汚職まみれのウクライナ:ゼレンスキー政権の腐敗をなぜ報じない? 本当に情けない日本の報道 (塩原俊彦)
(独立言論フォーラムへの掲載には時間がかかるので、このサイトで公表することにした)
拙著『プーチン3.0』のなかで、私はつぎのように書いたことがある。
「腐敗認知指数(Corruption Perceptions Index, CPI)という、国別の腐敗度をランキングするための指標がある。腐敗の定義さえ困難ななかで、腐敗の程度を数値化するという試みを大胆にも行っているわけだが、各国比較ができるという「事実」のために、あるいは、その簡便さから、さまざまなかたちで利用されている。2021年のCPIによると、ウクライナは180カ国中122位、ロシアは136位であった。」
さらに、拙著『ウクライナ3.0』では、。2021 年 9 月に公表された EU 会計監査院の特別報告につぎのように記されていることを紹介した。
「「ピラミッド型の構造を持ち、公共機関や経済全体に定着した強力な 政治・経済エリートの集団による「国家収奪」(state capture)は、ウクライナの腐敗の特異な特徴とみなされてきた。国際通貨基金(IMF)もウクライナ政府も、既得権益層が構造改革に抵抗を示していることを認めている。法の支配の弱さとオリガルヒの影響力の広さから生じる大規模な腐敗は、EUの価値観に反し、ウクライナの発展にとって大きな障害となっている。「大汚職」(grand corruption)や高レベルの汚職は、国内の競争と成長を妨げ、民主的プロセスを阻害し、広範な小汚職の基礎となるものである。」
だからこそ、私はウクライナ支援の一部が「横領」されることに早くから警鐘を鳴らしつづけてきた。「独立言論フォーラム」に書いた「ウクライナ和平の動向を探る:遠い停戦 〈下〉」という記事(https://isfweb.org/post-13190/)のなかでは、つぎのように注意喚起をした。
「12月12日に開催されたG7の声明(https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2022/12/12/g7-leaders-statement-4/)では、ウクライナの修復、復旧、復興を支援する観点から、ウクライナや国際パートナーとともに、関連する国際機関や国際金融機関と緊密に連携し、複数機関にわたる「ドナー調整プラットフォーム」を設立することになった。このプラットフォームを通じて、継続的な短期・長期支援(とくに短期資金支援についてはファイナンス・トラックの責任において行う)を提供するための既存のメカニズムを調整し、さらなる国際資金や専門知識を調整し、ウクライナの改革課題および民間部門主導の成長を奨励するのだという。プラットフォームのための事務局設置が決まり、「2023年1月のできるだけ早い時期に招集するよう要請する」とされた。
なお、「ファイナンス・トラックの責任において行う」というのは、汚職によって資金が吸い上げられることを防止または制限する試みとして、いわゆる「ファイナンストラッカー」を創設することを意味している。いわば「財務追跡者」を置き、支援金の流用を防止するというわけだ。拙著『ウクライナ3.0』や『プーチン3.0』で指摘したように、ウクライナは少なくとも戦争勃発前まで腐敗が蔓延していた国だから、G7加盟国としても支援に慎重を期すということなのだろう(米国政府は支援した武器に対する監視体制の強化もはかっている)。」
戦時中でもはびこる腐敗
残念ながら、ウクライナの腐敗体質は構造的なものであり、たとえ戦時体制下でも変わらないようだ(この理由については、『ウクライナ3.0』のなかで詳しく分析しているが、旧ソ連地域の腐敗は旧ソ連の支配体制に起因しているとだけ指摘したおきたい)。
2023年1月24日になって、ウクライナの高官が8人、地方軍事行政機関の長が5人辞職・解職となった(下表を参照)。
ウクライナの腐敗状況(辞職・解職者リスト) |
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中央政府の高官 |
概要 |
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ヴャチェスラフ・シャポヴァロフ |
国防省次官 |
国防省が軍人のための食料をキーウの食料価格の2~3倍で購入しているとされるスクープをきっかけに、調達を担当ていた次官が辞任。ただし、国防相はこの事実を否定 |
