ノルドストリームを爆破させたのはバイデン大統領:ネオコンないしリベラルな覇権主義者の暴挙
本日、独立言論フォーラムに「ノルドストリームを爆破させたのはバイデン大統領:ウクライナ戦争がいかに歪んだ戦争であるかを知ってほしい」という原稿を送った。いつ掲載されるかわからないので、別の角度から書いたこの原稿を21世紀龍馬会のサイトに載せることにした。
まず、ピューリッツァー賞の受賞歴のあるジャーナリストシーモア・ハーシュは2023年2月8日、「アメリカはいかにしてノルドストリーム・パイプラインを破壊したのか」という長文の記事(https://seymourhersh.substack.com/p/how-america-took-out-the-nord-stream?r=5mz1&utm_campaign=post&utm_medium=web)を公開したところから紹介したい。そのなかで、彼は「作戦計画を直接知っている」ある無名の情報源を引用して、米海軍の「熟練深海ダイバー」が2022年6月の訓練中にC-4爆薬を仕掛け、その3カ月後に遠隔操作で爆発させた方法を詳述している。バルト海海底に敷設された天然ガス輸送用パイプライン爆破の命令を下したのはジョー・バイデンであるというのだ。具体的には、バイデンの外交チーム(国家安全保障顧問ジェイク・サリバン、国務長官トニー・ブリンケン、国務次官ビクトリア・ヌーランド)がかかわっていたという。いずれも、「ネオコン」(新保守主義者)ないし「リベラルな覇権主義者」と呼ぶべき連中である。
ノルドストリームをめぐる暗闘
ハーシュの記事の内容については、独立言論フォーラムの拙稿を読んでもらうことにして、ここでは、ノルドストリームをめぐる暗闘について説明してみたい。
まず、拙著『ガスプロムの政治経済学(2013年版)』にあるノルドストリームについての記述を紹介しよう。
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EUでは、電力、ガスなどのエネルギーを長期的に確保するため、欧州全体としてこうしたエネルギーをどう安定的に調達するかを、Trans-European Energy Network(TEN-E)政策として決定してきた。2006年9月、1996年と2003年のEUの関連決定を廃棄する形で、TEN-Eのガイドラインを定めるEU決定が採択された。2010年10月には、「TEN-E政策の改訂」に関する最終報告が出された。これに基づいて、2020年までにEUにおける電力やガスの幹線輸送網や貯蔵所の建設を完了しなければならなくなる。そのための優先プロジェクトとして、このTENの枠内に位置づけられることが建設実現に必要になる。そうなれば、銀行融資条件もより有利なものになるのだ。現に、ノルドストリームの場合、開発主体のガスプロムはまず、2000年12月、欧州委員会はノルドストリーム・プロジェクトをTENの資格をもつプロジェクトに指定、2006年にも確認された。こうした手続きを前提に実際の建設が進んだことになる。
2005年11月、コンソーシアムNorth European Gas Pipelineが設立され、後に、Nord Stream AG.に改称された。2009年になって、ガスプロムの株主は、子会社ガスプロム・エクスポルトとNord Streamとの間の22年間、総額240億ユーロの取引の契約締結を承認した。2010年7月、同プロジェクトを推進するNord Stream AG.に対する AG.WintershallとE.On Ruhrgasの持ち分をそれぞれ20%から15.5%に引き下げて、GdF Suezの持ち分を9%とする取引が実際に行われ、GdFは8億ユーロを支払った。同年4月には、海底部分の建設が開始された。2010年3月、Nord Stream AG.は26の銀行から39億ユーロを借り入れた。この結果、プロジェクト全体の金利負担を含めた費用は88億ユーロにまで膨らむとみられた。あるいは、ノルドストリーム2本の総投資額は74億ユーロにのぼり、うち30%は持ち分に応じて出資会社が負担し、残り70%は借入金で賄われた。ノルドストリーム完成後、同PLを使ってガスを欧州に輸出する場合の輸出価格は相当高くなければ採算に乗らないという見積もりだった。ヤマル半島の南タンベイスコエ鉱区(1.26兆㎥の天然ガス、5000万トンのガスコンデンセートの埋蔵量)もノルドストリームを使って欧州に輸出する有力なガス源泉だが、同開発権はヤマルLNG(後述)が有している。
