WPのウクライナ戦争の総括記事:「米国とウクライナの攻撃計画には誤算と分裂があった」と「ウクライナでは、反攻が行き詰まり、漸進的な戦いがつづく」をめぐって
「ワシントン・ポスト」は2023年12月4日付で第一部「米国とウクライナの攻撃計画には誤算と分裂があった」と第二部「ウクライナでは、反攻が行き詰まり、漸進的な戦いがつづく」という長文のウクライナ戦争をめぐる記事を公表した。ウクライナ、米国、欧州諸国の高官30人以上へのインタビューに基づいて、ウクライナの反攻に至るまでの経緯を検証したものであるという。「反攻の背後にある軍事計画へのアメリカの深い関与と、その失望の要因について、新たな洞察とこれまで報道されなかった詳細を提供する」と書かれている。ここでは、二つについて紹介しつつ、論評を加えてみたい。その主旨は、メモであり、今後の考察への出発点とすることである。
卓上戦争ゲーム
戦争がゲームであるかどうかは微妙だが、WPの記事では、「ウクライナ軍、米英軍の将校たちは、作戦計画を構築するために8回にわたって大規模な卓上戦争ゲームを行った」と書かれている。
米国とウクライナの当局者は、戦略、戦術、タイミングをめぐって激しく対立したのだそうだ。米国防総省は、ロシアが戦線を強化し続けるのを防ぐため、4月中旬に攻撃を開始することを望んだ。ウクライナ側は、武器や訓練を追加しなければ準備が整わないと主張し、躊躇した。
対立は反攻のタイピングに加えて、集中か分散かについても生じた。米国はその南軸に沿った集中攻撃を提唱したが、ウクライナの指導部は、自軍は600マイルの前線に沿って、南はアゾフ海のメリトポリとベルディアンスクの両地点、東は袂を分かったバフムートの都市に向かう3つの明確な地点で攻撃しなければならないと考えていたという。
ここまでの説明の後、第一部の記事は現段階において、“Morale in Ukraine is waning.”(ウクライナにおける士気は弱くなっている)と指摘している。
戦闘計画を練る
2022年の晩秋、キエフが北部と南部の領土を取り返した後、オースティン米国防長官はウクライナの軍最高司令官であるヴァレリー・ザルジニー将軍と電話会談し、春の攻勢に必要なものを尋ねた。ザルジニーは、1000台の装甲車と9個旅団が必要で、ドイツで訓練を受けて戦闘準備が整っている、と答えたという。
戦術家たちは、戦争ゲーム用の専門ソフトやエクセルの表計算ソフトを使い、時には地図上で駒を動かして演習を行った。シミュレーションには、攻撃作戦や後方支援など、戦闘の特定の要素に焦点を当てた小規模な演習も含まれていた。そしてその結論は、進化する作戦計画にフィードバックされた、と書かれている。
マーク・ミリー米統合参謀本部議長(当時)やオレクサンドル・シルスキー・ウクライナ地上軍司令官(大佐)ら最高幹部は、シミュレーションのいくつかに出席し、その結果について説明を受けた。西側当局者によれば、この戦争ゲームでは、ウクライナは単一の戦略目標に軍を集中させるのが最善であるとの評価が確認されたという。つまり、ロシアが支配する地域を通ってアゾフ海まで集団攻撃を仕掛け、クレムリンがロシアからクリミアに至る陸路、つまり重要な補給路を断ち切る作戦だ。
これに対して、ウクライナ当局は、ウクライナの最大の支援者をも驚かせた作戦で、北東部のハリコフ地方の一部と南部のケルソン市を回復した2022年秋の成功を、反攻作戦で再現できることを期待していた。それは、1カ所だけではなかった。
最終的に決断を下すのは、ゼレンスキー、ザルジニー、その他のウクライナの指導者たちであるというのが西側当局者の説明である。
キエフが必要としていた兵器
