新刊『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法的規制の行方』について

新刊『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法的規制の行方』について

 

8月上旬に社会評論社から、新しい拙著『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法的規制の行方』を刊行することになりました。先日、最終稿を脱稿しました。いまは初校を待っている段階です。

新著でわたしは、若い人々に現在の「歴史的位相」を考えてほしいと思っています。実は、5G、AI、IoT、ブロックチェーンといった最新技術はわたしたちを取り巻く環境を大きく変える可能性を秘めています。にもかかわらず、日本のマスメディアはこうした最新技術に無関心を決め込んでいるようにみえます。

朝日新聞にしても読売新聞にしても、あるいは毎日新聞にしても、前述したようなIT関連の記事をほとんど掲載していません。テレビも同じです。唯一、日本経済新聞が健闘していると思いますが、決して十分ではありません。

とくに、グローバリゼーションを前提にして考えると、ITの話は国際問題であり、米国や中国などの動向について知る姿勢を一貫させなければ、世界の最先端の状況を理解できません。そう考えると、残念ながら日本人のほとんどの人々はいまの世界で進んでいる「デジタル経済化」についてなにも知らないのです。

そこで、包括的な全体像を少しでも多くの人々にわかってもらうために、一冊の本を著すことにしたわけです。もちろん、わたしはIT専門家ではありません。それでも、過去に『探求・インターネット社会』(丸善、2000年)という本や、『パイプラインの政治経済学:ネットワーク型インフラとエネルギー外交』(法政大学出版局、2007年)といった著作があります。インターネットやネットワークについて考えつづけて、もう20年近くになります。

2015年には「サイバー空間と国家主権」という拙稿を学術誌『境界研究』に発表しました。この論文は一部の方々からはからずも高く評価された論文です。

 

官僚腐敗による学術の頽廃

もちろん、すでに20冊を超す著書があるわたしですから、本を執筆するたびにいろいろな想いにかられます。そこでぜひ注意してほしいことがあります。それは、学者が書く論部や本が決して中立的ではないということです。IT産業について書くということは、IT産業を敵に回す覚悟をもって書けるか、あるいは総務省の政策を批判できるかということがきわめて重要です。

わたしがみるところ、日本にはいわゆる「御用学者」が多すぎます。すでにこのサイトに「御用学者の正体:eSIM問題の裏側」という記事をアップロードしたことがありますが、携帯電話の料金値下げを議論する総務省の審議会の場で、御用学者が「大活躍」していた事実があることは決して忘れてはなりません。

こうした連中は日本政府の意向に沿った解説書や教科書を書いて、カネ儲けをしているのです。そして、NTTドコモ、au、ソフトバンクなどからもカネをもらっている。他方で、総務省や防衛省などの研究所員は国家のIT政策を批判することはなかなかできません。その結果、国民はますます「真相」から離れてしまうのです。

たとえば、紹介した拙稿「サイバー空間と国家主権」という論文は、ふつうの頭脳をもった人が読めば、だれしもがその先進性や主張に心を動かされるはずですが、わたしのような「風来坊」あるいは「無頼」の論文を参考文献に挙げて、然るべく評価しようとする者が実に少ないのが現状です。こんなバカな事態が社会科学の現場では起きています。まったく絶望的な状況にあるわけです。

わたしは日本の官僚が四流であると糾弾する本を昨年書きました。『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018年)です。不勉強な日本の官僚の掌の上で、ころがされているだけでは世界の潮流から遅れてしまうのです。

 

本の内容について

拙著の具体的な内容を理解してもらうために、ここに「はじめに」の部分を紹介しましょう。やや長い文章ですが、じっくりと読んで、わたしの問題意識を理解してほしいと思います。

なお、この本は2019年度下期の大学の授業用教科書にするだけでなく、2020年度上期の教科書にも指定するつもりです。

 

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はじめに

 

