原油上限価格の導入をめぐって

2022年12月2日、G7、EU、オーストラリアは、ロシアの石油価格の上限を1バレルあたり60ドルに設定することに合意した。この制度は、「プライスキャップ」と呼ばれるもので、これまでの経緯は以下のとおりである。

2022年9月2日、G7財務大臣は、6月のドイツ・エルマウG7サミットにおける首脳の合意を踏まえ、ロシア原産の原油および石油製品の海上輸送を支援するサービス(貿易、融資、海運、保険・再保険、各国船籍への船舶登録、通関など)を世界的に禁止し、原油及び石油製品がG7メンバーおよびその他の参加国からなる実施連合(「価格キャップ連合」)によって設定される価格上限以下で購入する場合にのみ当該サービスの提供を許容することを確定し実施することに合意した。同年10月6日、EUは、ロシアの海上原油および石油製品の第三国への海上輸送のためのサービス提供に関連するすでにある禁止事項に加え、さらに第三国への海上輸送を禁止することを決定した。これは理事会が価格上限を適用する必要措置を採択した場合にのみ適用となる。同時に、EUは、ロシアの海上石油および石油製品を価格上限以下で購入する場合、海上輸送の禁止および第三国への海上輸送のためのサービスの禁止の免除(「価格上限」または「価格上限免除」)を導入することにした。海上原油については、2022年12月5日付でCNコード2709 00に該当するロシア産原油に、2023年2月5日付でCNコード2710に該当するロシア産石油製品に適用されることになったのである。

こうした動きを踏まえて、今回、具体的なロシア産原油の上限価格が60ドル/バレルと定められてことになる。2023年1月以降は2カ月ごとに見直される予定だ。

 

上限価格をめぐるガイダンス

新聞記事にみられる不正確な情報を排し、ここでは、EUの公式ガイダンス(https://finance.ec.europa.eu/system/files/2022-12/guidance-russian-oil-price-cap_en_0.pdf)にしたがって、このキャッププライスについて詳しく紹介してみよう。

まず、この上限価格導入の目的は、①ロシア産の原油および石油製品を世界市場に安定的に供給する、②エネルギー価格の上昇圧力を低減する、③ロシアの収入を減らし、ウクライナに対する侵略戦争を行う能力を削ぐ――というものだ。おそらく、③が主たる目的であり、そのために②が可能となれば、この上限価格導入に参加する国々にとっても有利になるという思惑が働いているのだろう。だが、「この措置は、ロシアを市場から排除しようとしたのではなく、バイデン政権によって、ロシアが石油を生産し続けることを奨励するために、しかし比較的低い価格で行われたのである」との見方があることを忘れてはならない(NYT[https://www.nytimes.com/live/2022/12/09/world/brittney-griner-russia-ukraine-news#oil-prices-russia-sanctions]を参照)。

ロシアにおける原油生産コストは原油の採掘地によって異なっている。ロシア語の情報(https://expert.ru/expert/2022/50/potolok-tsenovoy-tsel-bezumnaya/)では、業界の専門家は、2020年のロシアの石油の総コストを1バレルあたり15〜20ドルと推定しているという。ただ、サウジアラムコのために調査を行ったIHS Markit Ltd.は、ロシアの原油採掘にかかるフルコストを1バレルあたり平均40ドルと見積もっているという。あるいは、ロシアの原油生産コストは、1バレル20〜44ドル程度と考えられているとの情報(https://www.economist.com/leaders/2022/11/30/the-wests-proposed-price-cap-on-russian-oil-is-no-magic-weapon)もある。

いずれにしても、上限価格が60ドルであれば、原油を採掘するコストは回収可能であり、利益も出る。むしろ、米国政府は欧州のロシア産の原油や石油製品の輸入禁止措置とともに、ロシアが原油を生産しつづけることで米国の消費者のガソリンなどの石油製品の価格上昇を防ごうとしていたのではないか、との見方があるのだ。

この上限価格は、プライスキャップ連合の価格設定機関によって設定される。そのうえで、上限価格は、理事会の全会一致の決定により承認される。価格評価通貨については、ドル換算して行われる。バレルあたりの基準価格は、購入契約で設定され、事実上支払われたものでなければならない。米ドル以外の通貨建ての場合、換算およびプライスキャップの適用のために、適用する為替レートは、価格が合意された日に先立つ30暦日の、米国連邦準備制度(FRS)が公表する関連する日々の為替レートの平均とする。

輸送費、運賃、関税、保険料は上限価格に含まれない。EUの事業者が輸送や保険などのサービスを提供できるのは、第三国への輸送にのみ許可され、ロシアの海上石油が価格上限以下で購入された場合にのみ許可される。価格上限は、ロシア原産の原油または石油製品の船舶への荷受け(積荷)から適用される。つまり、原油が海上で取引されている間に行われる仲介取引は、価格上限以下でなければならない。