キリロ・ティモシェンコ |
大統領府副長官 |
人道的任務のためにウクライナに贈られたSUV(シボレー タホ)を運転していた。2022年末には、ティモシェンコが同国の戒厳令下で実業家ヴェミル・ダヴィチヤンの所有する10万ドル相当のポルシェ「タイカン」を使用しているとメディアが報じた。大実業家イゴール・ニコノフから1200平方メートルの巨大な邸宅を借りていることも判明 |
アレクセイ・シモネンコ |
副検事総長 |
スペインのマルベーリャを訪れるなど10日間海外に滞在。この際、リヴィウの企業家で国会議員のグリゴリー・コズロフスキーのメルセデスで、彼の警備員を伴ってウクライナ国外に渡航した |
ヴィタリー・ムズィチェンコ |
社会政策省次官 |
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イワン・ルケリャ |
地域開発・領土・インフラ省次官 |
発電機の購入で多額の賄賂を受け取ったとして告発された。1月22日、同省次官ヴァシル・ロジンスキー(ウクライナ国家反腐敗局[NABU]は、ロジンスキーが、設備や機械の購入契約を水増し価格で締結するためのロビイ活動を行い、40万ドルを受け取ったと主張している)の解職に関連 |
ヴャチェスラフ・ネゴダ |
地域開発・領土・インフラ省次官 |
発電機の購入で多額の賄賂を受け取ったとして告発された。1月22日、同省次官ヴァシル・ロジンスキーの解職に関連 |
アナトリー・イヴァンケヴィチ |
海運・河川運輸局副局長 |
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ヴィクトル・ヴィシニョフ |
海運・河川運輸局デジタル開発・DX・デジタル化問題担当副局長 |
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地方軍事行政機関の長 |
概要 |
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ヴァレンティン・レズニチェンコ |
ドニプロペトロウシク地方軍事行政長官 |
ティモシェンコ辞任と連動。ティモシェンコはドニプロ出身。レズニチェンコ知事の親友が、同州の道路の修理や建設のために15億フリヴニャ(4060万ドル)を受け取っていた |
オレクサンドル・スタルフ |
ザポリジャー地方軍事行政長官 |
ティモシェンコ辞任と連動 |
オレクシー・クレバ |
キーウ地方軍事行政長官 |
ティモシェンコの後任となる |
ドミトロ・ジヴィツキー |
スームィ地方軍事行政長官 |
ティモシェンコ辞任と連動 |
ヤロスラフ・ヤヌシェヴィッチ |
ヘルソン地方軍事行政長官 |
ティモシェンコ辞任と連動 |
(出所)ウクライナ語とロシア語の各種資料から作成 |
唖然とするのは、軍の腐敗である。2023年1月21日、軍が食料品を市場価格よりも2~3倍も高い値段で調達していることが暴露された。常識的に考えれば、戦時中の軍を真正面から批判するには、それなりの覚悟がいるはずだが、ユーリー・ニコロフ記者はそのタブーに挑む記事(https://zn.ua/ukr/economic-security/tilovi-patsjuki-minoboroni-pid-chas-vijni-piljajut-na-kharchakh-dlja-zsu-bilshe-nizh-za-mirnoho-zhittja.html)を公開したのだ。さまざまな資料をすべてダウンロードしてみると、A4版で60頁を超える力作だ。
具体的には、「国防省は卵を1個17フリヴニャ(UAH)で契約しているが、キーウの商店での小売価格は現在1個7UAH程度」という。「ジャガイモは1kgあたり22UAHで発注されたが、店頭での小売価格は8-9UAH」にすぎない。
食料品調達に関する契約は2022年12月に、国防省とActive Company LLCとの間で結ばれた。契約額は130億UAH(約3.5億ドル)。興味深いのは、同社が国防省関連企業であることだ。2016年、国防省の国営企業である南方作戦司令部貿易部の子会社オデッサ軍事貿易のディレクターを務めたこともある人物が操業した会社であり、同社は2019年の段階で、国家刑事執行機関の刑務所施設と公判前勾留センターへの牛肉供給の入札に参加するため、事実と異なる偽の証明書を提出したとして刑事手続きの対象となっていた。こんな会社と取引すること自体、不可解だ。さらに、国防省との契約が成立する1カ月前に、ビラ・ツェルクヴァ(キーフ州)出身のヴァレリー・メレシュが、同社の社長に就任した。以前は、国防省の国営企業ビラ・ツェルクバ・ミリタリー・トレードのディレクターを務めていた人物だ。
