坂口安吾の教えてくれたこと

坂口安吾の教えてくれたこと

塩原 俊彦

 

坂口安吾の著作に「堕落論[続堕落論]」がある。そのなかで、天皇に関連して、つぎのようにのべている。

 

「たえがたきを忍び、忍びがたきを忍んで、朕の命令に服してくれという。すると国民は泣いて、ほかならぬ陛下の命令だから、忍びがたいけれども忍んで負けよう、と言う。嘘をつけ!嘘をつけ!嘘をつけ!

我等国民は戦争をやめたくて仕方なかったのではないか。竹槍をしごいて戦車に立ちむかい土人形の如くにバタバタ死ぬのが厭でたまらなかったのではないか。戦争の終わることももっとも切に欲していた。そのくせ、それが言えないのだ。そして大義名分と云い、又、天皇の命令という。忍びがたきを忍ぶという。何というカラクリだろう。惨めとも又なさけない歴史的大欺瞞ではないか」。

 

こうした敗戦直後の日本人の精神構造を坂口は批判している。「堕落論」では、つぎのようなわかりやすい記述がある。

 

「終戦後、我々はあらゆる自由を許されたが、人はあらゆる自由を許されたとき、自らの不可解な限定とその不自由さに気づくであろう。人間は永遠に自由では有り得ない。なぜなら人間は生きており、又、死なねばならず、そして人間は考えるからだ。政治上の改革は一日にして行われるが、人間の変化はそうは行かない。遠くギリシャに発見された確立の一歩を踏みだした人性が、今日、どれほどの変化を示しているであろうか。

…(中略)…

戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。だが人間は永遠に堕ちぬくことはできないだろう。なぜなら人間の心は苦難に対して鋼鉄の如くでは有り得ない。人間は可憐であり脆弱であり、それ故愚かなものあるが、堕ちぬくためには弱すぎる。人間は結局処女を刺殺せずにはいられず、武士道をあみださずにはいられず、天皇を担ぎださずにはいられなくなるであろう。だが他人の処女でなしに自分自身の処女を刺殺し、自分自身の武士道、自分自身の天皇をあみだすためには、人は正しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ。そして人の如くに日本も亦堕ちることが必要であろう。堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかない物である」。

 

戦後70年以上も経過したにもかかわらず、坂口が批判した日本人の精神構造は現在に至っても基本的に変わっていないように思われる。そして、この批判はいまの政治状況にもあてはまっているようにみえる。政治家や官僚、そして国民や日本自体も堕ちきれていないために欺瞞に満ちている。Dishonest Abeに至っては、不誠実・不正直の権化でありつづけている。にもかかわらず、同じように「堕ちる道を堕ちきること」のできない政治家、官僚、国民によって首相をつづけているのだ。

 

唖然とするのは、Dishonest Abeの堕落に対して、敢然と批判する人があまりに少ないことである。坂口が指摘するように、「政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかない物である」のは間違いないが、政治制度が経済制度よりもずっと大切に思える以上、Dishonest Abeの存在自体が日本経済に大打撃をあたえていることになぜ気づかないのだろうか。

 

マルクスは『経済学批判』の「序」において、社会構成体の基礎たる物質的な生産諸関係の総体、すなわち社会の経済的構造を「土台」とし、この土台によって政治的・法的関係、制度や組織、宗教、思想、芸術(社会的意識諸形態としての上部構造)までもが規定されるとみなした。もちろん、土台たる下部構造と上部構造との間には相互に作用・反作用がおよぼされるが、その相互作用は経済的必然性の基礎のもとでなされると考えたのである。ゆえに、マルクスはもっぱら生産関係について考察したということになる。国家の経済政策や国家間の関係を捨象して分析が行われたのである。

 

しかし、このアプローチ方法は彼の生きていた一時期においてのみ有効性をもっていただけであり、現実をみれば、国家のあたえる影響力は甚大であって、政治と経済の関係を後者だけに特化して考察することは必ずしも十分な分析結果をもたらさなかったのではないか。具体的に記せば、国家を構成する公務員たる官僚や政治家が「階級」らしきものを形成してきた事実についても分析対象としなければ、現実の社会の変化を十分に説明できないのではないか。だからこそ、わたしは拙著『官僚の世界史』や『民意と政治の断絶はなぜ起きた』を表したのである。

 

政治制度の重要性を忘れてはならない。安倍晋三のような人物が首相でありつづけるとすれば、まさに堕落の不徹底によって、倫理観も道徳観ももたない輩が日本国中を闊歩することになるだろう。Dishonest AbeはDishonest Japanをつくりあげようとしていることを肝に銘じる必要がある。

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塩原 俊彦

(21世紀龍馬会代表)

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