2023年2月3日、バイデン大統領の国家安全保障アドバイザーを務めるジェイク・サリバンは、反攻計画を検討するため、政権の国家安全保障担当幹部を招集した。その残段階として、バイデン政権は1月上旬、ブラッドレー戦闘車の派遣を発表し、英国はチャレンジャー戦車14両の供与に同意した。同月末、米国がエイブラムスM1戦車の最上位機種を秋までに提供すると渋々発表した後、ドイツと他のNATO諸国は、反攻に間に合うようにドイツ製のレオパルド戦車数百両を提供すると約束した。
はるかに大きな問題は、ウクライナがロシアの膨大な砲兵武器庫に対抗できるようにするための155ミリ砲弾の供給だったという。国防総省の計算では、ウクライナには月に9万発以上が必要だった。米国での生産量は増えてはいるが、その10分の1以上というのがやっとだった。
サリバンは選択肢を示した。韓国は米国から提供された弾薬を大量にもっていたが、紛争地域に武器を送ることは法律で禁じられていた。国防総省は、韓国を説得すれば41日以内に約33万発の155ミリ砲弾を空路と海路で輸送できると計算した。政府高官は韓国の担当者と話をしていたが、間接的な提供であれば受け入れるという。砲弾は年明けから供給され始め、最終的に韓国はウクライナへの砲弾供給国として、ヨーロッパ諸国を合わせたよりも大きな規模になる。より直接的な代替案としては、米軍が保有する155ミリ砲弾を利用することだった。国防総省には数千発の砲弾があり、何十年も埃をかぶっていた。しかし、アントニー・ブリンケン国務長官は難色を示す。
それは、クラスター弾であり、正式にはDPICM(Dual-Purpose Improved Conventional Munitions)と呼ばれ、弾頭の中には広範囲に散らばる数十個の爆弾粒が入っている。米国の同盟国のほとんどを含むが、ウクライナやロシアは禁止条約に署名していない。その上、アメリカのほとんどの同盟国を含む120カ国が、ウクライナやロシアを除いて、核兵器を禁止する条約に署名していた。核兵器を送れば、アメリカは戦争の道徳的優位を失うことになる。ブリンケンの強い反対を前に、サリバンはDPICMの検討を保留した。少なくともこの時点では、バイデンへの承認は見送られた。
バイデンがウクライナへのクラスター弾の供給を承認したのは2023年7月に入ってからだ。なお、バイデンは5月になって、ヨーロッパ諸国が米国製のF-16をウクライナに寄贈することを許可した。しかし、パイロットの訓練と戦闘機の引き渡しには1年以上かかる。
ウクライナは勝てるのか?
ゼレンスキーは2023年2月の開戦1周年記念日に、2023年が「勝利の年」になると豪語していた。しかし、米国政府内には自信のない者もいたという。国防総省の熱意に懐疑的な米情報当局者は、成功の可能性は五分五分以下だと評価したのだ。
第一部の記事によれば、「2023年初頭までに、ウクライナの優秀な兵士の多くを含む13万人ものウクライナ軍兵士が戦争で負傷したり死亡したりしていること」が知られていた。さらに、ウクライナの指揮官のなかには、戦場での経験を積んでいない兵士の多さを理由に、来るべき作戦にすでに疑念を抱いている者もいたという。
他方で、ロシアは2023年3月までに塹壕を張り巡らせる防衛網を敷いていた。「ロシアは戦争が進むにつれて適応し、より乾燥したジグザグの塹壕を掘り、砲撃から兵士を守るようになった」とのべられている。「塹壕がより洗練されたものになるにつれ、塹壕は森へと切り開かれ、防衛側が後退するためのより良い手段を提供するようになった」という指摘もある。
なお、記事では、「2023年初頭までに、高度に訓練されたコマンド部隊を含め、約20万人のロシア兵が死傷したと米情報機関は推定している」と書かれている。ウクライナに急行した補充部隊は経験が不足していた。現場指導者の離職が指揮統制に打撃を与えた。春にチャットプラットフォーム「ディスコード」で流出した米国防総省の文書によれば、損害は、「戦車2000両以上、装甲戦闘車両4000台以上、航空機75機以上」という。
躊躇するキーウ