第三国を原産地とし、ロシアに積み込まれる、ロシアから出発する、またはロシアを通過するのみの石油および石油製品は、原産地および所有者の両方が非ロシアであることを条件に、価格上限が免除される。他の原産地の石油と混合して輸送されるロシアの石油は、価格上限の対象となる。たとえば、カザフスタンの石油をロシア経由で輸送するカスピ海パイプラインコンソーシアム(CPC)のパイプラインの場合、混合される石油は原産地証明書等で証明されたカザフスタン産の石油であり、技術的理由によりやむを得ずロシアの石油が残留していることがある。この石油の輸送は、価格上限の対象とはならない。

今回設定された原油上限価格は早ければ2023年1月中旬に見直される予定で、欧米連合は国際エネルギー機関(IEA)が推定するロシアの原油市場価格より5%以上低い上限を目指す、とされている。

 

ロシア側の対応

こうした米国を中心とする原油上限価格設定に対して、ロシア政府は、①制限を支持した国家が、ロシアから直接ではなく、仲介国、あるいはその連鎖を通じて原料を購入する場合も含めて、石油の販売を全面的に禁止する、②価格上限条項を含む契約に基づく輸出を、どの国が受領国であるかにかかわらず禁止する、③いわゆる指標価格の導入し、ロシア産ウラル原油の指標であるブレント等級に対する最大割引率を決め、割引率が上昇した場合には販売を禁止する――という三つの選択肢を用意した。

①と②の採択は、価格上限に関する条件に同意した国への原油供給を拒否するという、これまでプーチンが表明したことを公式化するものにすぎない。③はロシアの原油を購入するすべての人に指標価格以下の供給を禁止するもので、おそらくこれが選択される可能性は少ない。おそらく②が選択される可能性が高いと思われるが、12月7日現在、ロシア政府の具体的な対応策は決まっていない(https://www.rbc.ru/politics/07/12/2022/638fd15a9a7947814587572e?from=from_main_6)。

 

ロシア産原油の輸出をめぐる基礎的情報

今回の措置の意義や影響を考えるためには、ロシア産原油がこれまでどのように輸出されてきたかにかんする基礎的な情報を知らなければならない。2021年の場合、原油の輸出量ではサウジアラビアに次いで第2位であったとみられる。その意味で、ロシアの巨大な原油輸出分がどうなるかは原油価格動向にも影響をあたえる。

IEAのデータに基づくアルジャジーラの報道(https://www.aljazeera.com/news/2022/12/5/infographic-how-much-oil-does-russia-produce)によると、経済協力開発機構(OECD)に加盟している欧州諸国は、2021年11月に石油の34%をロシアから輸入した。同月、ロシアは日量780万バレルを輸出した。このOECDの欧州加盟国は、オーストリア、ベルギー、チェコ、デンマーク、エストニア、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、アイスランド、アイルランド、イタリア、ラトビア、リトアニア、ルクセンブルク、オランダ、ノルウェー、ポーランド、ポルトガル、スロバキア、スロベニア、スペイン、スウェーデン、スイス、イギリスだった。とくに、原油および石油精製品(ディーゼルなど)のロシアへの依存度が高ったのは、リトアニア(83%)、フィンランド(79%)、スロバキア(74%)、ポーランド(58%)などだ。2021年11月に原油と石油精製品を最も多く輸入したのはドイツで、日量83万5千バレル(石油輸入総量の31%)であった。

 

生産者カルテルに対抗する消費者カルテル

今回の措置は、石油輸出国機構(OPEC)に対抗する消費者カルテルとみなすことができる。OPECおよびロシアなどの非OPEC加盟国で構成される「OPECプラス」は12月4日に会合を開催した。当面生産枠の削減を行わないことを決定し、12月5日に発効するロシアの原油上限と欧州の石油禁輸を背景に、ロシアの立場を積極的に擁護することはしなかった。これは、11月から割当量を200万バレル/日削減するという10月の決定を確認したにすぎず、2023年末まで同レベルを維持することに言及した。ロシアのOPECプラスの生産枠は全体として1100万バレル/日である。ロシアの実際の石油生産量は10月に990万バレル/日、11月末までに1080万バレル/日であったとみられている。今回の会議は、これまでのOPECプラスの会議と異なり、オンライン形式で行われたため、前夜には、同盟の政策変更について真剣な議論は予定されていないと多くのアナリストがみていた。次のOPECプラス会合は、2023年2月1日に開催される見込みだ。

12月5日以降、EUは海上輸送によるロシア産原油を購入しないことになった(ブルガリアとハンガリーには例外がある)。なお、日本については、11月22日、米国財務省外国資産管理局(OFAC)は、サハリン2プロジェクトに由来する原油の海上輸送に関する2022年11月21日の決定で禁止されたすべての取引は、サハリン2副産物が日本への輸入のみを目的とする場合、2023年9月30日まで許可すると発表した。

話題になっているのは、ロシア企業がEUに納入できなくなった110万~120万バレル/日がどうなるかである。IEAの予測では、ロシアの石油会社にとって、約100万バレル/日の石油輸出を他の市場に流用しなければならない状況にあるという。2023年2月5日以降になれば、さらに、110万バレル相当の石油製品の交換先も問題になる。ただし、原油や石油製品の輸出先として、インドやトルコが輸入量を急増させたことから、少なくとも2022年については、ロシアにとって大きな脅威とはなっていない。12月上旬現在、ロシアの石油の主な輸出先は、インド、中国などのアジア諸国、ブルガリア、ルーマニアなどの南欧諸国、イタリア、トルコなどの地中海沿岸諸国となっている。

