FTの記事「ウクライナ戦争で西側を責めるのは筋違い」を批判する:どうしてこうも不誠実なのか

2023年2月13日付の「フィナンシャル・タイムズ」に「ウクライナ戦争で西側を責めるのは筋違い」という記事(https://www.ft.com/content/2d65c763-c36f-4507-8a7d-13517032aa22)が掲載されている。その筆者はギデオン・ラックマンという同紙の外交チーフコメンテーターだ。このなかで、彼はシカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授を批判している。

ここでは、ラックマンの批判を再批判してみたい。まったく不誠実な人間に対して、容赦ない鉄槌をくだす必要があると思ったからだ。

 

「2014年2月に始まったこの危機の主な責任は、西側、とりわけアメリカにある」

私は、拙著『プーチン3.0』の第1章第1節「ミアシャイマーの主張」において、つぎのように書いておいた。

 

「 まず、「ウクライナ危機の主要因は西側(欧米)にある」とする、シカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授の主張を紹介したい。ぼくが40年以上、愛読する雑誌、The Economistに掲載されたその意見は実に興味深い。2022年3月の記事(https://www.economist.com/by-invitation/2022/03/11/john-mearsheimer-on-why-the-west-is-principally-responsible-for-the-ukrainian-crisis)のその第二段落以降の記述を翻訳してみると、つぎのようになる。

 

 「プーチンが戦争を始めたこと、そしてその戦争がどのように行われているかに責任があることに疑問の余地はない。しかし、なぜ彼がそうしたかは別問題である。プーチンは旧ソ連のような大ロシアをつくろうとする非合理的で常識はずれの侵略者であるという見方が西側では主流である。ゆえに、ウクライナ危機の全責任は彼一人にあるというわけだ。

  しかし、それは間違いである。2014年2月に始まったこの危機の主な責任は、西側、とりわけアメリカにある。」」

 

注意してほしいのは、ミアシャイマーは2022年2月24日からはじまったとされているウクライナ戦争の責任について語っているわけではない点である。「2014年2月に始まったこの危機」の主な責任は、「西側、とりわけアメリカにある」と指摘しているにすぎない。

もう少し、ミアシャイマーの主張を説明しておこう。私は『プーチン3.0』のなかで、つぎのように記しておいた。

 

 ウクライナ問題の端緒

 ミアシャイマーは、「ウクライナ問題は、実は2008年4月の北大西洋条約機構(NATO)ブカレスト首脳会議で、ジョージ・W・ブッシュ政権がウクライナとグルジアの「加盟」表明を強行したことに端を発している」と指摘している。これにプーチンが激怒したのである。にもかかわらず、米国はロシアのレッドラインを無視して、ウクライナをロシアとの国境にある西側の防波堤にすることを推し進めた。その戦略には、ウクライナをEUに接近させることと、親米的な民主主義国家にすることの二つが含まれていた。」

 

「  ミアシャイマーによれば、前述の二つの戦略の延長線上で、「2014年2月、米国の支援を受けた反乱により、親ロシア派大統領ヴィクトル・ヤヌコヴィッチが国外に脱出した後、これらの努力(二つの戦略:引用者注)は最終的に敵対行為に発展した」。ここで注意喚起したいのは、この米国の支援こそ、当時、ネオコンであり、国務省次官補であったヴィクトリア・ヌーランドによって主導されたウクライナのナショナリストへの支援であったことである。同じユダヤ系の夫ロバート・ケーガンはネオコンの理論家だ。

 わかりやすく言えば、2014年のウクライナ危機はネオコンが仕組んだクーデターであったのだ。そう、危機の発端をつくったのは、米国であり、ネオコンだった。だが、まだ強固な覇権国であった米国が主導したこのクーデターを他の西側諸国はまったく批判しようとしなかった。ナショナリスト(プーチンの言葉では、「ネオナチ」)がロシア系住民に暴力をふるったことから、彼らの多く住むクリミアを住民保護と称して併合したロシアだけが非難の対象となった。これって、おかしくないか。

 この点について、ミアシャイマーはつぎのように指摘している。

 

「2014年以前、西側諸国はロシアを欧州の軍事的脅威とみなすことはほとんどなかった。米国のマイケル・マクフォール元駐モスクワ大使が指摘するように、プーチンによるクリミアの占領は長期にわたる計画ではなく、ウクライナの親ロシア派指導者を倒したクーデターに対応した衝動的な動きであった。」

 

 にもかかわらず、いったん危機がはじまると、欧米の政策立案者は、ウクライナを西側に統合しようとすることで自分たちが危機を誘発したことを認めるわけにはゆかなかった。そして、プーチンだけを悪者し、それをユダヤ系が強い影響力をもつマスメディアが喧伝したのだ(なお、ぼくが書いた『ウクライナ・ゲート』や『ウクライナ2.0』は、こうしたウクライナ危機の「真実」を解説したものである)。」

 

このように、ミアシャイマーはきわめて真っ当な議論を展開している。

 

的外れなラックマン

つぎに、ラックマンの批判をみてみよう。彼はつぎのように書いている。

 

