「消極的相互主義」(negative reciprocity)をめぐって

(「禊の対極としての「腐敗」:腐敗研究と復讐研究の接点」などと同じく、『復讐としてのウクライナ戦争』[仮題]向けの注)

 

本書第4章第2節から第4節において論じた「負の互酬性」(negative reciprocity)とは別に、同じ英語を「消極的相互主義」と訳す場合があることについて説明しておきたい。国際戦争法の基礎にある相互主義の原則には、「積極的」(positive)と「消極的」(negative)が想定できるのだ。「消極的相互主義」とは、違反に対応して国家が法的義務を停止することを指す。たとえば、1969年の「条約法に関するウィーン条約」(条約法条約)第60条では、同条約に定められる条約の終了および運用停止原因の一つである条約違反およびその結果として生じうる条約の終了および運用停止のあり方が定められている(萩原一樹著「条約法に関するウィーン条約第60条に関する一考察(1)」[https://ynu.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=3441&item_no=1&attribute_id=20&file_no=1]を参照)。その1項では、2国間条約について、一方の当事国において重大な違反があった場合には、「他方の当事国は、当該違反を条約の終了または条約の全部もしくは一部の運用停止の根拠として援用できる」としている。多国間条約については、2項で、その一つの当事国において重大な違反があった場合、「他の当事国は、一致して合意することにより、次の関係において、条約の全部もしくは一部の運用を停止し、または、条約を終了させることができる」と定められている。「積極的相互主義」は、他国による違反ないし不受託のせいで、遵守しない法的権利があるにもかかわらず、国際規範や条約規定を継続的に尊重することで、他のアクターから相互遵守を誘導する国家の努力を意味している。たとえば多くの条約には、非国家締約国に対してその場かぎりに遵守を申し出たり、あるいは、その主要ルールの遵守を意思表明したりすることが含まれており、それと引き換えに相互主義関係に合意するようなケースは積極的相互主義と言える。

そのうえで、消極的相互主義が報復と異なっている点について注意喚起しておきたい。消極的相互主義では、法的義務を完全に停止または終了させる。報復とは異なり、相互主義は、形式的には補完性と比例性の要件に従わない。消極的相互主義を行使するために、国家は必ずしも他の制裁の手段を尽くす必要はない。負の相互主義は、報復とは異なり、予期された段階で行使することができる。相手国がある法的ルールを尊重しない意図があるという根強い証拠に直面した場合、国家はその相手国との関係において規範が適用されないと考えるのが合理的であるとみなすのである。この消極的相互主義では、重大な違反を待つことなく、法的規則の運用を停止または保留することができるのだ。これは、報復の時間的要素とまったく異なっている。国際法が報復を許可するのは違反した国が違反を続けている間だけである。

消極的相互主義の原則は、報復の実践を制限しない他の制約のもとで運用されている。消極的相互主義は、国際法の特定の条項に関して適用されるのである。つまり、消極的相互主義は、無関係な、あるいは、付随する法的規範の停止や終了を認めない。一般論として、相互主義関係の範囲は、違反または否認されたルールに限定される。これに対して、報復は、全く別の、あるいは無関係な法的規定の違反という形態をとることができる。たとえば、外交官特権の侵害に対応するため、補完性と比例性の原則という報復の原則を遵守する限り、国家は報復として当該国の保護された経済的利益を侵害することができる。これに対し、相互主義とは法的義務と行為の比較において平等な立場を再び確立するための努力である。

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塩原 俊彦

(21世紀龍馬会代表)

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