武力で天下をとる者を「はたがしら」(覇)といい、覇者という言葉も生まれた。その覇者を世界全体にあてはめると、武力で世界を統治する者ということになる。半面、「ヘゲモニー」(hegemony)という言葉は「覇権」と翻訳されることも多い。トランプ政権の高官が熟読しているとされるアントニオ・グラムシは、支配が強制と合意によるとしたうえで、後者による支配にヘゲモニーをあてた。つまり、武力という強制ではなく合意に基づく統治がヘゲモニーということになる。そうであるならば、ヘゲモニーを覇権と訳すことは憚られる。

他方で現在の国際政治学では、軍事力、経済力のほか文化的価値をも含めた多方面からみた国家の地位やその影響力の大きさを「覇権」という意味に込めているようにみえる。この覇権のあり方を地理的環境に注目しながら考えるのが地政学ということになる。

本書が注目したいのは、地理的環境を超えて存在する「サイバー空間」(cyberspace)における覇権争いということになるから、矛盾しているように聞こえるかもしれない。順序立てて言えば、サイバー空間なる場所で、世界全体への覇権をめぐって地理的環境に位置づけられたままの主権国家、その構成員である個人、さらに、その統治のための法がどう変化しようとしているかを論じたいという話になる。したがって、地理的環境よりも先にサイバー空間が重要になる。安全保障問題に偏りがちな地政学よりも覇権争奪に重点を置きたい。

サイバー空間はサイエンス・フィクションに由来する言葉だ。そもそも「サイバー」とは、ノーバート・ウィナーらによってつくられた、動物と機械における制御と情報交換をめぐる「統治管理の術」、「サイバネティクス」に由来する。サイバーは「舵をとる者」を意味するギリシャ語の「キベルネテス」(kybernetes)からとられた(ロシア語では、サイバー空間はкиберное пространствоと翻訳されることが多いが、この“кибер”が「サイバー」にあたり、サイバネティクスを想起させている)。それが「サイバー」と「パンク」を合成した「サイバーパンク」という言葉になって、1980年のブルース・ベスキによる同名の短編小説のタイトルに使われた。加えて、ウィリアム・ギブソンが1982年に著した短編小説『クローム襲撃』(Burning Chrome)で「サイバー空間」という言葉を使用し、1984年の『ニューロマンサー』でも使用して有名になった。

いずれにしても、サイバー空間に注目することは、人間という動物と機械における情報交換をめぐる統治管理問題を問うことに通じている。そのサイバー空間はいま、「リアル空間」と融合しつつある。このリアル空間は「目の特権化」によってもたらされた19世紀の写真術の広がり後に生まれた空間を意味している。ここに至って、覇権争奪は主権国家間の地理的環境を超えて、「マシーン」や「ネットワーク」を通じた、米国のアマゾン、アップル、フェイスブック、グーグル、マイクロソフト、中国のアリババ、テンセント、バイドゥなどの「テック・ジャイアンツ」間の争奪に移行しつつあるかにみえる。それは国家による統治形態の抜本的変革をも迫っている。それだけではない。いま世界を巻き込んで進む事態は個人、国家、産業、法にかかわる大変革に直面している。人類のたどってきた歴史という位相から、いまを考えること。それが本書の大きな目的なのである。

歴史的変遷からみると、神への信頼が絶対であった「神信頼」の時代から、世俗権力の増大による「人間信頼」の時代を経て、民主主義に基づく人間の代理人による統治を前提とする「国家信頼」が支配的な時代にまで人類は至った。その国家信頼は、政治家や官僚の腐敗の跋扈に加えて情報技術(IT)の進歩による情報伝播・共有によって揺さぶられている。国家を信じるよりもむしろマシーンおよびそれらをつなぐネットワークを信頼するほうが、人々の信認にこたえようとしない政治家や官僚を信じるよりもずっと安心していられるという環境が広がりつつある。「マシーン信頼」ないし「ネットワーク信頼」の広がりという事態にどう備えるべきかについて真剣に考察すべきときなのだ。

