ソ連時代の「負の遺産」からウクライナ戦争を分析する:プリゴジンの「ワーグナー・グループ」の正体とは? (塩原俊彦)
(この論考は「独立言論フォーラム」において公表しようとしてものだが、掲載が2月になるというので、ここで公開することにした)
私には、Kindle版の『ロシアの最新国防分析』(2013年版、2016年版)という著作がある。といっても、この研究はロシアを地政学的に分析するための手段の一つとして、軍事分析力を磨くために書いたものでしかない。『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003年)や『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009年)の延長線上での研究成果ということになる。
こんな経験をもつ私からみると、いまの日本のウクライナ戦争に関する戦況分析はあまりにもひどい。要するに基本的なところがまったく理解できていないのだ。拙著『復讐としてのウクライナ戦争』の第6章における注(14)において、「私は実際の戦争たる戦闘行為には関心はない」(181頁)と書いておいたが、あまりにひどい報道に堪えかねてきた。そこで、これまでの私の蓄積に基づいて、いまのウクライナ戦争の戦況と今後について、ソ連時代からの「負の遺産」という面から論じてみたい。
プリゴジンの民間軍事会社「ワーグナー・グループ」
最近、エフゲニー・プリゴジンが主導するロシアの民間軍事会社(Private Military Company, PMC)「ワーグナー・グループ」が話題になっている(日本語訳で「ワグネル」とするマスメディアが多いようだが、大切なことはナチスが政治利用したヴィルヘルム・リヒャルト・ワーグナーの名前を借用している点だ)。拙著『サイバー空間における覇権争奪』(社会評論社、2019年)のなかで、「プリゴジンに注目」という項目をたててつぎのように記したことがある(137-138頁)。
「ここで、ロシアがウクライナで行ったサイバー空間を使ったディスインフォメーションについて紹介してみよう。キーパーソンはエフゲニー・プリゴジンという人物だ。2018年2月16日に米連邦司法省が米大統領選への干渉などの法律違反で起訴した13人のロシア人に含まれている人物でもある。この意味で、ウクライナでロシアが行ったことが米国でのディスインフォメーションに深くかかわっていると言える。実は、この人物についてはすでに拙著『ウクライナ・ゲート』でも紹介している。ここでは、そこでの記述を参考にしながら、ウクライナでのディスインフォメーションについて紹介したい。
比較的信頼できるロシアの反政府系新聞「ノーヴァヤ・ガゼータ」は2014年5月26日付の紙面で、プリゴジンが主導する会社コンコルドの資金で2013年11月にウクライナのハリキウ(ハリコフ)に「ハリコフ・ニュース・エージェンシー」が設立されたと伝えている。同社は「クリミア自治共和国でのロシアの影響力強化の活動組織化プロジェクト」を策定し、シンフェロポリを中心にクリミア併合に向けた準備に入ったとみられる。シンフェロポリには、インターネット交換ポイントが置かれており、ここを押さえれば、キエフとクリミアとの情報遮断が可能になる。同年12月には、ヤヌコヴィッチ政権に抗議する「ユーロマイダン」という反政府組織に対抗する措置をウクライナ国内でとれないか、シミュレーションするような仕事も始めたと記事は伝えている。
つまり、ロシア政府は少なくとも2013年11月の時点で、ウクライナで不穏な動きがあることに気づいていたことになる。というのは、プリゴジンは「クレムリンのコック」と呼ばれる人物で、レストラン、食品、不動産などのビジネスを通じて、クレムリンの幹部との人脈を構築してきたからだ。その結果、PR会社などを通じてクレムリンの意向を反映した工作活動も手掛けるようなったとされている。PR会社のなかには、「インターネット調査エージェンシー」(IRA)という会社があり、急成長していた。この会社と同じ名前で米国に登記されたInternet Research Agency LLCこそ、米大統領選にかかわるディスインフォメーションを仕組んだ組織なのだ。SNSに架空の政治団体の広告を載せたり、集会を催したり、意図的に仕組んだデマを流したりしたのである。」