2011年11月になって、ノルドストリームが稼働した。2012年10月、第二PLも完成し、輸送能力は倍の年550億㎥にまで拡大した。ノルドストリームを利用したガス輸送料金については、100kmあたり1.6~1.7ユーロ/1000㎥であるとか、あるいは全ルートあたり約20ユーロ/1000㎥であるとか言われている(«ГАЗПРОМ» в зоне турбулентности, аналический доклад, 2012, p. 36)。ノルドストリームを利用した2013年の輸送量は380億㎥、2014年は約500億㎥になる計画だ。ただし、長期契約で輸送が決まっている量は年200億㎥、長期契約ではないが、ガスプロムの関与する企業(ガスプロムとWintershallの合弁会社Wingasとガスプロムの英国子会社GM&T)が供給を受ける量が年90億㎥にすぎない。ほかに、長期契約に基づかない、ガスプロムと直接、関係のない企業(E.On Ruhrgas、GDF Suez、DONG)への供給が85億㎥あるが、2014年以降になると、PLの稼働率が相当低下することが予想されている。もちろん、ウクライナ経由での欧州向け輸出分をノルドストリームに切り替えて、ウクライナに圧力を加えるなどの政策余地が残されていることになる。しかし、その場合でも、採算性に疑問があることに変わりはない。こうした状況にもかかわらず、ガスプロムはノルドストリーム向けのガス供給のために、「グリャゾヴェツ-ヴィボルグ」間の917kmのガスPL建設にも乗り出した。
本来であれば、ドイツに到着したガスの一部は、年間輸送能力350億㎥(360億㎥説も)、全長470kmのOPAL(Ostsee-Pipeline-Anbindungs-Leitung)というPLを使ってチェコ国境まで運ばれ、残りは年間輸送能力200億㎥、全長440kmのNEL(North European Gas Pipeline)というPLでブレーメンの南西部まで輸送されることになっていた。OPALの建設は順調に進み、すでに稼働しているが、NELの建設が遅れており、まだ20%の建設が残っている(Ведомости, Feb. 17, 2012)。この残りの一部は2013年にならないと建設されないとの見方もあり、2013年中の完成が危ぶまれている。NELの遅れのために、ノルドストリームの必要とする輸送量が少なくなることから、2013年4月、ガスプロムはNord Streamに対して最低供給保証量を年550億㎥から405億㎥に削減することで合意した。この背後には、OPALのガスプロムによる利用が制限されていることがある。EUによって2009年に決められた新ルールのもとでは、ガスプロムはOPALの輸送能力の50%しか利用できないため、OPALの稼働率が上がらないのである。ガスプロムはこの制限の撤廃をEU委員会に求めているが、成功していない(Коммерсантъ, Jun. 13, 2013)。
2012年6月末、ガスプロムの株主総会で、ミレル社長はノルドストリームを英国へ延長する計画を明らかにした。これにBPが参加する可能性を示唆した。同月、ミレルはダドリーBP社長と会談しており、両者とプーチン大統領との会談も行われた。これは、2017-18年に、ノルドストリームをさらに2本敷設して、輸送量を年1100億㎥にまで倍増する計画に合わせて検討されているものだ。2012年10月、Nord Stream Agは第3、第4のPL敷設の技術経済評価を検討し、その建設が経済的に合目的的であるとの決定を採択した。もしこの計画が実行に移されれば、輸送量に余裕が生じる可能性が生まれるが、ガスプロムとしては、第三者への自由なアクセスを認めない方針であった(Ведомости, Apr. 10, 2013)。建設に向けて、新たなコンソーシアムが組織される見通しで、2013年4月、プーチンがオランダを訪問した際には、プーチンとオランダのルッテ首相列席のもとで、ガスプロムのミレル社長と、ガス輸送会社Gasunieのゲルダー社長は、ノルドストリーム拡張可能性を研究するための協力について規定された文書に署名した。こうして、ノルドストリームの拡張への具体的な動きが始まっている。