いま進んでいる事態を理解するには、信号を見るだけで対向車の運転手を見ずに運転することに慣れきっている現代のドライバーのあり方を思い浮かべればいい。ドライバーは信号を信頼して、それに従ってクルマを走らせるだけで、その他の外的環境は気にかけない。同じように、今後ますます人間はマシーンの指示にしたがって、さまざまの意思決定や判断をくだすようになるはずだ。さらに、意思決定や判断さえマシーンがやってくれる時代を迎えるかもしれない。

そうなると、信頼にたるマシーンやネットワーク自体をだれが支配するのかが問題になる。国家信頼のもとでは、法の支配(rule of law)を前提に法によってルールを定めて、信号機を設置・運用してきた。法執行者たる警官がそのルールを取り締まるという仕組みがあった。しかし、法に従うべき官僚が勝手に法を無視して公文書や国家統計を改竄し、それでも訴追さえされないいま、こんな不誠実を決して犯さないであろうマシーンに頼るしかない状況が広がっている。そうしたマシーンを提供するに際して、中国共産党が圧倒的な支配力をもつ中国では、マシーンも国家が牛耳っているようにみえるかもしれない。

だが本当は、中国の多くの人々には、党員による恣意的な統治より、マシーンによる統治を受けいれたほうが「まだまし」という感情があるのではないか。日本でも、漢字もろくに読めない世襲議員が政治をやるよりも、議員定数を半減させてAI(人工知能)にできるだけ代替させたほうがいいと考える人も多いのではないか。あるいは、19歳だった実の娘にレイプしても「娘の同意は存在せず、極めて受けいれがたい性的虐待に当たる」としつつも、「抗拒不能だったとはいえない」として無罪判決を出すような裁判官がいる以上、AIに判決を出させたほうがずっとまともな判決を下してくれるかもしれない。

 

サイバー空間の覇権:ハードとソフト

サイバー空間における覇権を握ってきたのは長く米国であった。インターネットを発明したのは米国なのだから当然だろう。ただし、米国政府はサイバー空間に干渉することを長く避けてきた。そもそも研究者らによって利用されて広がったサイバー空間の成り立ちを考えればこれも頷ける。しかし、ワールド・ワイド・ウェブ(World Wide Web)が欧州原子核研究機構のティム・バーナーズ・リーによって提案されて以降、インターネット上にある情報を共有・検索・閲覧・利用できるようなネットワーク(ウェブ)が急速に広がり、そこからサイバー空間はもはや無政府状態に陥る。1990年代前半の出来事だ。

サイバー空間への国家規制は米国を嚆矢とする。インターネット上のポルノ情報を規制するために、コミュニケーション品位法(Communication Decency Act, CDA)が1996年に制定された。1998年には、デジタルミレニアム著作権法(Digital Millennium Copyright Act, DMCA)が制定され、2000年10月から施行される。だが、この空間を誕生させた米国政府は当初、限定的な規制にとどめようとしていたことがきわめて重要だ。米国政府はサイバー空間を「グローバル・コモンズ」(Global Commons)と理解して国家干渉に慎重だったのである。米国政府としては、ソ連崩壊後の世界にあってはインターネットが急速に発展を遂げ、それが人々に世界の情報への自由なアクセスをもたらし、各国の民主主義を促すとの楽観論が支配的であったのだ。だからこそ米国政府はサイバー空間を利用した「民主主義の輸出」を積極的に展開した。それが2010年以降のいわゆる「アラブの春」での独裁政権の打倒や、2014年春のウクライナ政変をもたらしたことになる。