どうやら、この会社から市場価格よりも数倍高い値段で食料品を調達することで、国防省関係者が同社からキックバックを受けるという仕組みが構築されていたのではないか。
さらに、このスクープ記事によると、12月のActive Companyとの契約は、国防省を代表してボグダン・フメリニツキーが署名している。彼は、2022年夏に軍用弾薬の供給における横領事件で捜索された公共調達部の部長と同じ人物であるという。2022年の侵攻開始後、フメリニツキーはトルコの会社と防弾チョッキの供給契約を結び、バーレーンの会社から供給を受けることになっていた。国防省は58万ドルを前払いしたが、まったく何も受け取っていない。そして、フメリニツキーの自宅を捜索した結果、同省は「何の疑いももたれなかったので、契約は継続した」と発表したのだそうだ。この時点で、フメリニツキーの不正に気づいていれば、今回の食料品不正も行われなかったかもしれない。むしろ、国防省の上層部がこうした横領にかかわっており、事件そのものを隠蔽しようとしているのではないかとさえ疑われるのだ。
その証拠に、オレクシー・レズニコフ国防相は、この記事を、「全くナンセンス」であり、「歪んだ情報」とした。調達担当のシャポヴァロフ国防省次官は辞任するが、解任ではない。要するに、何の反省もしていないのだ。
どこにでもいる「とんでも政治家」
日本や米国の政治家もひどいが、ウクライナの政治家もひどい。ゼレンスキー事務所で情報政策とPRの責任者としてキャリアをスタートさせ、その後、大統領の「ビッグ・ビルド」プロジェクト(数十億ドルのプロジェクトの目的は、国中の交通、教育、社会、スポーツのインフラ整備)や「ビッグ・コンストラクション」プロジェクト(ウクライナの老朽化したインフラを大規模に改修する計画)の監督者となったティモシェンコは大統領府副長官として、「やらかしていた」のである。
まず、戦地からの市民輸送や人道的任務のためにゼネラルモーターズからウクライナに寄贈された車の中から、シボレー・タホSUVを個人的・公的目的で使用していたと、昨年末に報道される。その後、ジャーナリストたちは、シボレー・タホを手放したティモシェンコが、当局に近い実業家ヴェミール・ダヴィティアンの会社に登録されている約10万ドル相当の2021年製ポルシェ・タイカンを利用するようになったことを突き止めた。
ほかにも、ティモシェンコが大実業家イゴール・ニコノフから1200平方メートルの巨大な邸宅を借りていることも判明した。後者はウクライナの富裕層100人に1人が所属し、彼の会社KAN Developmentはキエフ最大の不動産デベロッパーである。このように、建設・インフラ担当の役人が、監督する市場のプレーヤーと密接な関係にあることに疑問が生じ始めたのだ。
チィモシェンコは、大統領にとって特別な存在であった。ドニプロ出身の彼は、ジャーナリスト、プロデューサー、政治戦略家として働き、メディアで成功したキャリアを築き、2014年から2015年にかけては、当時のドニプロペトロフスク知事でオリガルヒのイゴール・コロモイスキーのチームに加わり 、2019年にはゼレンスキー候補の選挙本部に入った。そこでティモシェンコはクリエイティブを担当した。
ゼレンスキーが政権を握った後も、ティモシェンコは彼のチーム(現在は大統領府の副長官)で情報政策を統括していた。ティモシェンコは、ゼレンスキーの野心的な「ビッグ・コンストラクション」(Велике будівництво)プロジェクトの調整役となり、ウクライナの交通と社会基盤の整備を計画した。さらに、地方政治を統括する副長官として、人選を担当し、地元選出の市長や地方議会との関係も構築した。ロシアとの本格的な戦争が始まると、ティモシェンコはゼレンスキーの側近となり、大統領府の重要な決定事項の策定に参加するようになった。彼の担当は、敵対行為で破壊されたインフラの復旧などであった。