ノルドストリームの開通で、ガスプロムはベラルーシとウクライナに対して大きな切り札を得たことになる。ベラルーシとポーランドおよびウクライナには、欧州にガスを輸出するための幹線ガスPLが通っている。前者は「ヤマル・ヨーロッパ」と呼ばれるものであり、後者には、「ソユーズ」や「ウレンゴイ-ウジゴロド」といったルートがある。ノルドストリームの完成によって、これらのルートを通じたガス輸送を減らすことが可能となり、これらのルートの通行料の交渉や、ベラルーシやウクライナへのガス輸出価格の決定において、ロシア側がこれまでより優位に立てることになる。現に、2012年1~4月のウクライナ経由のガス通行量は前年同月比20.18%減の321.37億㎥まで減少したと、ウクライナのガス輸送システムのオペレーターであるウクルトランスガスが明らかにした(Коммерсантъ, May 10, 2012)。ただし、すでに紹介したように、「ヤマル・ヨーロッパ-2」の計画が浮上したことで、既存の「ヤマル・ヨーロッパ」の輸送量を減らす状況にはないとみられている。
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つぎに、拙著『ガスプロムの政治経済学(2019年版)』におけるノルドストリーム2の記述を紹介しよう。
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2018年9月、ノルドストリーム2(NS-2)の建設主体である、スイスに拠点を置くNord Stream 2 AGはフィンランド側からの海底部分のガスPL敷設を開始した。NS-2の輸送能力は2本合計で年550億㎥。海洋部分の建設費は95億ユーロ(約110億ドル)と見積もられている。Nord Stream 2 AG株100%はガスプロムに属している。PL建設費の50%はガスプロムが出すが、残りは2017年にパートナー契約を結んだオーストリアのOMV、フランスのEngie(旧GdF)、英蘭のShell、ドイツのWintershallとUniper(旧E.Onで、2016年1月から、在来型発電やエネルギー取引ビジネスはUniperに統合)が融資する。その総額は47.5億ユーロ。建設完了は2019年末をめざしている。
NS-2は既存のノルドストリームに多くの部分で併行して敷設されるが、既存のものはロシア側のヴィボルグが出発点だが、NS-2の出発地はウスチ・ルガとなる。総延長は約1200km(1224km)。なお、2018年12月、この二つのルート向けガス供給減としてのボヴァネンコフスコエ鉱区はフェーズⅢ段階に入り、ピーク時年1150億㎥のガス採掘が可能となった。
Nord Stream 2 AGについては、当初、Nord Stream AGと同じく、外国投資家による出資が計画されていた。しかし、欧米諸国による対ロ経済制裁でプロジェクトに悪影響がでることを恐れて、出資ではなく融資のかたちで海外からの支援を仰ぐことになったわけである。
NS-2関連投資
NS-2の実現のためには、海底部分の投資だけでなく、新しいガス田(ボヴァネンコフスコエ)からのガスPLの敷設も必要になる。ボヴァネンコフスコエ鉱区のガス埋蔵量は4.9兆㎥にのぼる。これは2012年から稼働している。同鉱区からトルジョグまでのルートやグリャゾヴェツからヴィボルグまでのルート、さらにノルドストリームはすでに存在する。図に表記されている数値はそれぞれに要した費用をインフレなどを考慮しないまま記しているのではないか。2018年1月にガスプロムが明らかにしたところによると、クリャゾヴェツからNS-2向けの輸出ターミナルとなるウスチ・ルガまでの総延長1546kmのガスPL(単一ガス供給システムとNS-2を結ぶ)の建設費(三つのコンプレッサー・ステーションを含む)は2015年価格で4780億ルーブルになる。インフレ換算した2018年はじめの費用額は5965億ルーブルに膨れ上がる。図のオレンジで表示されたルートの4800億ルーブルという表記は2015年価格を示したものであろう。
