必読書『遺伝子組み換えのねじ曲げられた真実: 私たちはどのように騙されてきたのか?』を紹介する
スティーブン・M・ドル―カー著『遺伝子組み換えのねじ曲げられた真実:私たちはどのように騙されてきたのか?』(守信人訳、日経BP社、2016年)を紹介したい。この10年間に読んだ本のなかで、1、2を争う名著だからである。
この本にたどり着いた経緯
まず、この本にたどり着くまでの経緯について説明したい。私は、現在、「種子ビジネスとロシアの排除問題」と「米国のイラク侵攻20年が教える米エスタブリッシュメントの「悪」」という二つの原稿を書き上げ、「独立言論フォーラム」への投稿待ちの状況にある。この二つの原稿を書き上げるために、遺伝子組み換え(GM)に基づく作物、生物、食品などに対する考え方を整理する必要があったのだ。
GMへの関心は以前から強くあった。それは、「種子ビジネスとロシアの排除問題」において紹介したように、2020年に公表した、学術誌『境界研究』に「サイバー空間とリアル空間における「裂け目」」を読んでもらえばわかる。そこには、つぎのような記述がある。
「 農業は現在、「スマートファーミング」の名のもと、播種・給水・施肥・収穫がすべてコンピューター管理される一方で、ゲノム編集を通じて新品種が相次いで登場している。か つて農業機械を販売したり、種子や化学肥料を売ったりするのみであった企業が今では、 いわば「農業経営システム」を運営するソフトウェア・プラットフォームを発展させること で、垂直的な農業支配を拡大し続けている。気候変動に合わせた対応も、ネットワークを通じて「育成者」に対する権限の強化をもたらしている。
プラットフォームでは個別の農場のデータが集められ、クラウドを通じてデータが加 工・処理されるが、天候予測なども考慮されたうえで、播種・給水・施肥・収穫の時期の指導を行う。この大規模化に応じるため、大手の農機メーカーであるディア・アンド・カンパニー(ジョン・ディアがブランド名)、AGCO、CNH Industrialと農薬・種苗関連の会社との提携関係の樹立や買収・合併が進んでいる。
これまで紹介した新品種保護の動きは、育成者権の強化に加えて、インフォーマル種子 (在来品種種子や自家採取種子)のフォーマル化(品種登録の義務化と管理強化を通じて非 登録品集の排除・違法化)も引き起こしている。たとえば、モンサントは系列企業や他の種子会社を通じたGM種子の販売に際し「特許料」(技術使用料)を徴収し、農家にさまざまな制約を課す「技術使用契約」の締結を求めている。これは、アップルがその独占的地位を利用して、ユーザーがゲームソフトなどをアップ・ストアー(アプリケーションソフトのインターネット配信会社)を通じてしか買えないように強いる一方、他方で開発者からそこでの売上高に対する高い手数料(一つのアプリ販売につき30%のコミッション)を徴収していることを想起させよう。
つまり、知的財産権を構成する、著作権、産業財産権(工業所有権[特許権、実用新案 権、意匠権、商標権])などに加え、拡大するさまざまな権利(半導体集積回路配置図に関 する権利、種苗法、不正競争防止法など)に絡んで生じた裂け目こそ、巨大なアグロビジネスやテック・ジャイアンツによる世界支配の契機を与えているのだ。」
こんな関心から、アマゾンのサイトで「遺伝子組み換え」という言葉に基づく検索から、この本に出合ったというわけである。
いま、私は『新しい地政学』(仮題)を書く準備を進めている。そこで話題にしようと思っているのが食料、エネルギー、サイバー空間、金融、軍備などである。だからこそ、GM問題についてよく研究する必要性を感じている。
大切な指摘
758頁におよぶ大著であるこの本で、ラインマーカーを引いた箇所はたくさんある。いつものように、メモ代わりにそうした箇所のいくつかを紹介してみたい。
- 36-37
分子生物学は1930年代、主にロックフェラー財団の努力により、マックス・メーソンとウォレン・ウィバーのリーダーシップの下で独自の学問領域として発展した。
- 37
それだけでなく、彼らは生物学を物理学の土台の上に築きたいと考えた。生物学を物理学の拡張された一部とすることによって、単純かつ正確で予測可能な生命科学を発展できると信じた。
- 56
