猫組長(菅原潮)著『暴力が支配する一触即発の世界経済』を読んで
猫組長(菅原潮)著『暴力が支配する一触即発の世界経済』を読んで
友人から勧められた猫組長(菅原潮)著『暴力が支配する一触即発の世界経済』(ビジネス社、2019年)をたったいま読了した。元山口組系暴力団組長の「分析」は明晰で、実に興味深いものだった。いつもの通り、メモ代わりにその内容について紹介したい。
p. 38
「黒い経済界にあって、情報をもたらす人材の確保は必須だ。狩り場となるのは、定番だった銀座だけでなく西麻布や六本木などといった「夜の街」。女性の前で酒が口を軽くするのは世の常で、私たちの方は女性を指名して通ったり、金を渡すなどして情報を集める。当然のことながら弱みなどの〝きっかけ〟を入手すれば、それをネタにその人をリクルートする。暴力と金によって広がった情報網は、上場企業の資産情報へのアクセスを可能にし、中央省庁の内部にも及んだ。」
この部分を読んで、私は彼が実に優れた情報収集能力をもつ人物であると直観した。なぜか。私の体験から説明してみよう。
私の出会った人のなかで、逮捕にされた人物が3人いる。そのなかの一人は志津さんといって興産信用金庫の理事長だった。すでに前科一犯ということになっているが、彼に連れられて銀座でクラブ3店をはしごした経験がある。ロマネコンティを合計10本以上空けただろうか。1990年ころの話だから、少なくても300万円、多ければ700万円くらいを一晩で彼は使ったことになる(念のために言っておくが、これは当時、私が属していた日本銀行金融記者クラブ所属の朝日新聞経済部記者4人が彼を一次会で接待したあとで、彼が「お礼」ということで連れて行ってくれたものであった。いっしょに出向いたのは私一人だったが、それは彼を紹介したのが私だからだった。まあ、こちらの出費に比べて、彼が出した金は数百倍にのぼったのだが。とはいえ、彼は店を替えるたびに店の女性を数人引き連れてゆくので、私と彼だけがロマネコンティを飲んだわけではない)。
最初に入った山口洋子の店、「姫」でカルセール真木にも会った(太ももに入れられたバラの入れ墨を見せてもらった)。そこで志津さんから聞いたのは、「情報」を得るために女性を使っているという話だった。「姫」にも、つぎに出かけた「ピロポ」にも、最後に行った「センチュリー」にも女性がいて、情報収集させているのだという。だからこそ、彼は銀座で働く女性(たしか7人と言っていた)の保証人になり、「貴重な」情報を集めていた。
これが現実の裏側にある、もう一つの「真の経済活動」であると実感した。だからこそ、こうした場で得られた情報には、カネに換算すれば数億円にもなるものがある。つまり、猫組長の情報収集方法はきわめて「真っ当な方法」なのだ。
私が新聞記者という職業について本当に良かったと心から思うのは、こうした「世の中」を真に動かしている「仕組み」の一端を知ることができたことにある。
猫組長の視線
こうした「世の中」の真実から、世界の現状を分析するとどうなるか。それが猫組長の教えてくれる内容である。
p. 54
「だが、はたしてトランプ氏とマフィアの繋がりは切れているのか――知人のロシアン・マフィアは、かなり早い段階でトランプ勝利を断言していたが、その理由は「労働組合が味方をしているから」というものだった。
1945年の第二次世界大戦終戦後、アメリカでは労働運動が盛り上がり大規模なストライキが行われる。この時、暗躍したのがマフィアだ。ある時は企業側に付き、金を貰って労働組合側を暴力で脅迫し、ある場面では組合側に付いて組合費を徴収して企業側を脅迫した。
アメリカにおいて労働組合とマフィアとの暗い関係は、今なお続いている。」
まだまだおもしろい話がつづいていく。「暴力経済との接点と、極めて合理的な利益の追求こそ、私がトランプ氏に持つシンパシーだ」とある。こうした視点に立って分析するがゆえに、複雑な国際関係を冷徹に分析することができているのだ。