ガスPL「ボヴァネンコヴォ-ウファ」および「ボヴァネンコヴォ-ウファ-2」については、総延長1260kmで、総輸送能力は年1150億㎥。二つの総投資額は2008年はじめの価格で9898億ルーブルだった(Ведомости, Jan. 19, 2017)。2015年10月からスタートした「ウファ-トルジョグ-2」は約970kmで、輸送能力は年450億㎥。投資額は2017年11月の情報で812.44億ルーブルだった。 図Ⅰ-1の「ボヴァネンコフスコエ-トルジョグ」の総投資が1.4兆ルーブルというのがいつの時点の評価かは判然としない。
なお、NS-2の輸送料は1000㎥・100kmにつき2.1ドルを見込んでいる(Эксперт, No. 6, 2018)。
忘れてならないのは、ウスチ・ルガにガス化学コンプレクスを建設する計画が進んでいることだ。年産450億㎥までのガス加工能力をもつガス加工工場(エチレン・ポリエチレンの生産)の建設も含まれている。投資規模は200億ドルにのぼる見通しだ(Ведомости, Apr. 23, 2018)。エチレンなどの生産に従事するのは、アルカジ・ローテンベルグの支配下にあるとみられるルスガスドブィチャである。混入物が精製されたメタンはNS-2で輸出されるほか、ウスチ・ルガに建設予定のバルトLNGで液化される。LNG生産量は年1000万トン、ガスで140億~150億㎥に相当する。このように、NS-2プロジェクトは単にバルト海底にガスPLを敷設するにとどまらない巨大プロジェクトなのである。
2018年10月にヴィクトル・ズプコフガスプロム会長(取締役会議長)が明らかにしたところでは、NS-2の建設プロジェクトはロシアだけの問題ではなく、その波及効果はヨーロッパ諸国などに広くおよんでいる。25カ国の650社が冶金・エンジニアリング・建設・パイプ敷設・ロジスティクス・環境調査・監視などの資材・サービスを供給しているからだ。ズプコフはこの時点で、プロジェクトの総投資額約80億ユーロのうち、55億ユーロについてはすでに契約済みであるとした。
NS-2をめぐる不安要因
ただし、ここまでこぎつけたにもかかわらず、NS-2が実際に完成し、予定通り稼働するかどうかについては不確定な不安要因がくすぶっている。すでに着工しているにもかかわらず、NS-2に対する風当たりが強まっているからだ。2018年12月、米下院はNS-2を「ヨーロッパのエネルギー安全保障および米国の利益に逆行する暴挙」であるとして、欧州の諸政府に同プロジェクトを拒絶するよう求める議決を行った。これを受けて、同月12日、欧州議会は同プロジェクトが「ヨーロッパのエネルギー安全保障に対する脅威となる政治的プロジェクト」であるとして、その建設拒否を求める決議を採択した。
EUでは、2009年のガス指令を改正して、NS-2建設をやめさせようとする動きが2017年から本格化している。そのためのガス指令改正第三案まで策定されたが、2019年1月の情報では、ドイツ政府はこれに反対する姿勢だ。フランス政府も同調するとみられていたが、同年2月7日、フランス外務省はこれを支持すると表明した。2月8日、独仏で妥協が成立し、新たなガス指令改正案がまとまり、それがEU委員会で了承されれば、加盟国の承認に回され、少なくとも16カ国に支持されればEU議会および欧州評議会での承認を経て制定されることになる。
新しいガス指令は、NS-2に反対するポーランドなどがNS-2プロジェクト参加者にEUの国内市場ルールを適用するように余儀なくさせるために準備されたものである。これが意味しているのは、ガスPL業者がガスプロムから独立したオペレーターでなければならないということだ。現在、NS-2は100%、ガスプロムに属しているから、独立したオペレーターを創出しなければならなくなる。その場合でも、ドイツに着いたノルドストリームからドイツおよびチェコへのガス輸送のためのオペルPL(輸送能力年360億㎥)へのガスプロムによる利用が輸送能力の50%しか認められなかったのと同じように、NS-2の輸送能力の50%しか利用できないことが考えられる。そうなると、ロシア国内で海外へのガス輸出認可を得ているのはガスプロムだけだから、NS-2を利用してガスをドイツに輸出するロシア企業が見つからず、その利用率は50%にとどまることが予想される(もちろん、ノヴァテクのような独立系ガス会社によるガスPLを利用した輸出が認められ、ガスプロムによるガスPLを利用したガス輸出独占体制に風穴が開く可能性もある)。
