独裁者バイデンという現実

忙しいので、サボっていた。「現代ビジネス」用に書いた原稿を公開しることでお茶を濁したい。なお、同じ趣旨の内容が『知られざる地政学』【連載】で近々、公表されるので、そちらも読んでいただけたら幸いである。

 

 

ジョー・バイデン米大統領は世界のヘゲモニー(覇権)を握る「独裁者」である。こう書くと、私の主張が間違っていると思うかもしれない。しかし、2024年7月24日付の記事「トランプを断罪できないリベラル派の犯罪行為バラします!」に書いたように、「何十年もの間、アメリカの大統領は違法な戦争を行い、外国の指導者の暗殺を企て、人々を不法に拘束し、拷問し、民主的な政府を倒し、抑圧的な政権を支援してきた」のであり、オーナ・ハサウェイ・イェール大学ロースクール国際法教授が7月16日に公表した論文のタイトル「世界の他の国々にとって、米大統領は常に法の上にある」通りの状況がいまでもつづいている。

 

囚人交換

それを証明したのが8月1日に明らかになった囚人交換であった。8月1日、トルコの首都アンカラで、ロシアと西側諸国との間で合意された過去最大の囚人交換が行われた。ロシアは結局、合計16人の主に政治犯を西側に引き渡し、その見返りとして8人の自国民(主に情報工作員)を受け取った。

この交換を主導したのは、バイデン大統領であり、彼は、法が万人に等しく適用されるという「法の支配」を無視して、ドイツのオラフ・ショルツ首相に対して、同国に亡命を求めていたチェチェンの分離主義者司令官ゼリムハン・ハンゴシヴィリを殺害した罪で2021年に終身刑を宣告されたヴァディム・クラシコフの釈放に同意させたのである。

なぜなら、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、クラシコフの釈放を囚人交換の絶対条件として要求していたからである。だが、クラシコフはドイツの法律によって裁かれた人物であり、本来、アメリカ大統領が口出しできるはずもない問題であった。

ドイツとしても、「政治家は裁判の判決に干渉しない」というのが「法の支配」を貫徹するための大前提であり、司法が決めた刑期を無視して釈放するなど、もってのほかだった。しかも、この「法」はドイツ国民が定めたものであり、アメリカ人にその法の適用停止を強制されるようなものでは決してないはずのものだ。

 

各国の「法の支配」を踏みにじったバイデン政権

しかし、独裁者バイデンはドイツのショルツを説得し、ドイツの法を無視して、殺し屋で終身刑となっていたクラシコフを釈放させることに成功した。それだけではない。バイデン政権は、スロベニアにおいてスパイ行為と文書偽造の罪を認め、2024年7月31日にそれぞれ禁固19ヶ月の判決を受けたアルチョム・ドゥルツェフと妻アンナを囚人交換の対象とすることも説得した。ここでも、「法の支配」を無視するよう迫ったことになる。

さらに、米政府はノルウェー政府を動かし、2022年、ノルウェーの諜報機関がロシアのスパイ容疑として逮捕したブラジル国籍のミハイル・ミクシン(ノルウェー北極大学で客員講師を務めるため、2021年末にジョゼ・アシス・ジャンマリアという名前でノルウェーに渡った人物で、すべての容疑を否認しながらも、自分が本当にロシア市民であることを認めた)も交換対象とした。

ほかにもいる。バイデン政権はポーランドにも圧力をかけ、2022年2月、国境を越えてウクライナに入ろうとしてポーランドで拘束された、パブロ・ゴンサレスという名前で活動していたパベル・ルブツォフ(ロシア人の血を引くスペインのジャーナリストで、ロシア軍情報機関の諜報員である疑いが持たれている)もロシアに帰国させる対象としたのである。

これらの事例が教えているのは、まさに、「世界の他の国々にとって、米大統領は常に法の上にある」という「現実」である。

 