p. 67
2018年7月3日、中国の大手航空会社・海南航空集団の会長、王健氏が出張先のフランスで死亡したという。この話自体、私はまったく知らなかったが、猫組長はつぎのように書いている。
「現地警察は事故死としたが、国際社会――中でも黒い世界に生きる誰もが、その発表を真実だとは受け止めていない。海南航空集団には、国家主席である習近平氏の「右腕」とされる国家副主席の王岐山氏の関与の噂が絶えない。1993年に海南省で設立された航空会社が、わずか約20年でヒルトン、ドイツ銀行といった世界的な企業の株式を取得するまでに急成長を遂げた背景には、王岐山氏の後ろ盾が影響したとされている。
ところが王健氏は、社内における反王岐山派の筆頭だった。繰り返されたM&Aによって海南航空集団の債務も膨張し、2017年には中国政府から債務圧縮を求められ資金繰りが悪化。19年に入って大量の資産売却を打ち出していた矢先に王健氏が「事故死」し、王岐山派が会社のトップになった。
転落死が暗殺とされるのは、このような背景があった。」
p. 121~122
つぎに、北朝鮮問題を「巨大暴力団」アメリカと「弱小暴力団」北朝鮮とみなして考える猫組長の分析を紹介しよう。
「さて、ではなぜ北朝鮮は、「巨大暴力団」アメリカを挑発するかのようにミサイル発射実験を行ったか――大きな理由の一つが「沈黙の回避」だと私は考えている。
暴力団が強迫する際に「いわす(殺す)ぞ」「沈めるぞ」と言葉にしているうちは実は安全だ。一番怖いのは「沈黙」で、「沈黙」こそが次にアクションを起こすサインである。暴力団員が暇を見つけては、知り合いに連絡するのは寂しさからではなく、自身の安全保障のためだ。ちょうどトランプ氏が新大統領になり、その言動から軍事オプションの使用は十分にありえることだった。北朝鮮としては、新たな体制のアメリカに沈黙して欲しくないので、挑発をしながら言葉を引き出しているということだ。」
p. 134
「暴力団の抗争では、実際に相手のタマ(命)を狙う攻撃ばかりが目立つが、実際には敵対する組事務所、組長や幹部の愛人宅などの立ち寄り先、車などへの威嚇射撃の方がはるかに多い。ガラスを縦断で割ることから「ガラス割り」と言われるが、これは「いつでも狙える」という強烈なメッセージだ。」
p. 183~184
つぎに、猫組長のソ連やロシアに対する見方を紹介しよう。
「マフィアは得た富を、共産党の重職者に「賄賂」としてばら撒く。贅沢品は西側の製品であったから、外貨不足に苦しむソ連にあって、マフィアは豊富なドルを手に入れるようになる。何よりドルの力を知り、ドルを求めたのが、共産党の中枢部にいる者たちだった。〝黒い外貨〟はマフィアの自己防衛手段として使われたが、同時に国家中枢に〝黒い勢力〟に浸透していった。
続くアンドロポフ時代(82~84年)、チェルネンコ時代(84~85年)をしたたかに生き抜いてきたロシアン・マフィアは、ゴルバチョフ時代(85~91年)に行われた「ペレストロイカ」によって一気に勢力を拡大する。内務省が把握していたマフィアの組織数は、ゴルバチョフ以前には785だったものが、5691にまで拡大したという。」
こうした猫組長の指摘は基本的に正しい。猫組長は「イズム」が世界を動かしているわけではないという基本認識をもっているようだが、ソ連やロシアの歴史がイデオロギー主導でかたちづくられたとみなすのは間違いだ。むしろ、暴力装置と国家との結びつきによってロシア独特の統治が形成されたとみなすほうがより現実をうまく説明できる。
まだまだ紹介したいところだが、関心をもった人はぜひともこの本を読んでほしい。「世の中」ことを何も知らないにもかかわらず、「包帯のような嘘」を見破ることで「世間を見たような気になる」バカ学者の本よりはずっと現実を理解することができるだろう。
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