もしNS-2がEUのルールの適用除外という「例外」とされれば、問題は解決される。第三国からのガスパイプラインを加盟国のガスシステムと接合する最初のポイントがあるEU加盟国がガス指令適用を交渉する権限をもつことになったため、NS-2建設をめぐる権限はドイツがもつことになる。そのドイツがこうした例外についての政府間協定をロシア政府と結べば、適用除外に向けて動き出すことができる。しかし、実際に適用除外を実現するには長い期間と困難が伴う。まず、EU委員会がドイツによるロシアとの政府間協定交渉の実施許可を与えることが前提となる。ついで、交渉後、EU委はその協定署名に対する許可を出すかどうかを決める。いずれのEUの採択も申請後90日以内になされなければならないが、EU委が追加情報を求めるなどしてこれらの手続きに数年を要する可能性が高い。さらに、EU委の最終決定はEU加盟国との調整を必要とするとみられるから、加盟国の過半数の賛成を必要とする。このため、NS-2の輸送能力の100%をガスプロムが利用できるようになるかどうかについては判然としないことになる。
NS-2が完成すれば、ウクライナ経由での欧州向けガスPLに依存する必要がなくなる。ウクライナ経由でのロシアからの対欧州輸出減はウクライナが得てきた通行料の減少を意味するから、それはウクライナ経済の打撃となる。年間20億ドルもの減収となるとの見方まである(これは2017年のウクライナの国家歳入の約7%にあたる)。このため、欧州諸国としては、ウクライナ復興のためにもガスプロムによるウクライナ経由での欧州向けガスPL利用を継続させることが重要であり、それにはNS-2建設そのものを取りやめることが望ましいことになる。他方で米国には、国内で採掘されるシェールガスの急増から、これをLNG化して欧州に安定的に輸出するためにロシアによる対欧州ガス輸出に対抗したいというもくろみがある。NS-2ができると、ますます多くのガスが欧州に供給されることになるから、それは米国産LNGの対欧州輸出にとって不利になる。だからこそ、NS-2建設を停止に追い込みたいのである。
もう一つ忘れてはならないのは、NS-2ができれば、ベラルーシおよびポーランド経由でドイツにガスを輸送している「ヤマル-ヨーロッパ」PLの役割が低下することである。ロシアとベラルーシとの関係が将来悪化して、同PLが停止されてもドイツ国民に被害がおよばないようにすることが可能となる。
いまのところ、トランプはなにがなんでもNS-2を建設中止に追い込もうとしているわけではない。とくに、アンゲラ・メルケル独首相は2018年10月、LNG輸入向けのターミナル建設(少なくとも2基になる見込み)に政府として財政支援することを決めた。5億から6億ユーロの大規模な投資にドイツ政府が肩入れし、LNGの輸入体制整備を支援することで、米国によるNS-2潰しの圧力を弱めようとしたわけだ。トランプはこのドイツの譲歩に一定の評価をあたえているとみられている。ただ、2019年1月の段階でも、駐ドイツの米国大使はNS-2に参加している企業を念頭にそれらの会社が制裁リスクにさらされていると書簡や新聞記事で「脅迫」している。ただし、米国政府はNS-2を潰すことでロシア産ガス価格よりも20%も高いプレミアムをつけて米国産のLNGをドイツに売り込もうとしているとの見方もあり、米政府と米民間企業との「結託」に対する強い警戒感がドイツにはある。
2018年末、ポーランドのガスオペレーターのGAZ-SYSTEM SAとデンマークのEnerginet SOVはバルト海の海底を通る全長900kmの「バルト・パイプ」(BP)を建設し、2022年10月稼働をめざすことで合意した。輸送能力は年100億㎥で、ノルウェーで採掘される天然ガスをデンマーク経由でポーランドまで供給するものだ。これによって、このBPがNS-2と交差する必要が生まれ、その調整に手間取るとの見方が2019年1月になって浮上している。それでも、建設途上のNS-2の建設が中止に追い込まれる可能性はかぎりなくゼロに近い。ただ、すでに指摘したように、NS-2ができたとしてもその100%をガスプロムが独占的に利用できる保証はないと指摘しなければならない。