つまり、プリゴジンはPMCだけを主導しているわけではなく、「意図的で不正確な情報」を意味する「ディスインフォメーション」を流して情報工作するような諜報機関もどきの仕事にも従事してきたことになる。
わたしがここで知ってほしいと思うのは、ウラジーミル・プーチン大統領の支配の「カラクリ」についてである。プーチンは、ソ連時代に「チェーカー」と呼ばれていた、一種の秘密警察のような機関の「遺伝子」をひくKGB(国家保安委員会)やその後継のFSB(連邦保安局)のネットワークを活用してその支配を固めているのだが、そのためにプリゴジンを利用しているのだ。わかりやすくいえば、もともと「チェーカー」の仕事であった一部をプリゴジンにやらせているのである。その意味で、プリゴジンをPMC経営者としてだけしかみようとしない見方そのものが間違っている。
単刀直入にいうと、「ワーグナー・グループ」は、もともとはGRUと呼ばれた機関の非合法部門であり、モリキノ(クラスノダール地方)の第10特殊部隊旅団に所属する軍事部隊番号51532に所属していた。その設立は、プリゴジン自身の言葉(https://vk.com/wall-177427428_1194)では2014年5月1日とされている。
プーチンは、さまざまな国家契約の下でロシアの予算から引き出された「闇」の金の流れが通るルートの監督者として親しい関係にあったプリゴジンを抜擢したとみられている。傭兵を雇い入れ、軍備を調達し、本格的な戦闘を行なうにはカネがかかる。そうした闇のカネの出し入れを通じて、プリゴジンは巨額のカネを横領する一方で、非合法活動を通じてプーチンを支える役割を果たしてきたのだ。
このGRUは、ロシア連邦軍参謀本部諜報総局として1992年5月7日に署名された、ソ連軍の最終分割に関する国際条約とロシア連邦軍創設に関する大統領令に基づいて創設されたものであった。その後、2010年にGRUの名称は参謀本部総局になったが、その実態は国防省対外諜報機関と軍中央諜報機関から構成されるものだ。
ここで、拙著『ネオKGB帝国』(東洋書店、2008年)でのつぎの記述を読んでほしい。「KGB(かつて内部人民委員部などの名称をもっていた)は本来、ソ連共産党がその支配を磐石にするために、「階級の敵」というわけのわからない「敵」を想定して、それを取り締まるために、軍を含めて国内の人民・組織を監視・統制するために存在した」、というのがそれである。
重要なことは、ソ連時代から「チェーカー」が国全体を網羅的に監視・監督するシステムが整備されており、ソ連崩壊後も、この「チェーカー」による支配網を一部で再構築する動きが広がってきたことだ。それは、プーチン主導で行われ、その一端をプリゴジンが担い、「ワーグナー・グループ」を通じて「チェーカー」支配の再来が具現化されていることになる。そう、プリゴジンはソ連時代からつづく「チェーカー」支配の闇に部分の請負人なのである。ゆえに、「軍にとってプリゴジンは、上官に直談判して有害なことを言えるスパイなのだ」という的確な見方さえある。
「チェーカー」の遺伝子を受け継ぐ「ワーグナー・グループ」
そのもっとも明確な証拠が「ワーグナー・グループ」による囚人利用である。「ワシントン・ポスト」(https://www.washingtonpost.com/world/2023/01/10/putin-wagner-convicts-secret-pardon/)によれば、「米国は、ワーグナーが現在ウクライナに展開している軍隊は、1万人の契約社員と刑務所から採用した4万人の囚人を含む5万人と推定している」という。
囚人を兵士として利用するという方法は、ソ連時代、「チェーカー」が囚人を労働力として活用したやり方に呼応している。「ワーグナー・グループ」が「チェーカー」の遺伝子を引き継いでいると考えれば、囚人の兵士としての利用はまさに同グループの本質を示しているとみなすことができるのだ。