2001年9月11日に米国を襲った同時多発テロはプライバシー保護から安全保障重視へと米国全体を変えた。それが米国政府と民間企業との「協力」を促し、グーグル(Google)の急成長につながる。政府情報機関とIT企業が結託した監視社会への道が拓かれるのだ。 これに対して、サイバー犯罪防止の立場から国家主導の規制に迅速にハンドルを切ったのは国家と通信が古くから結びついてきた欧州諸国であった。2001年11月、欧州評議会の閣僚委員会がサイバー犯罪条約を採択したのである。同条約は2004年7月に発効した。国内の犯罪捜査権への介入を恐れたロシアは同条約に署名しなかったが、国家によるサイバー空間への規制は言論統制の観点から是認されてきた。中国もまた、インターネット経由の海外情報を遮断する政策をとり、国家主導による言論統制や弾圧が行われてきた。

こうした立場の違いはありながらも、結局、各国政府はサイバー空間への規制を当然視するに至っている。バラク・オバマ大統領時代になって、サイバー空間を世界の共有地とみなす見解を捨てた米国政府はサイバー空間にかかわる犯罪ばかりか、そこでの戦争までも視野に入れた国家戦略を採用するに至る。この米国の方針転換によって、サイバー空間が各国の覇権を争う場所としてその重要性を増していることになる。

ここまでの説明はサイバー空間をソフト面からみたものにすぎない。サイバー空間で覇権を握るには情報やその蓄積されたデータという「無形資産」に着目する以外に、サイバー空間を支える施設・設備・ネット環境といった「有形資産」にも目を向けなければならない。いわばハード面でも支配力をもたなければ、サイバー空間上の覇権を確保することはできないからである。たとえば、光ファイバー網は米国中心に構築されているから、パキスタン西部にあるクエッタとアフガニスタンのカブール間でe-mailをかわす場合、米国のオレゴン州を経由して行われる。こうしてその内容を監視しやすくしているのだ。

もちろん米国政府はこの両面で長く覇権を握ってきた。だが、サイバー空間とリアル空間の融合した環境では、ソフト面ではロシアによる「ディスインフォメーション」(後述する「意図的で不正確な情報」)という情報操作(manipulation)が猛威をふるい、米国のソフト面での優位が揺らごうとしている。加えて、中国の台頭で、ハード面でも中国のHuawei Technologies(華為技術)CompanyやZTEコーポレーション(子会社・関連会社を含む)などが二つの空間の融合を支える技術を世界に提供するようになっている。「第五世代移動通信システム」(5G)、人工知能(AI)といった最先端技術で中国がハード・ソフトの両面で米国を凌駕しつつあることを考慮すると、米国の最先端分野での覇権は大きく揺らいでいる。

さらに、サイバー空間とリアル空間の融合が広範に拡大した環境ではまったく新たな政策や戦略が求められている。「ブロックチェーン」を利用した分散化システムの拡大といった新展開のもとで、米国、ロシア、中国といった国はそれぞれの国家戦略の見直しに迫れているのだ。別言すると、Web2.0からWeb3.0への移行は覇権争奪にさらなる影響をおよぼすことになる。こうした激動期を迎えているサイバー空間とリアル空間の融合時代の人間をめぐる環境変化について、本書で解説をしてみたいのである。

 

本書の内容

序章では、サイバー空間をめぐる基本問題について考察したい。技術と権力にかかわる問題を議論するとともに、サイバー空間に国家が「でしゃばる」ようになっている現状について考えたい。この問題は主権国家が中央集権的システム(以下、集中化システム)を採用しながらサイバー空間にかかわる技術を上から管理・運用して自らの統治に利用しようとしている時代を議論することにつながる。とくに中国はこの国家主導をITに貫徹させることで、サイバー空間を支えるインターネットやAIを中国による世界支配につなげようとしている。国家と企業がともに結束して集中化システムのもと、世界覇権の実現につなげようとしているのがいまの中国なのだ。その際、「監視システムの輸出」を積極化し、非民主的な各国政府との連携をはかろうとしているところに中国の世界制覇戦略の怖さがある。