こうして分子政治学は誕生し、それを通じて、行きすぎた一般化と根拠のない意見が、確実な証拠に基づいた結論として通用するようになった。
- 92-93
バイオテクノロジー推進政策を公式に宣言するため、レーガン政権は、望ましい行政権限の線引きを示し、さまざまな省庁を指導する原則をさだめ、科学に基づいた監督がなされていると国民に信じ込ませるような文書を作成することにした。その文書が「バイオテクノロジー規制の調和的枠組み」で、レーガン大統領が1986年6月18日に署名した。
その主な特徴は「製造工程ではなく、製品を規制する」というホワイトハウスの指示を盛り込んだことだった。この考え方では、遺伝子操作された生物は、それがつくりだされた方法よりも、それぞれの特質にしたがって扱われ、組み換えDNA技術でつくられたというだけで特別扱いされることがなくなる。
しかし、この原則を適用すると、新たな問題が発生する。検査してみなければGMOの特徴がどのような影響を及ぼすのかを判定することは難しい。だから、重要なのはどれだけ検査が必要かということだった。
- 108
米国にL-トリプトファンを供給していたのは6社だけで、いずれも日本企業だった。1990年初頭、CDCの研究者たちはL-トリプトファンのEMS関連バッチの製造元を突き止めるため、卸売業者、流通業者、錠剤メーカー、カプセル化業者、輸入業者などからなる複雑なネットワークを丹念にたどっていった。4月下旬、彼らは重要な発見があった。調査の結果、製造元がわかったEMS関連バッチ(EMS関連バッチ全体の95%)の製造業者は1社だけだった。との企業は、日本第4位の化学会社で米国への最大のL-トリプトファン供給者である昭和電工だった。
- 109
細菌にそれまでより多量のL-トリプトファンをつくらせるため、昭和電工は新機軸を打ち出して、細菌の遺伝情報に組み換えDNA技術で手を加えていた。
- 149
新しい手法と伝統的な手法の区別をさらにあいまいにするため、バイオ技術推進派は用語まで変えることにした。最初のうちは、組み換えDNA技術を用いることについては、好ましい連想をもたらすと期待して「遺伝子工学(遺伝子操作)」(genetic engineering)と呼んでいたが、やがて、この言葉が多くの人びとに、制御する力や精密さよりも、人工的で潜在的に有害な介入というニュアンスで受け取られることがわかってきた。そこで、この手法を「遺伝子修正(修飾)」(genetic modification)と呼ぶことにした。このほうが世間に与えるイメージが恐ろしくないように思えたからだ。また、「遺伝子工学」は組み換えDNA技術にだけ当てはまる言葉だが、「遺伝子修正」はそれに限定されず、すべての品種改良に使われた。そして遺伝子組み換えは、遺伝子修正の「新しい」「現代的な」段階と呼ばれるようになった。
- 218
予防重視という米国の食品安全法の特徴は、新しいものでもなければ、微妙な言葉で表現されているわけでもない。それは舞書くな表現で書かれており、1958年に議会が食品・医薬品・化粧品法を大改正したときからそうだった。
- 236
生物一体性保全同盟と共同原告らが1998年5月にFDAを提訴
- 256
遺伝子組み換え食品を安全と推定するのは「科学的に正当化されない」と宣言したカナダ王立協会の2001年1月の報告書
- 262
遺伝子操作された食品の安全性評価について、連邦政府は、制定法によって定められた立証責任を負うべき側を、法律専門誌の筆者も含め、ほとんど誰も気づかないうちに転換させた。
- 267
マイケル・テーラー FDAに法務部員として5年務めたあと、民間の弁護士としてモンサントの代理人を務め、それからFDAに戻って政策担当副長官として遺伝子組み換え食品に関する政策を担当、モンサントが求めたものが実現すると、モンサントに戻って公共政策担当部長に就任した。そして2009年、今度は「食品皇帝」と呼ばれる食品安全担当上級顧問として再びFDAに戻った。そして2010年1月、再び副長官の職に昇進した。今回は食品担当副長官で、彼が初代となる新しい職だった。
- 268
10年以上にわたって、米国の加工食品の大多数(現在の割合は90%近い)は遺伝子操作された生物に由来する成分を含んでいる。そして、遺伝子を組み替えられた作物の数は増えつづけている。しかも、欺瞞によって、遺伝子組み換え食品は米国内に普及しただけでなく、世界の多くの国へ浸透できるようになった。
