「無知」について考える:ピーター・シンガーから学んだこと
2024年11月2日付で、「ピーター・シンガーは、あなたの道徳的な自己満足を打ち砕きたいと思っている」というインタビュー記事がNYTに掲載された。このところ、「無知」や「意図的無知」について考えつづけている私にとって、学ぶことがあったので書き留めておきたい。
哲学者ピーター・シンガー
ピーター・シンガー(78歳)は、プリンストン大学での長年の教職を最近退いたばかりの哲学者である。1975年に出版された著書『動物の解放』は、工場式畜産に対する痛烈な批判であり、動物権利の擁護を訴えるもので、ビーガンやベジタリアンを志向する動きを活気づけるのに役立ったとされている。かつて、私が「論座」において、「無視できない「アニマルウェルフェア」」という記事を書いたのも、シンガーの影響を受けた結果である。そこで、シンガーへの理解を深めるために、記事の一部を紹介しておこう。
1975年に出版されたAnimal Liberationが注目される。著者はオーストラリアの哲学者で、
「長い歴史のなかで、いわゆる「アニマルウェルフェア」という考え方が脚光を浴びるようになったきっかけは、1964年に刊行されたルース・ハリソン著『アニマル・マシーン』において、工業的な畜産業の残虐性が批判されたことかもしれない。その後、1975年に出版されたAnimal Liberationが注目される。著者はオーストラリアの哲学者で、後にプリンストン大学の生命倫理学の教授になったピーター・シンガーだ。1990年に第2版、2002年に第3版が刊行されるほどの影響力をもつ。
彼は「幸福=利益」とみなし、その幸福をもたらす行為を善とみなす功利主義的見方に立って、「人間」と「動物」との境界の恣意性に着目して、動物の幸福を論じたことになる。」
『七面鳥について考えてみよう』
シンガーは2024年10月、Consider the Turkeyを上梓した。おそらく、彼はこの本の宣伝を兼ねてNYTのインタビューに応じたのだろう。そのなかで、「なぜ「七面鳥について考えてみよう」を書いたのか? 」と率直に尋ねられたシンガーはつぎのように答えている。
「これは重要な問題だ。 私たちは、拷問に近い飼育方法で育てられている2億羽以上の七面鳥について話しているのだ。彼らは、短期間で太らせるために骨が成熟していないため、立ち上がることもできない。屠殺の際に苦しみ、本の中でも述べたように、鳥インフルエンザにかかれば、鶏舎全体が熱射病で死ぬこともよくある。これはアメリカで唯一の方法ではないが、何百万羽もの鳥に対して行われている。 換気装置を止め、ヒーターを設置し、数時間にわたって意図的に熱を加えて死に至らしめるのだ。 アメリカ人はこのことを知らないし、知っておくべきだ。なぜなら、これはやめるべきことだからだ。 この本を書くのに費やした時間は、間違いなく価値があったと思う。」
私自身、七面鳥の生育法を知らなかったし、その屠殺の際の苦しみについて考えたこともなかった。私の無知は「意図的無知」とまでは言えないが、その無知に対する責任は感じざるをえないような気がする。
おそらく無知ですましてはいけないもの、知によって問題の所在を知り、向き合う必要のある問題というのが人類にはたくさんあるように思われる。ところが、もっぱら教育のためかもしれないが、そうした向かい合うべき問題が教えられることが極端に少ない。ゆえに、大切な問題への意識的なアプローチ自体ができない。
軍人と労働者の養成を目的にはじまった義務教育はどこの国でも、国家と癒着する政治家、官僚、学者などによって歪められ、無知であってはならない問題から目を背けるように意図的に操作されてきたのではないか。そんな疑念が湧いてくる。
効果的利他主義
シンガーは「効果的利他主義」(effective altruism)の名づけ親の一人とみなされている。この効果的利他主義は、功利主義(ある行為が正しいのは、それが利用可能な他のどの行為よりも幸福を損なわない場合に限るという規範理論)と同義であると捉える人も多い。しかし、ウィリアム・マカスキルとセロン・パマーの考察にあるように、「効果的利他主義とは、証拠と理性を用いて、いかにしてもっとも多くの善行をなすことができるかを解明し、その解明に基づいて実際に善行をなすというプロジェクトである」。
私は功利主義が嫌いなこともあって、効果的利他主義についても首肯するわけではない。ただ、こうした態度や姿勢については、大いに尊重しなければならないと思っている。
まだまだ、考えなければならない問題があることに呆然としている。なかなか執筆中の原稿の修正が終わらないで困っているとも書いておこう。
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