ファナック騒動からみた地政学
私は、世界中で起きている出来事の多くに目配りしているつもりだ。しかし、もちろん、知らないこともある。最近になって「へえー」と驚いたのは、Wiredに掲載された記事であった。その見出しはつぎのようなものである。
「イスラエルの軍事サプライチェーンに潜む日本製ロボット論争 日本の産業用ロボットがイスラエル向けの軍事装備の製造に使用されていると活動家が主張している。ロボットメーカーはこの主張を否定しているが、このエピソードはグローバルな製造業の複雑な倫理を明らかにしている」
今回は、この記事をもとに、産業用ロボットの世界4大メーカーの一つ「ファナック」がジェノサイド、戦争犯罪、人道に対する犯罪にこれ以上加担しないように求めている運動を紹介しながら、地政学上の問題点について考えてみようと思う。
ファナックと森精機
記事は、「日本の活動家たちは今年初め、ガザ紛争で利益を得ているとして、国内最大手のロボットメーカーを非難した」という文章ではじまっている。実は、日本経済新聞は2023年11月16日付で、「工作機械の軍事転用リスク、企業が流出対策に苦慮」という記事を配信している。そのなかに、ファナックも登場する。記事の出だしはこうだ。
「企業が工作機械など軍事転用リスクのある先端技術の流出対策に苦慮している。ファナックやDMG 森精機など大手は独自の流出防止策に取り組み始めているが、企業の対応だけでは限界がある。」
なお、森精機について拙著『ロシアの最新国防分析(2016年版)』のなかで紹介したことがある。工作機械製作において、DMG MORI SEIKIはウリヤノフスク工作機械製作工場を設立するなど、ロシアと深い関係をもっていた。ウリヤノフスク工作機械製作工場について、拙著では、つぎのような注をつけておいた(真摯に研究していたころの懐かしい成果である)。
「株式100%はDMG MORI SEIKIが保有している。もともとは、「ザヴォルジエ」産業パーク(団地)内に税制優遇を与えて外国誘致をはかろうとしていたセルゲイ・モロゾフウルヤノフスク州知事とドイツのギルドマイスター(Gildemeister)社の社長が同工場建設協定に2011年に調印したのが契機となっている。同年、Gildemeisterは日本の森精機との協力関係を欧州で拡大し、後者は前者の株式の20.1%を保有する大株主となった。ついで、Gildemeisterも森精機株を取得するに至り、2013年から「DMG MORI SEIKI」という単一ブランドでの活動を開始した。2015年9月、工場の建設が完了する見込みだ(Коммерсантъ, May 20, 2015)。」
日経の記事は、工作機械の軍事転用リスクという視角から書かれていた。他方、Wiredの記事は、国際法に違反する暴力行為を継続するイスラエルを糾弾する動きという視角から取り上げられている。
「ボイコット、投資撤収、制裁」運動(BDS運動)
Wiredの指摘する「日本の活動家たち」の多くは、イスラエルに対し、国際法に違反するとみられる行為を中止させるための政治的・経済的圧力の形成と増強を目的としたグローバルなキャンペーン運動である、「ボイコット、投資撤収、制裁」(BDS)運動に属しているらしい。
記事は、「この夏、ファナック本社の前で行われた抗議デモで、BDSの参加者たちは、日本のコングロマリットがイスラエルと、イスラエルの軍隊に貢献しているすべての防衛企業との関係を断つことを要求した」と伝えている。
BDSサイト情報
BDS Japan Bulletinによると、2024年7月22日、株式会社ファナックに公開質問状を送付したという。この質問状では、ファナックがロボットなどの製品をイスラエルや英米の軍需企業に販売し、イスラエルによるパレスチナ人に対する虐殺とアパルトヘイトに加担している事実を踏まえ、ファナックの認識と今後の対応について六つの質問をしたという。