ここで、「チェーカー」について説明しておきたい。拙著『ロシア革命100年の教訓』(Kindle版、2017年)において、私は「チェーカー」による支配がソ連そのものの70年間を支えてきたことを丁寧に分析したことがある。やや長いが「「チェーカー」の誕生」という項目およびその他の記述を紹介したい。
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「チェーカー」の誕生
すでに解説したように、「チェーカー」と総称されるようになる大元の「反革命・サボタージュとの闘争に関する人民コミッサールソヴィエト付属全ロシア非常委員会」(VChK)が1917年12月、人民コミッサールソヴィエトによって設立された。ただし、この機関の設立はあらかじめ計画されていたわけではなく、十月革命後の都市部での無秩序や略奪に対処するための措置であった。この意味で、「チェーカー」はロシア帝国皇帝の秘密警察をもとにしたわけではなかった。むしろ、フランス革命後の政権を守るために、国民公会が1793年8月に国民総動員令を出し、10月に「恐怖政治」を行う旨宣言、翌年の四月には公安委員会が設立された事実がこの「チェーカー」の創設に関係したのではないかとみられている(Fitzpatrick, 1985, p. 77)。戦時共産主義後、1922年2月、全ロ中央執行委員会はVChKを廃止し、内務人民委員部付属国家政治総局(GPU)に再編する決定を採択したのだが、GPUはVChKよりもより閉鎖的で官僚主義的であったから、こちらのほうがロシア帝国時代の秘密警察に近いとフィッツパトリックは記している(同, p. 77)。
ロシア帝国からの亡命者による反革命を怖れた革命政権は、「トレスト」と呼ばれる組織を利用した。このトレストは帝政側の地下組織「中央アジア君主主義機関」をもとにしていた(Clover, 2016=2016, p. 108)。「チェーカー」はこのトレストを、亡命者を一網打尽にするためのおとり作戦に使ったのである。
重要なのは、「チェーカー」(VChKやGPU)が単なる官僚機構ではなく、テロや階級への復讐のための道具となったことである。その存在は、プロレタリアート独裁は反革命や階級の敵に対して国家の強制権力を使わなければならないとしたレーニンの考え方に両立するものであったのだ。
「チェーカー」は「初の社会主義政権」を支持するかどうかというイデオロギー上のチェック機関として機能するようになる。それどころか、スターリンの独裁がはじまると、スターリンによるスターリンのための反スターリン主義者の粛清機関となるのだ。こうして「チェーカー」は暴力と恐怖によって、全体主義的な傾向に一挙に傾くのである。
「チェーカー」はラーゲリ(収容所)を所管することで、その影響力を経済全般にもおよぼしていた点にも注意を向けなければならない。1929年5月13日付の全ソ共産党(ボリシェヴィキ)政治局決定によって、3年を超す判決をもつ囚人の大量労働利用システムへの移行が決められ、当時の司法人民コミッサールやOGPUの事実上のトップらをメンバーとする委員会が詳細を検討し、具体的な利用条件を決めるよう委任された。同委員会は1929年6月27日付で政治局が承認した「囚人労働利用に関する決定」を準備した。さらに、人民コミッサールソヴィエトは同年7月11日、OGPU集中収容所の名前を矯正労働収容所に改称した。OGPUは同年秋から矯正労働収容所網の建設に着手し、1930年4月、人民コミッサールソヴィエト決定「矯正労働収容所規程の承認」が出され、事実上、同時にOGPU矯正労働収容所総局の創設が決まった。同総局は1930年10月から、グラーグ(矯正労働収容所総管理本部)と呼ばれるようになる。
まさに、チェーカーの支配下で、収容所に無理やり押し込まれた人々の労働力が奴隷労働のように利用されることになるのだ。だが、筆者の育ったグループの重鎮、野々村一雄は教科書『社会主義経済論講義』のなかで、こうした労働力の利用がソ連経済をたしかに支えていた事実をまったく無視している。まったく恥ずかしい限りだ。歴史は学者の無能をもたしかに白日のもとにさらしてくれるのだ。
グラーグは1960年まで生き残る