- 312
リスクは専門的には、次の二つの量の掛け算の結果として出てくる。(1)潜在的な問題が実際の危害を起こす確率(2)生じる危害の大きさ。だから危害の起きる確率が高くても、生じる危害が微小なものだったら、リスクは小さい。
- 331
第8章
米国メディアの機能不全隠蔽と不正の従順な共犯者
- 336
偏向報道の責任の大部分を記者たちに負わせるのは間違いだろう。かなりの割合で、デスクや編集方針を決める幹部の責任が問われるはずだ。
- 336
米国のスーパーマーケットの棚に並ぶ加工食品のなかに遺伝子組み換え作物由来の成分が入るようになると、すべてのメディア企業は、バイオテクノロジー関連企業を所有していなくても、国民が抱くバイオテクノロジーに対するイメージに敏感になった。なぜなら、メディアの広告収入のかなりの部分は食品製造業者から入ってくるからだ。そして、米国の食品産業は、遺伝子組み換え製品を推進するだけでなく、その評判を落とすようなニュースを押しつぶそうとする。米国保存食品製造業者協会の会員企業の広告費がメディアの広告収入のかなりの割合を占めている以上、この協会のコメントがその正確さとは無関係に日常的にメディアで引用されるのは不思議ではない。
- 336-337
メディアはまた反対側の意見を組織的に抑圧してきた。こうした手法は2002年にはすでに確立され、記録も残っている。この年、食料政策の研究所であるフード・ファーストは、11紙の大新聞(『ニューヨーク・タイムズ』『ワシントン・ポスト』『USAトゥデー』など)と3誌のニュース週刊誌(『タイム』『ニューズウィーク』『エコノミスト』)について1999年9月から2001年8月までの報道を調査した結果を発表した。研究者によると、これらの新聞、週刊誌は「遺伝子を組み換えた食品や作物に対する批判を意見投稿のページからほとんど締め出していた」。研究者らは、「遺伝子組み換え食品寄りの圧倒的な偏向」が論説頁だけでなく、通常は多様な意見が掲載されて討論の場となる意見投稿欄でも明確になったと指摘している。
- 338
企業側の脅迫に降伏
モンサント
- 352
1897年以来、『ニューヨーク・タイムズ』のモットーは「印刷に値するすべてのニュース」だった。しかし、ここ20年、30年、このスローガンは少なくとも重要な一点において不正確になってきている。もし、それをこう描き直せば、現実をよりよく反映することになるだろう。「印刷に値するすべてのニュース――ただし遺伝子組み換え食品の安全性に疑問を投げかけない限り」
- 353
ウォーターゲート事件、ペンタゴン文書事件と遺伝子組み換え食品
――メディアの対応は大違い
ウォーターゲート事件は1972年6月に始まった。リチャード・ニクソン大統領の側近の部下らが民主党全国委員会の本部に侵入し捕まった。そして、ホワイトハウスは、その男たちとの共犯関係を隠すための交錯を続ける。しかし、粘り強い調査によって『ワシントン・ポスト』は隠蔽されていた事実を一つずつ掘りおこし、一連の強烈な記事で暴露していく。さらに同紙はニクソン政権が繰り返す非難や、脅迫、嫌がらせにも屈せずに、それをやり抜いた。
- 354
ウォーターゲート事件で政府の不正を暴露した同紙の決意と、遺伝子組み換え食品についての明らかなやる気のなさのギャップは著しい。1972年に同紙は、米国大統領を退陣させるほどまでに、政府の不正を明るみに出すことに徹し、その評判や存続の危険にあったにもかかわらず前へ進んだ。しかし1999年になると、同紙は、政府の怠慢を暴露してバイオテクノロジー企業と国中のスーパーマーケットの棚に置かれたその商品のイメージを危うくすることよりも隠蔽の共犯者になることを選んだ。ウォーターゲートについて真実を明らかにするために、同紙は多大な努力を費やし大きなリスクを覚悟したのに、遺伝子組み換え食品については、調査にかかる労力も必要なく疑問の余地もないのに真実を報道することを拒否した。遺伝子組み換え食品が法律で必要とされる「一般的に安全と認識されている」との条件を満たしておらず、FDAがそれを不正に満ちた偽りの説明で隠蔽してきたことを証明するFDA内部資料が、確かな証拠として記者の一人に渡された。それにもかかわらず、『ポスト』はその記者がこれらの事実を明らかにするのを妨げ、彼が書いた記事からそうした事実を削除してしまった。