計画によれば、ウクライナは5月までにはすでに作戦を開始しているはずだった。冬に行われた諜報活動によって、ロシアの防衛力は比較的弱く、ほとんど無人であることが判明しており、ハリコフやケルソンでの敗北でロシア軍の士気は低下していた。米国の諜報機関は、ロシアの上級将校が見通しは暗いと感じていると評価していた。しかし、その評価は急速に変わりつつあった。米軍は4月中旬からウクライナ軍を動かそうとしていたが、どんどん遅れていったのである。
第一部の記事は、「5月が近づくにつれ、アメリカ側には、戦争ゲームや訓練中はやる気満々だったキーウが急にペースを落としたように思えた」とのべている。約束された装備品の納入が遅れたり、戦闘に適さないものが到着したりした、とウクライナ側は反攻作戦の開始が遅れている理由を説明した。地雷除去ラインチャージ発射機(MCLC)のように、地雷原の通路を遠隔操作で切断する計画を実行するために必要なもののうち、15%しか届いていなかったという話が紹介されている。
しかし、米政府高官は、ウクライナ側が約束された兵器をすべて手に入れられなかったという話を激しく否定したという。攻撃が始まるまでに、ウクライナ側は20機近くのMCLC、40機以上の地雷ローラーと掘削機、1,000本のバンガロール魚雷、8万本以上の発煙手榴弾を受け取っていたというのだ。ザルジニーは1000台の装甲車を要求したが、国防総省は最終的に1500台を提供したという話まで紹介されている。
ただ、毎年春にウクライナの一部を泥のスープに変える雪解けや豪雨が例年より遅く、長く続いたというのは事実らしい。
反攻がはじまったのは6月初旬
反攻は6月初旬にようやく動き出した。ウクライナの一部の部隊は、アゾフ海岸から80マイル離れたヴェリカ・ノヴォシルカの南にあるザポリツィア地方の村々を奪還するなど、すぐに小さな成果を挙げた。しかし、「それ以外の場所では、西側の武器や訓練でさえ、ウクライナ軍をロシアの火力から完全に保護することはできなかった」と、記事は書いている。
ここまでが第一部である。
作戦の行き詰まり
現実をみると、第二部の記事では、「ウクライナは、2023年だけでも数千人の死傷者と数十億ドルの欧米の軍事援助を犠牲にして、約200平方キロメートルの領土しか奪還していない」と書いている。手詰まり状態にあることを認めている。
だからこそ、ウクライナ側の勝手な戦術への風当たりが厳しい。「ザルジニーは、米国側の助言通り、機械化された集団攻撃と支援砲撃でロシアの防衛網を突破しようとするのではなく、ウクライナ兵が10人程度の小集団で徒歩で移動することを決定した」という指摘は、米国の助言通りにやっていれば、こんなことにはならなかったはずだという、自己弁護のように思える。
しかも、「米国との数カ月にわたる計画はその4日目に放り出され、すでに遅れていた反攻作戦は、2~3カ月以内にアゾフ海に到達する予定だったが、ほぼ停止状態に陥った」という記述は、早くから反攻計画が破綻していたことを認めている。
その結果、どうなっているかというと、「ウクライナの東部と南部には第一次世界大戦のような湿った塹壕が連なり、上空には監視ドローンと攻撃ドローンがひしめいている。モスクワはウクライナの各都市の民間人を標的にミサイル攻撃を開始し、キエフは西側のミサイルと自国の技術を駆使して、モスクワ、クリミア、黒海といった前線のはるか後方を攻撃している」。
反攻は失敗
プーチン大統領は2023年10月、「失速したとされる反攻については、すでに完全に失敗している」と話した。VGTRKのジャーナリスト、パブロ・ザルビンとのインタビューで語ったものだ。