最近の不確定要因は、後述するウクライナ国営のナフトガスとガスプロムとの間のストックホルム仲裁裁判所での裁定の結果、ナフトガスの対ガスプロム債権の回収が問題化していることである。NS-2はスイスに本拠を置いている。2018年5月、ガスプロムの海外資産の差し押さえに着手しているナフトガスの要請に基づいて、スイスの裁判所の監督官はNS AGとNS-2の事務所で財産目録を作成した。7月には、裁判所は差し押さえを認めない決定に対する控訴審終了まで、差し押さえを継続する決定をくだした。すでに、オランダでは資産差し押さえが行われていることを考慮すると、今後、スイスにあるNS-2などの資産が差し押さえられてNS-2の運営に打撃をあたえる可能性がないわけではないのだ。
加えて、2019年末でガスプロムとナフトガスとの2009年に結んだ協定が満了するため、その後の展望を定める必要がある。このため、ロシアとウクライナの政府、およびEU委員会は最初の3者協議の場を2018年7月に設けた。その後、同年12月にさらなる協議開催が計画されていたが、2019年1月後半に開催時期が延期された。この協議では、NS-2の建設完了を前提とする話し合いが行われる模様だが、ウクライナの大統領選が2019年3月に予定されているなどの重大な政治要因もあって、協議自体の進展が遅れることになりそうだ。
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最後に、独立言論フォーラムのサイトで公開した拙稿「制裁をめぐる補論:『復讐としてのウクライナ戦争』で書き足りなかったこと 〈下〉」(https://isfweb.org/post-14462/)にあるノルドストリーム関連の説明を紹介しよう。
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ノルドストリーム2をめぐる暗闘
そこで、ロシア産ガスをドイツに輸送するためにバルト海海底に敷設されたガスパイプライン(PL)、「ノルドストリーム2」をめぐって、米国政府が二次制裁をちらつかせながら、どのようにこの敷設を妨害してきたかについて説明してみよう。ノルドストリーム1(NS-1)とノルドストリーム2(NS-2)が2022年9月26日に爆破される事件が起きた。その犯人はまだ判明していないが、NS-2建設をめぐる米国側の妨害工作を知れば、このPLがいかに米国側にとって「眼障り」であったかがよくわかるだろう。
NS-2をめぐる説明の前に、ガスPL敷設に絡んで、米国が行った「汚い手口」を紹介しておきたい。それは、1981年、オタワG7サミットで当時のロナルド・レーガン大統領が、シベリアから欧州へのPL建設向けに日本のコマツ(小松製作所)がソ連に設備を売却するのを阻止するよう、鈴木善幸首相に要請したことに関係している。レーガンは、このガスPLが米国の国家安全保障上の脅威であり、クレムリンがガス輸出代金をソ連軍の戦力強化に使うだろうと主張した。コマツの契約は8500万ドルにのぼったが、鈴木はレーガンの要求に応え、契約を保留するようコマツに要求した。
だが、その10日後、米商務省は、コマツが中止を求められた契約について、米企業キャタピラーに輸出許可を与える。爾来、米国政府は同盟国を犠牲にして、自国の経済的利益を高めるために安全保障という言葉を使いたがっているとの認識が広がった。ただし、この事実はいつの間にか忘れ去られてしまう。とくに、米国政府を批判的にみる姿勢に欠ける日本のマスメディアは、日本国民に米国政府の「悪辣さ」を十分に伝えていないと書いておきたいと思う。
米国政府は安全保障を理由にして、2011年11月に欧州向けガス供給が開始されたNS-1を建設する際にも、あるいは、NS-1に沿ってNS-2を建設する際にも、その建設の妨害工作を繰り返した。どちらのPLもバルト海海底に敷設されるものであり、米国の安全保障とは直接的関係をまったくもたないにもかかわらず、米国政府は、欧州諸国がロシアのエネルギー資源への依存を高めることでロシアが欧州での影響力を強めることを懸念していた。米ソ冷戦下であれば、この懸念もうなずけなくはないが、ソ連崩壊後になっても、米国内にはソ連の後継国、ロシアを忌み嫌う勢力が一定の力をもっていたと考えられる。