「チェーカー」の傘下にあるグラーグによってラーゲリが管理・運営され、その労働力がソ連の計画経済に組み込まれ、きわめて重要な役割を果たしていた。だからこそ、このシステムはスターリンの死後、すぐに廃止されたわけではない。スターリンが死んだ同じ月の3月25日付ソ連閣僚会議決定で、ソ連にとって切迫した必要性のない一連の大規模プロジェクト建設への囚人の関与が停止された。同月27日付のソ連最高会議幹部会令によって、約120万の囚人がラーゲリから釈放されることになった。さらに、グラーグは当時の内務省から司法省の管轄に移行された。しかし、1953~54年に一連の収容所で暴動が発生し、これを鎮圧するために軍隊が投入されるなどの混乱から、その管轄を内務省に戻さざるをえなくなる。収容所に収容された囚人の数は1954年4月の136万人から1956年1月の78万人に逓減したが、まだまだ囚人の利用価値はあったのである。
1956年10月25日付ソ連共産党中央委員会とソ連閣僚会議の決定で、ようやくソ連内務省矯正労働収容所の存在自体が合目的的でないと認定されるに至る。だが、すぐにグラーグによる労働力利用システムが廃止されたわけではなく、1960年1月13日付ソ連最高会議幹部会令によってその撤廃が決まるのである。これが意味するのは、グラーグを利用した「チェーカー」による支配がソ連全体を強力に浸透しており、その廃止さえそう簡単ではなかったということだ。スターリンによる恐怖や脅迫による支配が終結しても、「チェーカー」は生き残った。有名な「カー・ゲー・ベー」(KGB)はスターリン後に閣僚会議の付属機関(国家保安委員会)として再編されるのである。独裁者に「チェーカー」が支配されないようにするためであった。だが、その監視や密告に基づく治安維持という「チェーカー」の本質は残存したのであり、それはソ連崩壊後も失われたとは決して言えない。
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紹介した記述に示されているように、「チェーカー」の本質はいまでもたしかに存在している。それを体現したいるのがプーチンであり、彼が大統領であるがゆえに、囚人を兵士に利用するといったPMC「ワーグナー・グループ」が活動しているのだ。同グループが北朝鮮製ミサイルを購入したとみられる(https://www.washingtonpost.com/national-security/2022/12/22/wagner-russia-north-korea-missiles-convicts/)のも、この「チェーカー」の遺伝子を引き継ぐ連邦保安局(FSB)の活動によって可能となったと考えられる。
プリゴジンの隆盛の意味
プリゴジンがウクライナ戦争で注目されるようになったのは、2022年2月24日の戦争勃発直後のロシア正規軍の敗戦およびその後の苦戦であった。とくに、9月、ロシア軍がウクライナ東部ハリコフ州から敗走して以降、正規軍への批判が高まる。そうしたなかで、東部ドネツク州の要衝リマンがウクライナ軍に奪還されると、チェチェンのトップ、ラムザン・カディロフは10月1日、「リマンで起きたことを黙って見ているわけにはいかない」として、地域の防衛を担当していた中央軍管区司令官のアレクサンドル・ラピン大将を厳しく批判する発言を「テレグラム」(https://t.me/RKadyrov_95/2911)にアップロードした。「ラピンが凡人であることが痛いのではない。参謀本部の上層部に隠蔽されていることだ。もし、私にその気があれば、ラピンを二等兵に降格させ、勲章を剥奪し、前線に送り込んで機関銃で恥をかかせていただろう」と書いた。この上層部とは、ワレリー・ゲラシモフ参謀総長を指している。
同日、このラムザン・カディロフ発言に対するプリゴジンの発言が別のSNS(https://vk.com/concordgroup_official?w=wall-177427428_1219)に紹介される。「カディロフの表情豊かな発言は、たしかに私のスタイルとはまったく違う。でも、「ラムザン、可愛い子、燃えろ」と言うことはできる。この野郎どもは全員、裸足で機関銃を持って前線に行け」という投稿は注目を集めた。そして、ラピンは更迭され、10月8日には、ウクライナの軍事作戦地帯の統一部隊の司令官にセルゲイ・スロヴィキン陸軍大将が就任したことがわかる(https://www.gazeta.ru/army/2022/10/08/15595129.shtml)。
