「岡倉天心記念賞」を受賞して思うこと
拙著『ウクライナ3.0:米国・NATOの代理戦争の裏側』をはじめとする一連のウクライナ関連著作に対して、国際アジア共同体学会から2024年度の「岡倉天心記念賞」を授与するとの連絡を受けた。右でも左でもなく、ひたすらに「真実」を求めて悪戦苦闘する日々を送っている私にとって、この知らせは大きな励ましとなっている。
ここでは、この受賞を機に思うことをいくつか書いておきたい。
アジアの重要性をめぐって
第一に、アジアの重要性を主張していた岡倉天心の思想と、私の思想との類似点に思いをはせてみよう。松本高志は、論文「岡倉天心」のなかで、「西洋一辺倒ではなく、真の文化を考えようとするのが彼の立場であった」と書いている。1903年に出版された『The Ideals of the East』(東洋の理想)において、岡倉は、その冒頭で、“Asia is one”(アジアは一つである)と書いている。
これはあまりにも有名な話だが、私もアジアの思想に少しずつ関心を寄せている。その発端は、『復讐としてのウクライナ戦争 戦争の政治哲学:それぞれの正義と復讐・報復・制裁』を執筆したことにある。そのなかで、キリスト教神学を徹底的に批判しようとしたからだ。
たとえば、つぎのように書いておいた(88~89頁、118頁)。
「本書の展開を先取りして書いておくと、欧米というキリスト教を中心とする文明は復讐心を含めた復讐全体を刑罰へと転化しようとする。それが可能だと錯覚させたのは、この文明化がキリスト教神学の一部の主張に立脚してきたからにほかならない。だが、その根幹にある「罪たる犯罪の罪滅ぼしとして暴力的罰が必要である」とする信念それ自体に大きな疑問符がつく。キリストの磔刑を素直に考えれば、それは、これから説明する「純粋贈与」そのものであり、その教えこそ大切なのだ。にもかかわらず、西洋の歴史は、「互酬的な贈与の(自己)否定」がもたらしうる帰結を否認し、抑圧することを繰り返してきた。これこそ、キリスト教神学による贖罪の利用という「咎」であり、現代までつづく西洋文明のもつ、隠れた「咎」なのである。」
「ここまでの論理で決定的に問題なのは、罪というものを贖う(罪滅ぼしをする)ことではじめて神の報復を避けられるとする信念が犯罪を処罰するという、世俗国家の刑罰にまで適用されることが当然とみなされるようになった点である。つまり、復讐の刑罰への転化という近代メカニズム自体のなかに、キリスト教神学でいう贖罪の考え方が挿入されているのである。しかも、その罪滅ぼしは暴力的犠牲(violent sacrifice)という「暴力」を伴ってなされるのであり、いわば「暴力への暴力による贖い」という応報主義をそのまま受け入れている。そこでは、贈与と返礼という、価値などの量ではかることを前提とする債権・債務に置き換え可能な関係そのものを拒否する「純粋贈与」という、キリストの磔刑の本質的な意味がまったく否定されてしまっている。天秤によってイメージされる均等性原則はそれ自体が間違っているにもかかわらず、この原則がキリスト教神学によって強化され、近代にも引き継がれ、戦争による復讐劇につながっているのである。」
こうした批判は、芦東山の「無刑録」への傾倒につながってゆく。なかなか「無刑録」の研究にまで手がつかないが、必ず死ぬ前に彼の業績について考えてみたいと思っている。
美をめぐって
ついでに、美から思想や哲学へと思考を深めた岡倉天心に似て、私も美術に関心をもちつづけていることを紹介しておきたい。私のゼミ生に、岡崎乾二郎著『抽象の力』(亜紀書房)を必読書としたように、美術を深く研究すれば、いろいろなことが見えてくる。
たとえば、234頁の記述は重要である。
「制限された要素とその分布、濃度(ポテンシー)によって、さまざまな概念の移行、連合を扱おうとする集合論の発展は、当然、19世紀の産業革命と並行している。不均質な分布は均質な状態へ向かう(そして向かうべきだとされる)。不均質な偏差が、異なる概念(あるいは実際の事物の性格)の差異、衝突、闘争として現象する。それこそが力、権力が生じる源でもあった。こうした力学(統計力学)が19世紀のテクノロジー、政治を支配することになったのは周知の事実である。形態学はこうして政治的な力学への接続され展開する。印象派もキュビスム(そもそもキュビスムこそは表象の形式ではなく、形態学として理解されるべきだ)もこの流れに沿っていた、といえるだろう(たとえばフェリックス・フェネオンはおそらく、この流れに自覚的だった稀有な批評家である)。」
岡崎の教えてくれた視座は、私の政治経済をめぐる価値観の座標軸の一部をなしているのであり、ここでも美術への畏敬を強く感じている。
誠実さをめぐって
第二に感じているのは、誠実さの重要性である。私は、右でも左でもなく、ただひたすらに勉学を通じて自己研鑽することに努めてきた。どうせ、大多数の者は不勉強なだけでなく、学閥やイデオロギーといった色眼鏡でしか業績を評価できないのだから、他人の評価など気にしてこなかった。ただ、わかる人は必ずいると信じていた。何しろ、こちらはしごくまじめに取り組んできたのだから。
これは、絵画の世界にあって、拙い画家たちが生き残るためのグループ化によく似ている。絵の場合には、素人が見ても絵の善し悪しはある程度わかるから、拙い画家はグループの排他性を強めることでしか、自分たちの拙さを隠蔽できないのだ。
社会科学なる分野でも、同じようなことが起きている。いわば、「党派性」によってまとまることで、愚かで不勉強な者たちが偉そうにしている。しかし、私からみると、やっていることは昔の絵かきと同じだ。
たとえば、松里公孝なる人物は、2014年2月のクーデターをクーデターとみなさい。そう考えるのは自由だが、そう主張する私やミアシャイマーを無視することで、自らの研究の偏向を隠蔽している。要するに、誠実に他者の見解にまで目配せして、再検討するという姿勢に欠けている。あるいは、小泉悠は資料収集不足のままに、右翼的偏見に満ちた駄弁を吐いている。「二人とも、もっと勉強しろや!」というのが私の感想だ。まあ、誠実さが感じられない者をそもそも相手にするつもりもないが。
いま、無知についてずっと考えている。今回の受賞を励ましに、何とか本にしたいと思う。
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