2018年9月、NS-2の建設主体である、スイスに拠点を置くNord Stream 2 AGはフィンランド側からの海底部分のガスPL敷設を開始する。NS-2の輸送能力は2本合計年550億㎥で、海洋部分の建設費は95億ユーロ(当時のレートで約110億ドル)と見積もられていた。PL建設費の50%はガスプロムが出すが、残りは2017年にパートナー契約を結んだオーストリアのOMV、フランスのEngie(旧GdF)、英蘭のShell、ドイツのWintershallとUniper(旧E.Onで、2016年1月から、在来型発電やエネルギー取引ビジネスはUniperに統合)が融資する。その総額は47.5億ユーロ。建設完了は2019年末をめざしていた。このプロジェクトは巨大なものであり、約150社の欧州企業が何らかの形で関与していた。
ところが、建設に至るまでに、米国側による妨害工作があった。そもそもNS-2の建設がガスプロムと欧州のパートナー5社によって発表されたのは2015年のことだ。その直後から、鋼管の供給者を選定する入札の発行など、準備作業が開始されたが、米国議会は前述した2017年の3カ国への制裁パッケージにより、ロシアのエネルギープロジェクトに資金提供や支援を行った国際企業に二次制裁を科すと脅したのである。
脅しのターゲットとなったのは、NS-2に融資した欧州のエネルギー企業だ。過去に融資した事実があれば遡及的に二次制裁の対象となるのかどうかさえはっきりしないまま、建設開始後の2018年12月、米下院は、NS-2を「ヨーロッパのエネルギー安全保障および米国の利益に逆行する暴挙」であるとして、欧州の諸政府に同プロジェクトを拒絶するよう求める議決を行った。これを受けて、同月12日、欧州議会は、同プロジェクトが「ヨーロッパのエネルギー安全保障に対する脅威となる政治的プロジェクト」であるとして、その建設拒否を求める決議を採択した。NS-2をめぐって、欧米がこれほどまでに対立していた事実は記憶にとどめておくべきであると思う。
反対派にも一理ある。NS-2が完成すれば、ウクライナ経由での欧州向けガスPLに依存する必要がなくなり、ウクライナ経由でのロシアからの対欧州輸出減はウクライナが得てきた通行料の減少を意味するから、それはウクライナ経済の打撃となってしまう。年間20億ドルもの減収となるとの見方まであった。このため、欧州諸国としては、ウクライナ復興のためにもガスプロムによるウクライナ経由での欧州向けガスPL利用を継続させることが重要であり、それにはNS-2建設そのものを取りやめることが望ましいという議論が成り立つ。
他方で米国には、国内で採掘されるシェールガスの急増から、これをLNG化して欧州に安定的に輸出するためにロシアによる対欧州ガス輸出に対抗したいという目論見があった。NS-2ができると、ますます多くのガスが欧州に供給されることになるから、それは米国産LNGの対欧州輸出にとって不利になる。だからこそ、是が非でもNS-2建設を停止に追い込みたかったということになる。
二次制裁で脅しまくった米国
結局どうなったかというと、2019年12月、米議会はNS-2プロジェクトのために海底にパイプを敷設する企業に二次制裁を科すと脅す法案を採択し、NS-2に制裁を科したのである。2年間の無駄な試みの後、議会はついにNS-2の完成を脅かすことに成功したのだ。最後通告は功を奏し、議会の採決の数時間後、PLを構成する20万本のパイプを敷設するために高度に専門化した大型船を提供していたスイス・オランダ企業のオールシーズがあわててプロジェクトから撤退した。
オールシーズの撤退にもかかわらず、ガスプロムにはPL敷設のプランBがあった。3年前、PLの準備作業が行われていた頃、ガスプロムは敷設船「アカデミック・チェルスキー号」を購入していたのだ。すでに必要な海底敷設は残り200キロを切っていた。さらに、ガスプロムは追加のパイプ敷設船「フォーチュナ」も雇った。