その回答について、BDS側は、「私たちの六つの質問には回答せず、ガザ虐殺への加担を隠蔽し、自社の企業責任を否定しようとするごまかしだらけの内容であった」としている。回答には、「一部メディアで既に回答した通り、今般、外為法等の関係法令との関係で保存が求められる過去5年の輸出記録を確認しましたが、ファナックイスラエルにおいて、販売またはサービス時に軍事品・武器の製造用途であることを確認できたにも関わらず販売またはサービスを行ったという記録はありませんでした。また、当社および当社欧州子会社から、イスラエル企業に対して、軍事的な用途の販売・サービスを行った記録もありませんでした」と書かれていた。
ファナックの「嘘」
Wiredの記事は、「しかし、ファナックの武器がイスラエルの防衛製造部門に入り込んでいることを示す証拠は十分にある」と指摘している。ここで、「ファナックの武器」と書かれているのは、「ファナックは歴史的に北米やヨーロッパの防衛産業にキットを輸出してきた」からである。ファナックのロボットは10年以上にわたってF-35の製造工程の一部を担っており、以前はGEと協力してM1A2エイブラムス戦車の車載電子機器を製造していたというのだ。さらに、ファナックのロボットはアリゾナ州にあるレイセオンのミサイル製造に使用されており、英国が155mm砲弾の迅速かつ効率的な製造工程を構築するのを支援している。つまり、武器製造にかかわったファナックの産業用ロボットそのものが「ファナックの武器」と呼ばれているのだ。
記事は、このファナックの産業用ロボットの武器製造への関与を支えているのが「デュアルユース」技術という分類であると指摘している。民生用にも軍事用にも転用できる技術という曖昧さを利用して、日本政府はアメリカやヨーロッパへのデュアルユース技術の輸出を比較的容易にしてきた結果、ファナックの産業用ロボットの「デュアルユース」技術が海外に輸出され、武器を製造に従事できるようになっているという。
実際に「ファナックの武器」がイスラエルの武器製造にかかわっている証拠として、「イスラエル国防軍の主要な国内サプライヤーであるエルビット・システムズ社が掲載した複数の求人情報には、「ファナックの…制御に関する知識」が求職者の利点または必須条件として挙げられている」という。
さらに、「別のイスラエル企業であるベト・シェメシュ・エンジンズ会社(BSEL)は、10年以上前にファナックのロボットアームを使ったマーケティングビデオを作成し、自社のウェブサイトに写真をアップロードしていた」。元従業員の履歴書によると、同社はファナックのロボット技術を航空機エンジンの組み立てに使用しており、軍事目的ではなく民間目的で使用されている可能性があるらしい。BSELはイスラエル空軍を主要顧客としている。
日本政府の輸出規制
「日本政府はアメリカやヨーロッパへのデュアルユース技術の輸出を比較的容易にしてきた」と前述した。日本は、参加する核エネルギー供給国グループ(NSG)、オーストラリアグループ (AG)、ミサイル技術管理レジーム(MTCR)、ワッセナーアレンジメント(WA)といった国際的な枠組みに基づいて輸出管理に関する国内法令を整備し、 武器や一定のデュアルユース品目の輸出などを当局の事前許可制としている。輸出管理に関する法令に違反した場合、刑事罰や行政制裁に加えて、企業の評判も毀損される。
兵器の開発などへの転用可能性の高い性能の貨物・技術がリスト化されている。輸出管理に際しては、 輸出を行おうとする貨物・技術が、このリストに載っているかをまず確認する必要がある。ただし、工作機械や産業用ロボットの位置づけが不明確で、最初から「やる気」や「本気度」が疑わしい。
Wiredの記事は、ファナックの製品を意図的にイスラエルに輸出したとしても、「日本の輸出規制が適用される可能性は低い」と書いている。それだけ、日本政府の規制が「緩いか」、特定企業に「甘い」のかもしれない。
ただ、経済産業省では、国際的な安全保障環境の変化やデュアルユース技術の軍事転用リスクの高まりを踏まえ、産業構造審議会・安全保障貿易管理小委員会において輸出管理制度の見直しに向けた議論を行っている。2024年4月に中間報告を公表した。軍事転用の可能性が特に高い機微な品目(いわゆる「リスト規制」の対象となる品目)以外の品目についても、新たなアプローチを検討して、実効的な安全保障貿易管理の実現に向けた取組を進めるべきと提言されている。
アメリカ