- 355-356
ペンタゴン文書事件
ランド研究所の分析者でこの研究にも加わったダニエル・エルスバーグは、不道徳だと考える戦争を早く終わらせるために、文書のコピーを数部つくり、公表する決心をした。1971年3月、この研究文書の最初のコピーを『ニューヨーク・タイムズ』の記者に渡し、この記者は上層部の判断を仰いだ。同社幹部はこの文書の重要性を認識し、最も重要な部分を公表したいと考えたが、その適法性については疑問があった。文書は最高機密であるだけでなく、盗まれたものだった。さらに、文書にはもし公表されれば大きな戦争を遂行する政府の能力をそぐような微妙な情報も含まれていた。
- 358
これとは対照的に、FDA文書は秘密ではなく、国家安全保障とも無関係だった。裁判所の命令で掲載を阻まれるわけでもなく、裁判所の命令によって入手した文書であり、合法的に掲載できることになんの疑いもなかった。さらに、ペンタゴン文書の場合は軍の外部にいる市民の健康や幸福に関係なかったが、FDAは関係があった。というのも、米国民の多くが日常的に消費している食品に異常なリスクがあることを明らかにしているからだ。
- 366
たとえば、2012年10月、米国科学振興協会(AAAS)の理事会は遺伝子組み換え食品のラベル表示に反対する声明を発表し、安全性を主張する議論のなかで、世界保健機関(WHO)は遺伝子組み換え食品は伝統的な方法でつくられた食品より「リスクが大きいことはない」と判定していると断言した。しかし、実際にWHOが言ったのは「すべての遺伝子組み換え食品の安全性について一般的に言明することはできない」のでその安全性については、ケース・バイ・ケースで評価されるべきだ、ということだった。
- 427
フレーバーセーバートマト――農業生物工学による作物の危ないスタート
生物工学でつくられた最初の作物はトマトだった。そして、だいぶ前に消えていった有害なトリプトファン補助食品と同じように、そのDNAに挿入された主要な遺伝子は、異なる生物種のものではなかった。それどころか、このトマトはトリプトファンをつくった細菌よりは、改変の度合いが少なかったと言ってもいいほどだった。
- 428
この標的となったタンパク質は、果実を徐々に柔らかくしていく酵素(PG酵素)だった。そして、その産生を減らすことによって、開発者(カルジーン社)は、トマトを成熟したあとに収穫しても輸送中、硬さが保たれることを狙っていた。大半の商品トマトはまだ青いうちに収穫され、柄だから切り離されたあとに最終的な成熟を迎えるので、こうすれば差がつく。新しいトマトは、収穫したときより風味が強く、スーパーマーケットの棚に並んだときも熟れすぎにならない。そこでフレーバーセーバーTM(風味長もち)トマトと名づけられた。
- 456
この急激な態度の変化は、ローウェット研究所の内部から生じたのではなく、科学的な根拠もなかったようにみえる。それとは反対に、外からの強力な政治的影響力の介入があったことがうかがえる。『デーリー・メール』の2003年のある記事によると、プスタイは、ローウェット研究所の職員二人から別々に、放送の翌日(クビになる前日)、ジェームズ教授がトニー・ブレア首相の執務室から二回電話を受けたと聞いたと主張した。また、研究所の上級管理職の一人が彼と彼の妻に対して、ブレアは当時に米国大統領、ビル・クリントンから電話を受けたあとに介入してきたと説明したと話した。クリントン政権は当時、遺伝子組み換え食品を強く推進していて、他国にも受け入れを迫っていた。
- 458
最も嘆かわしい攻撃の一つは、何世紀もの間、科学的な正直さの模範とみなされてきた組織によって行われた。英国の王立協会だ。この威厳ある組織(英国の国立科学アカデミー)は1660年に設立され、継続して存在している最古の科学アカデミーとされる。王立協会は、その歴史の大半の期間で、個別の問題について特定の立場をとることや、そのテーマについて公式な意見を表明することさえ控えてきたが、1990年代半ば頃から、遺伝子組み換え食品の熱心な擁護者となり、そのための政策を主導するようになっていた。この政策に従って王立協会は、プスタイとその研究を攻撃することにより、プスタイのインタビューが与えた不安を鎮めようとした。そうした動きの一環として、王立協会の会員9人がプスタイの研究を攻撃する公開書簡を発表した。そして1カ月後の1999年3月には、協会本体が大がかりで異例の攻撃キャンペーンを開始した。