こうして2020年夏以降、パイプ敷設が大いに進展するかにみえた。だが、2020年8月、著名な反政府指導者、アレクセイ・ナヴァーリヌイが神経ガスを浴び、重体に陥る。この毒殺未遂事件はロシア政府の犯行ではないかという疑惑が浮上し、NS-2反対派はドイツに報復としてPLを捨てるよう呼びかけるようになる。それでも、当時のアンゲラ・メルケル首相は米国の圧力に屈しなかった。これに対して、2020年10月、トランプ政権はこれまでの制裁の範囲をさらに拡大する指針を発表した。2020年末、「フォーチュナ」がドイツとデンマークの部分で作業を再開したことに対して、外国資産管理局(OFAC)は同船に制裁を科したが、無駄だった。すでにNS-2はほぼ完成段階にあったからである。
2021年初頭、米国は、このプロジェクトに携わる保険会社や認証会社を対象に新たな制裁措置を導入する。認証に必要な専門知識を持つのは欧米企業だけであり、米国の制裁に逆らうことはリスクとして許されなかったのだ。PLの建設は完成されそうであったが、米国の制裁で操業できそうもない状況となった。だが、2021年1月のジョー・バイデン大統領の誕生で、潮目は変わった。米独の対立したままでは、両国が協力して対ロシア問題に対処できないとして、米国側が折れたのである。バイデン政権は就任から4カ月後、国務省の報告書で「措置を放棄することが米国の国益にかなう」とし、NS-2への罰則を解除した。その結果、NS-2の建設は2021年9月に完了したのである(NS-2稼働の最終判断はドイツ政府に委ねられたが、ウクライナ戦争勃発で稼働時期が見通せなくなった後、2022年9月に爆破事件が起きたことになる。なお、ここまでの説明から、爆破の犯人が米国政府である可能性を排除することはできないと指摘しておきたい。関心のある方は、「パイプラインの漏洩後、バイデンがノルドストリームを「終わらせる」と発言した動画が再浮上」というNewsweekの記事[https://www.newsweek.com/video-biden-saying-end-nord-stream-resurfaces-after-pipeline-leak-1747005]にアクセスしてほしい。2022年2月7日、バイデンは記者会見で、「もしロシアが侵攻すれば、つまり戦車や軍隊が再びウクライナの国境を越えれば、もはやノルドストリーム 2は存在しなくなる」とのべたうえで、「我々はそれに終止符を打つだろう」と語っっていた)。このときの妥協こそ、ウクライナ戦争において、米独が比較的足並みをそろえて対応している背景にあるのかもしれない。
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バイデン政権の本質
バイデン、サリバン、ブリンケン、ヌーランドはみな「リベラルな覇権主義者」である。ミアシャイマー著The Great Delusion: Liberal Dreams and International Realities, Yale University Press, 2018によれば、「リベラルな覇権主義の代償は、リベラルな国家が人権を守り、リベラルな民主主義を世界に広めるために行う終わりのない戦争に始まる。いったん世界の舞台で解き放たれた自由主義一極は、すぐに戦争中毒になる」という。彼らの軍国主義は、五つの要因から生じている。
「第一に、地球を民主化することは広大な任務であり、戦いの機会が豊富にある。第二に、リベラルな政策立案者は、目標を達成するために軍事力を行使する権利、責任、ノウハウがあると信じている。第三に、彼らはしばしば宣教師的な熱意をもってその任務に取り組む。第四に、リベラルな覇権主義を追求することは、外交を弱め、他国との紛争を平和的に解決することを難しくする。第五に、この野心的な戦略は、国家間の戦争を制限するための国際政治の中核的な規範である主権の概念をも損なうものである。」
まさに、こうしたリベラルな覇権主義によって、いまウクライナの主権は損なわれている。彼らの好戦的な軍国主義は厳しい批判の対象とならなければならない。
どうか、一人でも多くの人が彼らの「悪」に気づいてほしい。もちろん、その「悪」はプーチンの「悪」ほど極悪ではないかもしれない。それでも、リベラルな覇権主義者の「悪」を放置すれば、第三次世界大戦もはじまるかもしれないのだ。
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