他方で近年、ブロックチェーンという新しい手法を使って、分散化システムによる新しい統治形態の可能性が広がる萌芽が生まれている。すでに、ブロックチェーンと暗号技術を使って、集中化システムとはまったく異なる分散化システムが世界のあちこちに誕生した。ところが、この分散化システムの有用性に気づいた国家はこの分散化システムの研究に乗り出しており、分散化システムの集中化システムへの取り込みがはかられている。2017年のワールド・エコノミック・フォーラムの報告書では、30以上の政府と90もの中央銀行がブロックチェーンの研究に投資していると指摘している。つまり、21世紀のいまは、「集中化システムか分散化システムか」のせめぎ合いの時期にあたっているようにみえる。こうした現状認識に必要な基礎知識を解説するのが序章ということになる。

第1章から第4章では、各国別のサイバー空間での覇権争奪について解説する。第1章では、米国政府のとってきたサイバー安全保障政策を語ることで、その地政学的戦略を探る。必ずしも集中化システムを採用してこなかった米国政府だが、オバマ大統領以降、政府によるサイバー空間規制が強化されるようになる。同時にサイバー空間を利用した「民主主義の輸出」がより積極化され、それが「アラブの春」やウクライナ危機を招いたという面がある。その結果、米国の中東などでの権力基盤の弱体化につながっている。この際、米国企業がサイバー攻撃や監視のための技術を海外に販売してきた事実を忘れてはならない。

第2章では、ロシアを取り上げる。サイバー空間を支えるハード面の技術では一歩も二歩も遅れているロシアだが、ソフト面では進んでいる。「ディスインフォメーション」をソ連時代から国内・海外に伝播して情報工作してきたロシアは、サイバー空間を利用して現在も国内・海外で同工作をつづけており、それがロシアの強味となっているのだ。ロシアが1996年の米大統領選に干渉したとされる「ロシア・ゲート」事件も、こうしたディスインフォメーションの伝統をサイバー空間において大々的に展開したものであった。ロシアの情報機関は早くからハッカーに目をつけて、彼らを組織化し、サイバー犯罪組織との共謀ネットワークを構築してきた。ここで培った手法をディスインフォメーション工作に利用している。この先進性は着実に中国に模倣されており、ともにサイバー空間を利用して国内・海外に情報操作を仕掛けている。

第3章では、中国のサイバー安全保障政策やAIに注力している現状について解説する。サイバー空間をめぐるハード・ソフトの両面で、米国やロシアの後塵を拝してきた中国だが、現在、AI開発ではこの両面で世界をリードしつつある。集中化システムによって膨大なデータを収集し、それをディープラーニング(深層学習)によってコンピューターに学ばせて、より実践的なアルゴリズム作成につなげて優れたAIの開発に果敢に挑んでいる。ただ、その突出は米国に大いなる警戒感をもたせている。集中化システムと親和的な面をもつAI開発に力を入れている中国の今後は世界の覇権をめぐる地政学上の権力闘争にも大きな影響をおよぼすだろう。ハード面の実力を増す中国は、「セーフシティ」や「スマートシティ」という名で世界中の都市に「監視システムの輸出」を輸出するまでに成長している。各国政府にサイバー空間のセキュリティを理由に監視システムを売り込んで、その政府が反政府活動を取り締まるのを助けてもいる。つまり、中国はサイバー空間での覇権をにぎろうとしつつ、リアルな空間でもその影響力を着実に拡大しているのだ。皮肉なのは、この監視システムの技術の根幹に米シスコ(Cisco)の支援があった事実である。

第4章では、まったくお粗末な状況にある日本について語りたい。総務省の携帯電話料金値下げを検討する審議会の複数のメンバーが平然と携帯電話会社から計4000万円もの研究寄付金を受け取ったまま審議をしている国では、業界寄りの政策がいまもまかり通っている。こんな日本である結果、サイバー空間における戦略で日本は世界から決定的に遅れてしまっている。誤った政策で世界から孤立した、日本の携帯電話の「ガラパゴス化」とよく似た現象がいまも起きつつあるのだ。過去の過ちを反省できないまま、同じ過ちを繰り返しつつある現状に警鐘を鳴らしたい。