独裁者プーチンも同じ

他方で、独裁者であるプーチン大統領もまた、ベラルーシの独裁者アレクサンドル・ルカシェンコに圧力をかけ、ドイツ国籍の元赤十字職員リコ・クリーガーを赦免させ、ドイツ帰還の対象者に組み込んだ。クリーガーは、ウクライナ保安局のために鉄道沿線に爆発物を仕掛け、軍事施設の写真を撮影した疑いで、2024年6月にベラルーシで死刑判決を受けていた。

プーチンやルカシェンコが独裁者のように、自国の「法の支配」を無視して、好き勝手にふるまっていることは有名かもしれない。だが、本当はバイデンも「同じ穴の貉」であることに気づいてほしい(もちろん、トランプもそうである。大統領在職当時、2017年に平壌から帰国させられた昏睡状態のバージニア大学の学生オットー・ワームビアの釈放にあたり、北朝鮮に医療費として200万ドルを支払う合意を承認した、と「ワシントン・ポスト」は報じたが、トランプ大統領は、この請求は支払われていないと主張した。ワームビアは帰国後すぐに死亡した)。

 

政治ショーのための囚人交換

なぜバイデンは自国だけでなく、ドイツ、スロベニア、ノルウェー、ポーランドといった国の「法の支配」を揺るがす行為を平然とやってのけたのだろうか。理由は簡単だ。弱体化しつつあるとはいえ、「世界の他の国々にとって、米大統領は常に法の上にある」からなのだ。

なぜバイデンはそこまでやるのか。その理由は、囚人交換を政治利用するためにほかならない。囚人交換を実現できれば、それは政治的な宣伝につながるのである。

ジョー・バイデン米大統領とカマラ・ハリス副大統領は8月1日、メリーランド州アンドリュース空軍基地に到着したポール・ウィーラン元米海兵隊員をそろって出迎えた。アメリカという国家のために尽力した者を釈放させた「実績」を誇示するために、アメリカの二大権力者がわざわざ出迎えたのである。まさに、政治ショーであり、大統領選を戦うハリスにとって大いに宣伝になったに違いない。

 

独裁者プーチンも政治ショー

独裁者の考えることはよく似ている。プーチンもまた、交換対象となった人物らを空港で出迎えた。興味深いのは、レッドカーペットまで敷かれた歓迎ぶりである。プーチンはこの場所で、「軍務に直接関係のある皆さんに挨拶したい。誓いへの忠誠、義務への忠誠、そして祖国への忠誠に感謝したい。そして、ここに君達は家にいる。君たち全員に国家栄誉賞が贈られる。また会い、将来について話し合おう」とのべた。

どうやら、プーチンはバイデンに一泡吹かせることに成功したと考えているらしい。なぜなら、自分たちにとって重要な諜報員と無作為の人質を交換し、殺し屋クラシコフを手に入れることに成功したからだ。プーチンは、「国家のために人殺しをしても、ロシアという国家は必ず守る」という力強いメッセージを発することができたと確信しているのである。

 

バイデンの過去の成功体験

バイデン政権はすでに、2022年12月8日、アブダビ空港(UAE)で囚人交換に成功していた。ロシアから米国に向かったのはバスケットボール選手のブリットニー・グライナーだ。彼女は2022年2月、手荷物の中からハシシオイルが混入されたベイプカートリッジが発見され、シェレメチェボ空港で拘束された。交換されたのは、武器商人ヴィクトル・ブートである。彼は、アメリカの要請で2008年にタイで逮捕され、違法武器密売とテロ支援で起訴された。ブートはタイで2年半拘留された後、米国に送還され、2012年に裁判所は懲役25年を言い渡した。

こうした実績もあって、アメリカは、当初、ロシアの反政府勢力の指導者アレクセイ・ナヴァ―リヌィをロシアから奪還することに同意していた。これは、ロシアでの毒殺事件からドイツで回復し、2021年に帰国するやいなや逮捕されたナヴァーリヌィを解放したいというショルツの希望でもあった。しかし、その取引が実現する前に、ナヴァーリヌィは2024年2月、ロシア北部の流刑地で謎の死を遂げた。