- 512
カリフォルニア大学バークレー校の分子細胞生物学教授、リチャード・ストローマンが1997年に『ネイチャー・バイオテクノロジー』に掲載された論文で検討し、大きな影響を与えた。その論文で、ストローマンは、分子生物学の主流派は40年以上にわたって、遺伝子が生命の過程を制御している「究極の」要素で、細胞のプログラムの中でカギとなる命令を出しているように描いてきたが、この描写はひどく不正確だと説いた。
- 513
マサチューセッツ工科大学の科学史・科学哲学の教授、エブリン・フォックス・ケラー著『遺伝子の新世紀(The Century of the Gene)』
ストローマンと同じように彼女は、生物の発達や理路整然として働きは、遺伝子自体ではなく「特定の遺伝子をいつ、どこで発言させるかを相互作用しながら決めていく複雑な制御メカニズム」によって主に調整されていることを強調する。
- 515
ストローマンとケラーが述べたように、遺伝子を「究極的な」要素と見るのは間違っているだけでなく、遺伝子が力をふるえる範囲は限られており、しばしば作用を受ける側の要素となる。
- 517
第4章で論じたように、遺伝子の中に順番に並んだ情報がいくつもの段階をへて発現されタンパク質になる。まず、特別な酵素がその情報を別のタイプの(しかし関係のある)核酸であるリボ核酸(RNA)に転写する。このRNAがメッセンジャーとして、その情報をリボソームという複雑な構造体に運んでいき、そこで情報はアミノ酸の鎖に翻訳され、それが引きつづき折り畳まれてタンパク質になる。しかし、植物と動物では、リボソームに行く前にRNAを編集しなければならない。この編集は、DNAのうちアミノ酸を表していない部分(イントロン)を取り除く酵素群によって行われる。しかし、それだけで編集が終わらないことがしばしばある。他の酵素群が介入してきて、最初の並び方からできるはずのタンパク質とは別のタンパク質をつくるように情報を変えてしまうことがよくある。そして、多くの場合、代替するタンパク質の種類はかなり多い。一部の遺伝子は数十種類ものタンパク質をつくることがある。酵素がどのタンパク質をつくるか決めるメカニズムは、酵素が編集するRNAの基になった遺伝子が指示しているわけでもないし、影響を与えてさえいない。また、これらの酵素も他の遺伝子によって発現したタンパク質だが、その遺伝子も酵素の働き方について詳細を指揮しているわけではない。ほかにも多くの要素がからんできて、その一部はまた他の遺伝子の産物であることもあるが、これらの遺伝子にも、その産物が他の遺伝子やその産物と相互作用する複雑な方法を指示する能力はない。
遺伝子発現のプロセス全体が遺伝子以外の多くの要素に依存しているだけでなく、多くの遺伝子は自分でそのプロセスをスタートさせることもできない。転写酵素は遺伝子のプロモーターが需要モードに
- 518
なっているときだけプロモーター領域に接着するが、多くのプロモーターは通常、非受容モードになっている。
- 527
さらに悪いことに、欧州連合(EU)はこうした不適切なテストですら2013年まで義務化するのを怠ってきた。そして米国では、バイオ企業は数かぎりない遺伝子組み換え作物を1回のテストもなしに市場へ出すことができる。
- 549
大きな前進は2006年に起きた。科学者グループがアミノ酸のコードの上に「重ね合わされている」コードを発見したと発表した。このコードは元のコードがどう発現するかをある程度まで制御している。この新しいコードは、DNAが巻きついているタンパク質の小さな糸巻き状の塊(ヌクレオソーム)をどのように配置するかを決めており、遺伝子を発現する機構の遺伝子に対する働きかけ方に影響を与えているらしい。