終章では、サイバー空間とリアル空間が広範に融合する時代がもたらす世界全体への影響について若干の展望を示したい。新しい環境下での覇権争奪を論じたいのだ。まず、最新の環境変化が無形資産とプライバシーの法的規制問題を惹起することについて語りたい。ついで、分散化システムと親和的にみえながら、そうしたシステムを創出する上位者による支配に結びつきやすい面をもつブロックチェーンについて再考する。

主権国家による地政学上の覇権争いを揺さぶっているのはサイバー空間とリアル空間が融合した「ソーシャルネットワーク」の全面化した状態だ。そこでは、ジョージ・オーウェルの小説『1984年』に登場する「ビッグブラザー」(Big Brother)に代わって、「ビッグデータ」(Big Data)および「ビッグマス」(Big Math、数学に基づく統計)からなる「ビッグアザー」(Big Other)が「神の目」をもつ存在として登場する。もはや国家による覇権争いは無意味となる時代が迫っている。そこでは、「マシーン信頼」ないし「ネットワーク信頼」が「国家信頼」を上回る支配力をもち、前述したテック・ジャイアンツと呼ばれる超国家企業が覇権を握るのかもしれない。そうした観点から、産業の今後についても俎上に載せる。さらに、「神信頼」から「人間信頼」、さらに「国家信頼」へと重心を移してきた人類が「マシーン信頼」や「ネットワーク信頼」に向かいつつある現実を解説し、そのなかで人間と国家にかかわる問題を論じたい。歴史的位相のいまを問い直すのである。

日本のマスメディアは、世界全体がマシーンやネットワークによって大変革を迫られている現状への認識が甘い。その結果、私が教えている大学生に尋ねても自分たちが人類の歴史のなかでどんな位相にあるかを知らない。本書は、日本の読者が自らの置かれた歴史的位相についてよく考えるための補助線となることをめざしている。

2019年5月

塩原俊彦

 

はじめに

目次

 

序章  技術と権力:サイバー空間と国家権力

1 DARPAの誕生とその後

2 サイバー空間を切り拓くダーティー産業

3 サイバー空間への国家介入

4 AIと倫理、軍事、そして問題点

5 集中化か分散化か

(1) SIMカードをめぐって

(2) 5Gとネットワーク中立性

 

第1章 米国

1 情報の傍受と操作

2 スノーデンの功罪

3 サイバー空間ビジネスの真実

4 サイバー安全保障政策の変遷

5 AIへの取り組みに遅れ

6 「ロシア・ゲート」:データ収集上の問題点

7 サイバー空間を利用した「民主主義の輸出」とその咎

 

第2章 ロシア

1 情報の傍受と操作

2 サイバー安全保障政策の変遷

3 ディスインフォメーションの伝播

4 組織犯罪グループと治安機関の「共謀ネットワーク化」とサイバー犯罪

5 海外向けディスインフォメーション

 

第3章 中国

1 情報の傍受と操作

2 サイバー安全保障政策の変遷

3 AIに賭ける

4「一帯一路」とサイバー戦略:監視システムを輸出する中国

 

第4章 日本

1 情報の傍受と操作

2 サイバー安全保障政策の変遷

3 無知と無関心による地盤沈下

 

終章  歴史的位相を問う

1 どうなるWeb3.0:無形資産とプライバシーの法的規制問題

2 ブロックチェーンの可能性:「ネットワーク信頼」

3 産業はどう変わる?

4 地政学的転回

5「国家信頼」から「マシーン信頼」へ

 

 

 

参考文献

 

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塩原 俊彦

(21世紀龍馬会代表)

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