『通商白書2024』によると、アメリカは2018年8月に成立した輸出管理改革法(Export Control Reform Act, ECRA)によって、軍民両用のデュアルユース貨物等の輸出管理を行っている。ECRA は、国防総省に予算権限を与える2019年度国防授権法(NDAA2019)の一部として成立しており、ECRA のなかで「新興技術」(emerging technologies) や「基盤的技術」(foundational technologies)を追加することとしている。さらに、ECRA の下位規則である輸出管理規則(Export Administration Regulations, EAR)には、米政府が軍事転用リスクのあるデュアルユース品目と指定した製品を掲載するリスト(Commerce Control List, CCL) やエンティティリスト(Entity List)が含まれており、米原産品などの輸出・再輸出が輸出管理の対象とされている。
エンティティリストは、国家安全保障や外交政策上の懸念があるとして指定した企業等を列挙しており、リスト掲載者に対して輸出する場合、事前に米国商務省に申請し許可を得ることが必要となる。2018年10月には福建省晋华集成电路有限公司(JHICC)、2019年5月および2020年8月には華為(ファーウェイ, Huawei)とその関連会社、2020年12月には中芯国際集成電路製造有限公司(SMIC)、2022年12月には長江存儲科技(YMTC)など中国の大手半導体メーカーが次々と追加された。2020年5月には、再輸出管理の一種である外国直接製品規則(FDPR)がHuaweiとそのグループ企業向けに初めて適用され、米国外で生産された製品であっても、米国製の技術・ソフトウェアを用いている場合に米国の輸出管理の対象とした。
アメリカの対中警戒は際限なくつづいている。2022年10月、米国商務省産業安全保障局(BIS)は中国向けに輸出される、人工知能(AI)処理やスーパーコンピュータに利用される半導体、先進的な半導体製造に利用される半導体製造装置等に対する新たな輸出管理措置の導入を発表した。この輸出管理措置は、一定性能以上のスーパーコンピュータに使用される一定の半導体や一定性能以上の半導体製造ラインに使用される半導体製造装置などを輸出管理対象とした。2023年10月、BISは中国向け半導体関連の輸出管理規則を一部改定した。半導体製造装置および先端コンピューティング半導体などの管理対象品目を拡大したとで、フォトレジスト・コーティング(製造工程で半導体ウェハーに塗布される感光性化学薬品)を施す工具の市場で約90%のシェアを占めている東京エレクトロンにも打撃をおよぼした。
ヨーロッパ
こうしたアメリカの露骨な対中経済政策にヨーロッパも基本的に同調している。EUでは、2021年9月にデュアルユース品目の輸出管理規則の見直しが行われ、サイバー監視技術など軍事・安全保障に使用される可能性のある民生品や技術に対する管理が強化され、人権侵害に利用され得るサイバー監視品目の輸出に対する管理措置が導入された。同規則は加盟国による独自措置の実施を許容しており、経済安全保障戦略では、輸出管理の分野で EU レベルでのより迅速かつ協調的な行動の必要性が急務とされた。なお、オランダは2023年9月、先端的な半導体製造装置(露光装置、成膜装置)の輸出管理強化に係る国内法令を施行した(チップ製造装置メーカーであるASMLに打撃を与えた)ほか、スペインでは2023年6月、フランスでは2024年3月、英国では同年4月にそれぞれ国際輸出管理レジームでは未合意である重要・新興技術の輸出管理措置を講じたという。
このようにみてくると、最先端技術に関連するデュアルユース技術について、中国とのデカップリングを推進したい米政府の意向を日本もEUも受け入れ、盲従しているだけのように思えてくる。
イスラエルと親密な関係を米政府としては、イスラエルにどのようなデュアルユース技術が供給されようと、まったく関心をもっていないようにみえる。だが、イスラエルのパレスチナ人への攻撃は過剰攻撃であり、人権を著しく侵害している。
ファナックは「人権を守れ!」
デュアルユース技術の輸出入をめぐっても、帝国主義アメリカはまったくの二重基準を用いて、自国の利害だけを優先する身勝手な政策を欧州諸国や日本に強いている。その結果、民間企業にすぎないファナックも影響を受けている。