「ウクライナでの戦争に米国が責任を負うという主張は、道徳と法の両方の基本原則を無視している。殺人や殺人的侵略の責任は、引き金を引いた者、あるいは命令を下した者にあるというのが原則だ。予防戦争は時として容認されることがあるが、それは敵対する国が攻撃する態勢にある場合に限られる。ウクライナは昨年、明らかにそのような立場になかった。この点を曖昧にすることで、ミアシャイマーはプーチンの侵略戦争に対する無意識の弁明者になっている。」

 

彼のいう「ウクライナでの戦争」とは、文意からみて、2022年2月24日からはじまったとされるウクライナ戦争を意味しているらしい。そうであるならば、「2014年2月に始まったこの危機」とは違う。要するに、ラックマンはミアシャイマーの主張を誤読している。故意か無意識かはわからないが、他人を批判するときに、こうした「間違い」をしでかすのは批判自体を無意味にしてしまう。どうにも我田引水な主張ばかりで、批判者そのものの人間性まで疑わしくなってしまうのだ。

 

2014年2月のクーデターへの責任

すでに何度も指摘していることだが、ミアシャイマーは2018年に刊行したThe Great Delusion: Liberal Dreams and International Realitiesの142頁につぎのように書いている。

 

The February 22, 2014, coup to Ukraine, which the Americans helped facilitate and which toppled a pro-Russian leader, precipitated a major crisis between Moscow and the West.

2014年2月22日、アメリカが支援し、親ロシア派の指導者を倒したウクライナへのクーデターは、モスクワと欧米の間に大きな危機を招いた。

 

ミアシャイマーはこのアメリカが支援したウクライナへのクーデターを問題にしているのである。この正鵠を射ているミアシャイマーの批判にラックマンはまったくふれていない。むしろ大切なのは、このクーデターこそ、いわゆるウクライナ戦争の遠因になっている点だ。そうであるならば、ウクライナ戦争についても、米国に責任がないとは100%いえない(主な責任があるかどうは微妙かもしれないが)。

ゆえに、私は常々、ロシアも悪いが、米国も悪いという立場をとってきた。

 

『ウクライナ戦争をどうみるか』

2023年4月に家伝社から上梓される拙著『ウクライナ戦争をどうみるか』において、つぎのように書いている。

 

複数の悪に気づけ

 みなさんに知ってほしいのは、複数の悪があるという問題だ。私は拙著『復讐としてのウクライナ戦争』の第1章の注において、笠井潔著『煉獄の時』を紹介し、そのなかの記述、すなわち、「二つの悪のどちらかを選ばなければならない場合には、より小さな悪を選ぶしかない」が「私の心をいまでも離さない」と書いたことがある。

 プーチンの悪はあまりにも明らかだ。それに対して、侵攻を受けたウクライナや米国が善ということには決してならないことにくれぐれも注意してほしい。大切なことは、複数の悪の存在に気づき、複数の悪に対してどう対処するかを真摯に問うことである。複数の悪に機序をつけ、極悪人であるプーチンを非難するのは当然だが、だからといって、ほかの悪を善とみなしてはならないのだ。より小さな悪にも目を瞑らないようにしなければ、結局、悪ははびこりつづけるだろう。」

 

戦争をはじめたら、そのはじめたほうだけが本当に悪いのだろうか。たとえば、2008年8月7日夜から8日にかけて、「5日間戦争」と呼ばれる戦争が行われた。グルジア(ジョージア)のミヘイル・サアカシヴィリ大統領が戦争をはじめたものだが、日本経済新聞の編集委員をはじめ、NHKの報道をみても、いまでもこの戦争をはじめたのがロシアであると平然と報道している。彼らを弁護してやれば、ロシア側がグルジアに挑発行為を繰り返したことから、サアカシヴィリがNATOからの支援を期待しつつ戦端を開くことにしたのだ。

このとき、西側はどう反応したかというと、ロシアを強く非難した。戦争をはじめたのがサアカシヴィリであるにもかかわらず、「悪人はロシア」というわけである。

このダブルスタンダードには、ラックマンのいう「道徳と法の両方の基本原則の無視」がある。これが西側のジャーナリズムであるとすれば、あまりにも不誠実ではないか。

重要なのは、はじめた側だけでなく、挑発した側にも「悪」があり、それ相応の責任があるということではないか。

 

不誠実な西側

私は、西側に住む政治家やジャーナリスト、学者などの不誠実な連中を心から軽蔑している。同時に、こうした現実を知らされないままで西側が属しているとされている民主主義そのものを軽蔑している。民主主義はもっと誠実に事実に近づく努力なくしては成立しないのではないか。ラックマンのような「愚か者」がまったく根拠のない批判を展開する一方、ミアシャイマーや私ような主張が「民主主義」なる体制のもとで無視されたり、軽視されたりしているのはおかしい。絶望的な状況にあるといえるだろう。

その結果、責任を負うべき米国政府を批判できないまま、世界は第三次世界大戦へと真っ逆さまに向かっているように思えてくる。

 

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塩原 俊彦

(21世紀龍馬会代表)

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