このヌクレオソーム・コードが発見されたあと、いくつか別のコードもわかってきた。そして2013年末までに、少なくともさらに七つの「制御コード」が識別され、そのことを論じたその年12月の『サイエンス』掲載の論文の見出しは「タンパク質の進化を形成する隠されたコード」とうたっていた。さらに、最新の発見を報告する論文も同じ号の『サイエンス』に掲載された。その論文は、遺伝子の発現を引き起こす転写因子の結合する場所が、ヒトゲノムの中でどのように特定されるかを解明していた。その著者らの研究は、人間のDNAのコドン(遺伝子暗号)のうち約15%が、アミノ酸と転写因子の認識する場所を「同時に特定」している「二重コドン」であることを明らかにした。彼らは、これら二つの任務を持つコドンを「デューオン(二重遺伝子)」と名づけた。
- 552
たとえば2014年3月、インディアナ大学は、その科学者チームが参加した研究で、ショウジョウバエのゲノムの機能を「以前に可能だったレベルを超えて詳細に」調べた結果、「数千の新しい遺伝子や転写物、タンパク質」が発見されたと発表した。この報告によれば、ショウジョウバエのゲノムは「これまで考えられていたよりもはるかに複雑で、これは他の高等生物のゲノムにも当てはまると考えられる」ということが明らかになった。さらに、新たに発見された1468個の遺伝子のうち、536
- 553
個はこれまで遺伝子がないと考えられていた領域にあった。またショウジョウバエがさまざまなストレスにさらされると、数千の遺伝子の発現レベルに変化が生じ、四つの遺伝子は「まったく異なる発現の仕方をした」。これが特に生物工学と関係するのは、すでに見たように、その過程自体が変えようとする細胞に多くのストレスをかけるからだ。
これらの驚くべき結果は、次の事実を考えるとさらに劇的に思える。つまり、ショウジョウバエのゲノムは他の生物に比べて最もよく研究され包括的に理解されていたにもかかわらず、2014年3月まではこれだけ多数の基本的な情報が知られておらず、なお多くのことが現在の人間の知識を超えたところにまだ存在するという事実だ。バイオ技術者は自分たちが改造するゲノムについて、生物学者が2014年のこの発見以前にショウジョウバエのゲノムについて知っていたことよりもはるかに少ししか知らない。だから、その知識のお粗末さと同時に、彼らによるゲノム侵入のリスクの大きさが一段と目立つ。
- 559
リチャード・ドーキンス
彼は「遺伝学が情報技術の一分野になった」と主張した。
- 561
ビル・ゲイツも、ソフトウエア工学の教訓から見れば遺伝子組み換え食品づくりには疑念があることを理解できず、ソフトウエアでなした財産のかなりの部分をその育成に投じてきた。
- 585
科学の政治化
そして、遺伝子工学に関連した科学の政治化が進み、推進派が政治的な過程やメディア、世論に対する影響力を増やそうとするにしたがって、彼らは徐々に政治的キャンペーンを進めるスピンドクター(情報操作のプロ)の技術を身につけるようになっていった。
- 588
問題の確信は科学者たちの不誠実さにある
決定的なごまかしはバイオ産業ではなく科学界主流派からきた
しかし、そこで見逃しているのは、これらの企業も、科学界の(そして特に分子生物学の)主流派が基本的な事実について政府と国民を組織的に欺いてお膳立てをしないかぎり、遺伝子組み換え食品の商品化は不可能だった点だ。
- 613
スターリン時代で最悪の科学不正もこれほど言語道断ではなかった
スターリン時代のソビエト連邦政府によってかしかけられ、ソ連の科学と農業に深刻な被害を与えた
- 614
途方もない不正行為すら、遺伝子組み換え食品との比較では見劣りする。ソ連のこの醜悪な逸話は、生物学者で農学者でもあるトロフィム・ルイセンコの企みによるものだった。彼は共産党のボスたちに、魅力的だが現実からは遊離した農業収穫量増大の理論を売りこんだ。全体主義国家を後ろ盾にしていたので、少なくとも30年にわたって徹底的に、抑圧的なやり方で自分の考えを押しつけることができた。しかし、科学者たちがついに彼に反対できるようになると公的な調査が始まり、事実を不正確に説明し意図的にデータを改変したと彼を非難する「破壊的」な報告書が作成された。調査結果によれば、彼が提起した方法は根拠が薄弱で、相当な生産量の減少をもたらしていた。
- 615
『ニューヨーク・タイムズ』の2人のジャーナリストがルイセンコ問題を分析した著書『背信の科学者たち(Betrayers of the Truth)』
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