それでも、ファナックは自社の経営方針として、2019年7月29日に「人権方針」を制定している。そこには、「当社事業に関連するビジネスパートナー等が人権に対する負の影響に関連している場合には、これらのパートナーや関係者に対し、人権を侵害しないよう働きかけます」とか、「当社事業が、人権に対する負の影響を引き起こしたり、関与したことが明確である場合、その救済に努めます。また、必要な苦情処理等の仕組みを構築します」と定められている。
普通に解釈すれば、ファナックという企業は、自らの人権方針に違反しているようにみえる。その意味で、ファナックのBDS運動への対応は不誠実であると指摘しなければならない。「人権方針」を掲げる以上、ファナックはその方針を遵守するべきだろう。
「意図的無知」という基準
ここで、「意図的無知」(Deliberate Ignorance)という補助線を導入しよう。この概念については、この連載【49】の「地政学のための思想分析」(下)において説明したことがある。DIとは、「「情報(または知識)を求めない、利用しないという意識的な個人や集団の選択」と定義することができる。このとき、「望ましいDI」もあれば、「望ましくないDI」もある。後者については、教育などを通じて、DI状況を呼び覚まし、しっかりと目を見開いて現実を直視し、問題点の解決に向けた努力を義務づける必要がある。
こうした立場を明確にしたうえで、今回のファナック騒動を考えてみると、問題になるのはまず、ファナックのかかえている重大な問題が人口に膾炙していないという現実である。
あえてこの問題に目を瞑り、聞いたりしないようにする力学が働いているようなニオイがプンプンする。その結果として、私はWiredの記事を読むまで、この問題をまったく知らなかった。主要マスメディアは集団レベルで、意図的無知を装い、読者に知らせる努力を故意に怠ってきたのだろうか。
ファナックは株式会社だから、ここで取り上げた問題はファナックの株価を引き下げる方向に働くだろう。だが、この問題が一般に知られないことで、株価には大きな変動はなかったように見受けられる。そうであるならば、ファナックの圧力によって、この問題を隠蔽するような力がどこからか働いたのだろうか。
同時に、私たちはファナックの産業用ロボットがどういうかたちでパレスチナでの殺人兵器製造にかかわっているかも知らない。工作機械の一種として、産業用ロボットが位置づけられているのであれば、それが武器製造にかかわる場面も想定しうる。いったい、どこまでかかわることが「レッドライン」を越えることになるのだろうか。これも判然としない。
どうやら、DIについて私たちは真正面から検討したことがないために、この議論をこれ以上前に進めることはできそうもない。単にファナックにディスクロージャー(情報開示)を求めるだけでは、問題解決にはならない。「ステークホールダー」と呼ばれる利害関係人がこの騒動の埒外に置かれている以上、会社に情報開示請求することさえ難しい。おまけに、マスメディアはほとんどまったく頼りにならない。
こうして、「望ましくないDI」が国民のなかにますます蔓延することになるだろう。無関心やニヒリズムがますます台頭し、もはや、国家と民間企業との関係という大問題を世界全体のレベルで考察するといった視角そのものが失われてしまう。そう、ファナック騒動は地政学上の大問題につながっているのに、「望ましくないDI」の蔓延で、こうした視角は見向きもされないのだ。
私はいま、最大の敵は「望ましくないDI」であると考えている。主要マスメディアの凋落で、情報が分散し、あきれかえった人々はもはや目を瞑り、耳を塞ぐことで自分だけの世界に閉じ籠ろうとしているようにみえる。おまけに、主要マスメディアの流す情報の多くは、「意図的で不正確な情報」という「ディスインフォメーション」にあふれている。一知半解の似非専門家が口を使って嘘をばら撒いているようにみえる。これは、まさに「戦前」と同じ現象なのではないか。もはや、目を閉じ、耳を塞いでいることで、戦争の惨禍や足音が近づいていることに気づいていない人々だらけになっているように思えてくる。
最近のコメント