催されたもので、そこで重要な協定が締結された。拙著『ウクライナ2.0』では、つぎのように書いておいた。

 

 「2月21日、ヤヌコヴィッチ、ヴィタリー・クリチコ(「改革をめざすウクライナ民主主義連合」、UDAR)、アルセニー・ヤツェニューク(「祖国」)、オレグ・チャグニボク(「自由」)は、ドイツのフランク・シュタインマイエル外相、ポーランドのラドスラフ・シコルスキー外相、エリック・フルニエ・フランス外務省ヨーロッパ大陸部長、ウラジミル・ルキーンロシア特別使節の出席のもとで和解協定に署名したとされる」

 

 その内容は重大であった。第一項で、協定署名後、四八時間以内に、これまでの修正付の2004年憲法に復帰する特別法を採択・署名・公布することが規定されていた。第三項では、大統領選が新憲法採択後、2014年12月に遅れることなく速やかに実施されるとされた。にもかかわらず、この協定は結果的に反故にされ、ヤヌコヴィッチは国外脱出を余儀なくされるに至るのだ。

 プーチンが語ったオバマからの電話の話は有名で、拙著『プーチン2.0』にも紹介しておいた。オバマはプーチンを安心させるような電話をかけてきながら、その実、過激なナショナリストがヤヌコヴィッチを追い出したのだ。「ウクライナ・オン・ファイヤー」では、この協定締結とは無関係に、ヤヌコヴィッチを武力で追い落とす「クーデター」計画が進んでいたとの見方が示されている。」

 

このように、クーデターがあったのは、2014年2月21日から22日にかけてであったのだ。これについては、私だけでなく、ジョン・ミアシャイマーも同じ意見であることは過去に何度も紹介した。

 

池上のいやらしさ:米国隠し

池上が卑劣なのは、露骨な米国隠しをしている点だ。彼は、「親EU派」と書くことで、彼らが「親米派」であったことを隠蔽しようとしている。彼らを「ナショナリスト」に仕立て上げ、暴力によって選挙で当選したヤヌコヴィッチを追い落とそうとした米国政府の活動を隠蔽しようとしているのだ。この姑息なやり方は十分に非難に値する。要するに、誠実さのかけらも感じられないのである。

 

米国政府を批判できない日本

池上のような人物、つまり平然と事実を歪めて「親米」路線からのみウクライナ戦争を解説する者ばかりが日本ではマスメディアに登場しているようにみえる。マスメディア自体がその役割を果たしていない。米国政府という権力の行き過ぎに対して、批判そのものを自ら封じ込めて、池上のような不誠実な輩の歯牙にもかけがたい言説ばかりを喧伝しているのだ。これがいまの日本の現実なのである。

それは、日本だけではない。欧州諸国でも似たような現象が起きている。米国の「悪」を批判しない者だけがいい加減な「嘘」を垂れ流している。

こんな状況をみると、民主主義を標榜する国がいかにインチキに満ちているかがわかる。こうした状況を変えなければ、戦争好きな米国の「リベラルな覇権主義者」の目論見通り、第三次世界大戦さえ起きかねないだろう。ロシアは「極悪」だが、米国も相当に「悪辣」なのであり、ロシアばかりを批判する池上のような連中は間違っているのだ。もちろん、ゼレンスキーも善でない。

心ある人たちに目覚めてもらう必要がある。事態はきわめて深刻だからである。

 

 

 

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塩原 俊彦

(21世紀龍馬会代表)

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