他方で、長期的にみると、OPECプラスにとって、G7、EU、オーストラリアによる消費者カルテルは危険な存在である。石油市場の支配権を生産者カルテルから消費者カルテルに渡すことになりかねないからだ。

 

ウラル原油価格の推移

よく知られているように、ロシア産原油の主要価格指標はウラル原油価格である。ウクライナ戦争以前は、ウラル産原油はブレント原油と連動した価格で売られていた。しかし、その連動はなくなり、ウラル産原油の大幅な割引をしいられている。ロシア財務省によると、ロシアのウラル産輸出原油の11月の平均価格は1バレル66.47ドルだった。同時に、Bloombergは11月28日、ウラル価格が1バレル52ドルを割り込んだと報じた。ウラル価格は12月上旬で、1バレル50ドルを割り込んでいる。12月9日付のNYT(https://www.nytimes.com/live/2022/12/09/world/brittney-griner-russia-ukraine-news#oil-prices-russia-sanctions)によれば、ロシアの主力原油であるウラル産原油がバルト海と黒海の港において1バレル42ドル前後で船に積まれている。これでは、上限価格を上回るような原油価格での契約が結ばれる可能性はない。ただし、上限価格の執行に責任を負わされたかたちの欧米の荷主や保険会社は、制裁に違反すれば多額の罰金を科されることを懸念してロシアとの取引に慎重な姿勢をとっている。

このため、ロシアの石油会社がヨーロッパの海運会社や保険会社へのアクセスを今後も失いつづける可能性が高い。これまでの欧州向け輸出をすべて、より遠いアジアの市場に振り向けようとしても、ロシアには十分なタンカーがない。その場合、ロシアは原油生産そのものを断念し、生産量の削減の削減に迫られるだろう。

 

いま起きている現象

いま問題となっているのは、トルコの海事当局が12月1日から、領海に入る船舶(トルコ海峡を通過する船舶も含む)に対して船主賠償責任保険を要求するだけでなく、あらゆる損害をカバーするための追加保証を要求するようになったことである。具体的には、ボスポラス海峡の通過時の損害がカバーされるよう保険会社に追加保証を求めるようになったのである。その結果、シェブロンとエクソンモービルの合弁会社など、カザフスタンで活動する企業の原油を運ぶタンカーがボスポラス海峡の通過に時間がかかるようになっているのだ。いわば、トルコ政府が制裁下にないカザフスタンの石油を積んだタンカーの黒海から地中海への通行を阻止しているようにみえるのだ。

トルコ政府は、新たな制裁措置によってタンカーが加入している保険が無効になり、原油流出事故のツケがアンカラに回ってくることを懸念し、トルコ領内にいる間の保障を具体的に要求しているという。トルコ海事局は12月8日の声明で、制裁下にある船舶がトルコ海峡で悲惨な事故を起こした場合、「保険会社がその責任を果たさないというリスクは負わない」とのべている。IG P&I Clubs(International Group of Protection and Indemnity Clubs)加盟の欧米の海上保険会社は、この要請は異例であり、欧米の制裁に違反する自らのリスクを高める恐れがあるとして、今のところ応じることを拒否している。

12月9日付のNYT(https://www.nytimes.com/live/2022/12/09/world/brittney-griner-russia-ukraine-news#oil-prices-russia-sanctions)によれば、これまでのところ、カザフスタンからの遅延は、カザフスタン産原油の価格を下げてはいるが、原油価格全体を引き上げてはいない。米国を含む西側諸国政府は、トルコ政府を説得して緩和させようとしているが、今のところ成功はしていない。もし、このまま遅延が続けば、価格が上昇し始める可能性もあるという。

 

どうなる2023年の原油生産?

原油生産量についてみてみよう。「コメルサント」(https://www.kommersant.ru/doc/5706646

)によれば、ロシアは、EUの禁輸措置がとられる前の11月に、原油生産量を10月に比べて2%弱増加し、日量148万6000トンとした。つまり、輸出規制による生産への影響の遅れのおかげで、年末には5億3500万トン(2021年は5億2400万トン)に達する可能性があるという。だが、2023年第1四半期の生産量は日量50万バレル(日量6万8000トン)減少する可能性があると指摘されている。

禁輸措置で、ロシア産原油の需要が減り、それがロシアの原油生産に悪影響をおよぼすことになる。現段階で注目されているのは、2月からはじまる石油製品の禁輸がロシアの原油生産や精製に影響するかである。ロシア産ディーゼル燃料は主に欧州に輸出されてきたから、その代替地を見出すのが難しい。こうなると、原油採掘を抑制し、石油精製そのものを削減せざるをえなくなりそうだ。

 

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塩原 俊彦

(21世紀龍馬会代表)

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