バイデンは、2018年にロシアにおいてスパイ容疑で収監された元海兵隊員のポール・ウィーランと、2023年3月下旬、取材旅行中にロシアの諜報員に逮捕されたニュージャージー州に住む「ウォール・ストリート・ジャーナル」記者を帰国させることを最優先とするよう、ジェイク・サリバン大統領補佐官(安全保障担当)に命じていた。それに、存命中のナヴァ―リヌィも含まれていたことになる。

BBCによれば、サリバンは、2023年末から2024年1月初めにかけて、ほぼ毎週ドイツ側と話をし、クラシコフと交換するよう説得し、この取引に対するロシアの重要な要求に応えようとしたという。ホワイトハウスの高官の話では、いかなる合意の可能性も、ドイツがクラシコフを解放することが絶対条件だった。

今年2月、ショルツ首相はホワイトハウスでバイデン大統領に会った。彼らはクラシコフ、まだ存命だったナヴァーリヌイ、ウィーランといった重要人物を含む交換について話し合ったのである。さらに、カマラ・ハリス副大統領は、2月中旬のミュンヘン安全保障会議に出席し、ショルツ首相にクラシコフ解放の重要性を強調した。こうして、2024年春、ホワイトハウスでナヴァーリヌイを含まない新たな取り決めが具体化した。そして6月、ドイツはクラシコフとの交換に合意したのである。サリバンによれば、「あなたのために、私はこうする」とショルツ首相はバイデン大統領に言ったという。この取引はロシアに提出され、それが実現したのだ。

 

腰抜けショルツ

それにしても、ドイツはなぜ重罪犯と政治犯を交換するという、「法の支配」を踏みにじる行為に出たのだろうか。2024年8月2日付の「ニューヨーク・タイムズ」は、「ドイツ側の交渉に詳しい人物によれば、アメリカ側は数カ月にわたって圧力をかけ続けたという」と書いている。具体的にどんな圧力があったかは不明だが、バイデンという米大統領がいかに独裁者であるかを物語っているようにみえる。結局、ショルツは8月1日、ドイツ国民を保護する義務のほかに、国の「アメリカとの連帯」が彼の決断に影響を与えたとのべた。

おそらく、ショルツとしては、ロシアがドイツ国籍をもつ5人とロシアの民主化活動家たちを釈放するという全体的な取り決めが人道的な要素で魅力的だと判断したのだろう。しかし、ロシアにはまだ1200人以上の政治犯が獄中にいることを知る人は少ないだろう。どう理由をつけても、ドイツ首相という一介の政治家が「法の支配」を蹂躙した事実は重い。しかも、そうしろと命じたのはバイデンという米大統領なのだ。まさに、「世界の他の国々にとって、米大統領は常に法の上にある」と繰り返したい。

 

独裁者バイデンの罪深さ

独裁者バイデンの下した身勝手な囚人交換は、主要先進国7カ国首脳が集まるたびに宣言する「法の支配」の遵守という言葉がまったくの「嘘八百」であることを教えてくれる。

だれでもわかるように、有罪判決を受けた殺人犯を釈放することがこれほど簡単にできるのであれば、さらなる人質奪取を行い、「交換要員」とする動機づけとなるだろう。

そう。プーチンは、国内にいる外国人を正当な理由なしにますます逮捕・投獄しようとするだろう。そして、海外で囚人となっているロシア人の救出の取引材料とするに違いない。中国の習近平国家主席も同じことに注力するだろう。

こんな構図を独裁者バイデン自身が認めてしまったのだ。そして、ヘゲモニー国家アメリカの独裁者の圧力のもとで、ドイツでさえその軍門に屈してしまったのである。いま必要なのは、独裁者バイデンという現実を批判する声ではないか。しかし、日本のマスメディアは、独裁者バイデンを非難する声を発することさえできないでいる。

 

(Visited 28 times, 1 visits today)

コメントは受け付けていません。

サブコンテンツ

塩原 俊彦

(21世紀龍馬会代表)

このページの先頭へ