反攻が計画通りにゆかなかった背後には、作戦そのものの失敗があると第二部の記事は指摘している。ミレーや攻撃計画に携わった他の米軍高官は、ウクライナ側がザポリージャの要衝に兵力を集結させ、ロシアの堅固な守備に打ち勝ち、メリトポリやアゾフ海への突破口を確実に開くよう主張したのに、ウクライナの計画は、アゾフ海への二つの異なる経路に沿って南下することと、ウクライナ東部の包囲された都市バフムト周辺を三つの軸で押し進めることだったことが行き詰まりの原因であるかのような記述になっているのだ。なぜウクライナの軍事指導者らがこうした作戦をとったかについては、南部の一点に多くの兵力を投入しすぎると、東部の兵力が脆弱になり、ロシア軍が東部や北東部のハリコフの領土を奪取できる可能性があると判断したからだと説明している。
ザポリージャ地方は、平坦な空き地が多い。ロシア軍は高台を選んで重要な防衛線を築いた。兵士や関係者によると、そこから対戦車ミサイルで武装したロシアの部隊が、ブラッドレー戦闘車やドイツのレオパルド戦車の車列を待ち構えていたのだという。地雷除去車両は常に群れの先頭に立ち、偵察ドローンの助けを借りて最初に狙われた。
「ロシアは、1台1000ドル以下で数百万ドルの戦車を無力化できる、同じ手製の攻撃ドローンの艦隊も配備していた」と書かれている。「最初は地雷が問題だった。今はFPVドローンだ。ドローンは標的に正確に命中し、深刻なダメージを与える。ブラッドレーを無力化し、爆破させることもできる。直接爆発させるわけではないが、燃やすように命中させることができる」という記述は、ロシア側をみくびっていた結果かもしれない。
ザルジニーへの不満を強める米軍
2023年11月1日付でThe Economistは、「ヴァレリー・ザルジニー将軍、戦争が膠着状態にあることを認める」という記事を公開した。「反攻を開始して5カ月、ウクライナはわずか17キロしか前進できていない」ではじまる記事のなかで、『エコノミスト』誌のインタビューで、ザルジニーがこの作戦について初めて包括的な評価を語り、「第一次世界大戦と同じように、我々は膠着状態に追い込まれる技術レベルに達している」とのべたという。この発言を機に、ゼレンスキーとザルジニーとの関係に亀裂が生じ、後者の政治家への転向がささやかれている。
この対立の背後には、ザルジニーの反攻作戦への米国の不満がある。第二部の記事はつぎのように書いている。
「8月になると、ミリーも不満を口にし始めた。彼は「ザルジニーに『何をやっているんだ』と言い始めた」とバイデン政権高官は語った。」
これに対してウクライナ側は、西側諸国は複合武器戦略を成功させるために必要な航空戦力やその他の武器を与えていないだけだと主張したという。
こうして、ウクライナ軍と米軍、さらに、ウクライナ大統領と軍総司令官との間にも対立の構図が生じつつある。
2023年8月の段階では、ポーランドとウクライナの国境付近で同月に行われたビデオ会議とそれに続く直接の会談において、米軍関係者は自分たちの主張を押し通した、と紹介されている。彼らは、前線のさまざまな地点でロシア軍を占拠する論理は理解できるとしながらも、ウクライナ軍がより多くの兵力を一点に集結させ、迅速かつ断固とした動きをしない限り、深い前進は望めないと主張した。これに対してザルジニーは、空からの援護がないこと、予想以上に地雷が多いこと、ロシア軍が見事に兵力を掌握し、その予備兵力を効果的に動かして間隙を縫っていること、といった課題を明確に示したという。
この対立の構図は基本的にいまでも変わっていない。
米国の「ウクライナ支援」=「米国内への投資」というスキーム崩壊の危機
こうしたなかで、バイデン政権はいま、「ウクライナ支援」増額のための補正予算の成立をめぐって正念場を迎えている。
今週末か来週に、独立言論フォーラムにおいて、拙稿「「知られざる地政学」【連載16】「米国内への投資」を「ウクライナ支援」と呼ぶバイデン政権:ウクライナの人命よりも大統領選の勝利に賭ける「悪辣さ」を批判せよ」が公表される。
久しぶりに友人に事前に読んでもらい、「いい論文」と褒められたものである。どうか、ぜひ読んでほしい。ウクライナ戦争をめぐる「真実」が理解できるだろう。
最近のコメント