監視資本主義の時代と日本
監視資本主義の時代と日本
塩原 俊彦
こんなタイトルの論考が『潮』(6月号)に掲載されます。なにが書かれているかというと、人類の歴史という観点からみて、いま現在の位置をしっかり把握することの重要さです。結論を言えば、現在、人類は「サイバー空間」と「リアル空間」の融合する時代を迎えています。こうした時代の変化を前提に、どう生きるかを考えてほしいのです。
トヨタの潰れる日
いま、日本の若者の「能天気さ」を目の当たりにして、十年後、二十年後を予測すると、たぶん大変なことになるでしょうね。まず想像してほしいのはトヨタ自動車が潰れる事態です。いわゆるエンジンを意味する、シリンダーなどの機関内でガソリンなどを燃焼させてその燃焼ガスに仕事をさせる「内燃機関」開発でまったく出遅れてきた中国ですが、それは電気自動車(EV)に特化した発展につながる可能性を高めています。先進国の既存自動車メーカーにとって、エンジン製造は大量の部品を必要とする最重要過程であり、簡単にこれをEVに譲り渡すわけにゆきません。このため、巨大な既存の自動車メーカーはいきなりエンジンのいらないEVに特化できません。2019年4月、トヨタ自動車はハイブリッド車(HV)について、その関連技術の特許権を無償開放することを明らかにしましたが、これはHVの部品を外部から安いコストで調達し、当面、EVとの競争力強化に備えようとする苦肉の策なのです。
こうした状況に対して、中国はいわばエンジン関連部門では失うものがないのでEVに集中的に投資できます。とくに、EVを支えるバッテリー(二次電池、蓄電池)装置への投資を拡大しています。この分野の技術開発を通じて世界のEVの最重要部品を押さえることをねらっています。既存のエンジン車の販売が減ってもあまり痛手は受けないという事情から、中国ではカーシェアリングも急速に広がっています。2017年の段階で、世界全体の自動車の1割が中国でシェアされていたという見方もある。アリババとテンセントは中国最大のライドシェア(相乗り)会社、滴滴出行(ディディチューシン, Didi Chuxing)に投資しています。
しかも、自動車メーカーよりも巨大化している中国のアリババ、バイドゥ(百度)、テンセントのような「テック・ジャイアント」は自らEVを主導しやすい環境にあります。そして、そこにAIを活用した自動運転型EVの開発を結びつけようとしているのです。すでにバイドゥとテンセントは中国の「テスラ」と呼ばれ、すでに上海の工場をもつ米テスラ社(シリコンヴァレーからEVに参入した「破壊者」)のライバルである蔚来汽車(NIO)に投資しています。同社は2018年9月にニューヨーク証券取引所に上場しています。小鵬汽車(シャオペン、Xpeng)というEVメーカーにはアリババが出資しています。
EVは完全にコンピューター主導でコントロールされているのであり、自律型の無人自動車の開発で世界をリードしているのはグーグルの親会社、アルファベートです。その傘下にあるウェイモ(Waymo)は2018年12月にアリゾナ州フェニックス郊外で自動運転タクシーサービス(ウェイモ・ワン)を開始しました。前述した滴滴出行は自動運転による「ロボタクシー」網を構築しようとしています。バイドゥとテンセントは2018年からすでに行動で自律型無人車のテストをスタートしています。バイドゥは無人のシャトルバスを北京や深圳を含む中国の大都市ですでに運航しています。
京都先端科学大学
こうした事実を知れば、トヨタ自動車も日産自動車も安閑としていられないことがわかるでしょう。完全自律型無人EVはサイバー空間とリアル空間の融合の象徴であり、AIとIoT、さらに第五世代移動通信システムである5Gに基づく技術です。加えて、エンジンからモーターの時代になります。蓄電池も大切ですが、モーターも重要です。したがって、モーター界の雄、日本電産は伸びるでしょう(私はマブチモーターの株主をもう10年以上していますが、最近、株価が低迷しています)。
その創業者の永守重信会長は2019年4月、理事長を務める京都学園大学の名称を京都先端科学大学に変更しました。4日の入学式で、永守は、「今までは大学生を採用する側にいたが期待する人材が全く出てこなかった。今の大学は偏差値とブランド主義に凝り固まっている」と指摘し、「京都先端科学大を社会から一番求められる大学に変えていきたい」と力説したそうです。
この姿勢は評価に値します。日本の大学は現実を見ていません。AI、5G、IoT、ブロックチェーンなどといった最先端技術について教える大学が日本にあるのでしょうか。これらの技術の歴史的意義や位相について、包括的に教える場があるのでしょうか。
残念ながら、まさに新たな「産業革命」期に入っているにもかかわらず、まったく現実を見ようとしていない日本の大学教育はあまりにも不条理です。そんな想いから、『潮』に論考を寄せたというわけです。
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