2022年12月26日、国家反腐敗局は、「ビッグ・コンストラクション」プロジェクトのコーディネーター、ユーリヤ・ゴーリカを捜査した。捜査は、ドニプロで行われ、特にヴァレンティン・レズニチェンコ地方軍事行政長官の事務所とインフラ再建に携わる請負会社の事務所で行われた。ゴーリカは、自らを「ビッグ・コンストラクション」のコンサルタントと呼び、ウクライナ再建計画に関する大統領府の重要会議に出席してきた。彼はレズニチェンコと、レズニチェンコのガールフレンドの関係者で、戦争中に道路に関する記録的な予算契約を受けた民間企業ブディンベスト・エンジニアリングの半分を所有していたという情報もある。この関連で、レズニチェンコの恋人の関連会社が、ドニプロ地方の復興予算から15億フリヴニャを受け取っていることも判明した。
なお、地方軍事行政機関は、戒厳令下において、ウクライナの法律「戒厳令の法的体制について」にしたがて設立されたもので、防衛、公安、秩序を管理する国家行政権の一時的地方機関である。地方軍事行政の長は、ウクライナ軍参謀本部または関連する地方行政機関の提案に基づき、ウクライナ大統領が任免する長官が務めている。地域の軍事行政は、軍事組織の軍人、法執行機関や市民保護サービスの職員や上級士官、雇われ従業員で構成されている。大統領が任免権をもつだけに、地方軍事行政長官は戒厳令下の地方行政上の重要な役割を担っている。しかし、現実は腐敗にまみれているのだ。しかも、戦闘地域で名高いザポリージャ州やヘルソン州の軍事行政長官まで、今回、解職の対象になっている。
副検事総長のシモネンコは2022年末、リヴィウの実業家のメルセデスを運転し、スペインに休暇に出かけた。ウクライナ戦争の実態がこの事実によってわかるだろう。政府高官は「優雅な生活」をつづけているのではないか。
ほかにも、エネルギー省のガルシュチェンコ大臣、青年スポーツ省のヴァディム・グセイト大臣、戦略産業省のパベル・リャビキン大臣など、多くの部局の責任者が辞職を求められる可能性があるとのうわさもある。2019年末から就任しているデニス・シュミハリ首相でさえ、辞任の危機にさらされている。
日本の支援は大丈夫か
表にあるロジンスキーは、発電機の購入に絡んでカネを得ようとしたとみられている。ウクライナ国家反腐敗局(NABU)の捜査で、2022年夏にウクライナ政府が16億8000万フリヴニャ(4500万ドル相当)を設備に割り当て、その資金で冬に住民に光と熱と水を提供する計画に基づいて、中央政府と地方政府の一部の関係者が結託し、発電機を高値で購入したことがわかった。契約締結の援助に対する返礼として、供給者はロジンスキーに40万ドルを渡すことにしたと捜査当局はのべている。ロジンスキーはこの金額を受け取っている際、拘束されたとされている。
辞任したイワン・ルケリャとヴャチェスラフ・ネゴダという地域開発・領土・インフラ省という二人の次官も発電機の入札に絡んでいた。
日本政府は2022年12月、国際協力機構(JICA)を通じてウクライナに発電機25台を輸送した。楽天は「インバーター発電機 GV-16i」500台をウクライナに寄贈すると発表している。だが、こうした発電機は本当にウクライナで役に立つのか。「ファイナンストラッカー」ならぬ「支援品トラッカー」のようなものをしっかりとつけないと、腐敗の渦のなかに消えるだけではないのか。国会でしっかりと追及してほしい。
情けない日本のジャーナリズム
ウクライナのジャーナリストたちは、腐敗しきっているウクライナの政治家や高官らの腐敗を命を賭けて暴こうとしている。戦争の最中であっても、まったく懲りずに私利私欲だけにはしっているウクライナの指導層の実態を暴くことで、より真っ当なウクライナに近づけようとしているのだ。それは、戦時下であるからこそ、彼らにとっては死活問題に映るのだ。
こうしたウクライナのジャーナリストの努力にもかかわらず、日本のマスメディアはウクライナの腐敗の現実を報道しようとしていないようにみえる。NYTやWP、BBCは報道しているのに、日本の報道はまったく不十分だ。
報道しないことが日本の利益になるとでも思っているのだろうか。まったく情けない状況にある。私は、ウクライナという国の問題点を拙著『ウクライナ3.0』のなかで分析した。ロシアのプーチン大統領の「極悪さ」については拙著『プーチン3.0』で詳述した。だが、そもそもこうした本がマスコミ関係者によって読まれている気配さえ感じない。いったい、この国の人々はどうなってしまったのか。あきれるばかりである。
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