カディロフもプリゴジンも、自分たちに近いスロヴィキンの司令官就任を喜んだ。とくに、プリゴジンはシリアでの作戦においてスロヴィキンとパイプをもつ機会があり、彼の昇進が自分の影響力拡大につながると期待したはずだ。
だが、2023年1月11日、このスロヴィキンに代えてゲラシモフが統合軍司令官に任命される。スロヴィキンはゲラシモフの副官になった。1月10日には、ラピンは陸軍参謀長に任命されていた。
注目されるゲラシモフの手腕
つまり、ロシア軍内部で再び正規軍主導による秩序を取り戻そうという明確な意思表示が人事を通じてなされたことになる。このようにみてくると、「プリゴジン対ゲラシモフ」という対立の構図がマスメディアによってつくられた「おもしろおかしい」ものでしかないことがわかる(私からみると、テレビに登場する「専門家」はほぼすべて、ここで私がのべたようなソ連時代からの歴史を知らない。要するに、不勉強きわまりないと指摘しなければならない。ワーグナー・グループの実態に関心のある人は同部隊から脱出したとされる人物の話[https://zona.media/article/2023/01/16/medvedev]を参考にしてほしい)。
たしかに、「ワーグナー・グループ」の傭兵の制服や武器(多連装ロケットシステム[MLRS]や航空隊まである)、さらに給料が正規軍兵士の羨望の的となっている面はある。他方で、彼らは「音楽隊」と呼ばれ、軽蔑されている。説明したように、傭兵への注目は正規軍の不振の結果であって、正規軍が復活すれば傭兵は再び陰の存在になるだけなのだ。その意味で、いまもっとも注目されるのはゲラシモフの手腕である。
ゲラシモフは陸軍士官学校出身の軍人であり、第二次チェチェン戦争や2014年以降のドンバス地域での戦闘などで実践経験もある。プーチンの右腕として、大統領、セルゲイ・ショイグ国防相と並ぶ3人のうちの1人として、開戦当初から戦局の構想を練る中心的な役割を担ってきた。
その意味で、14日以降、相次ぐミサイル攻撃について注意深く観察する必要がある。なぜならゲラシモフ統合軍司令官の「初仕事」とみられているからである。
新しい戦術
1月14日、ウクライナのキーウやドニプロなどをミサイル攻撃した。「ワシントン・ポスト」(https://www.washingtonpost.com/world/2023/01/14/russia-ukraine-war-latest-updates-soledar/)は、ウクライナ軍からの情報として、「航空ベースの巡航ミサイル(Kh-101/Kh-555、Kh-22)、海上ベースの巡航ミサイル(カリブル)、誘導航空ミサイル(Kh-59)」などを発射したと伝えている。だが、これは真実を伝えていない。ウクライナ軍の発表によると、ドニプロ攻撃に使用されたミサイルはロシアの長距離対艦ミサイルKh-22で、「ロシアの軍事侵攻が始まって以来、この種のミサイルが210発以上、ウクライナ領内に打ち込まれた。いずれも防空システムで撃墜されていない」という内容の声明がハンナ・マリアー国防副大臣から出されたとの報道(https://www.nytimes.com/live/2023/01/16/world/russia-ukraine-news#ukrainian-lawmakers-call-for-a-zelensky-advisers-dismissal-after-an-inaccurate-comment-about-the-dnipro-attack)がある。以前、戦略爆撃機(Tu-95)からKh-101やKh-555、黒海艦隊からカリブラという高精度ミサイルがキーウをねらって発射されたこともある。
Kh-22(ブーリャ, 嵐)は、ソビエト時代の長距離空中超音速巡航ミサイルである。核弾頭または高爆発性破片累積弾頭を搭載し、当初は空母やその他の大型軍艦、あるいはそのような空母の群を破壊するために設計された。とくにツポレフ22爆撃機から発射されるように設計されたものである。弾頭重量約1000kgで、約300km、12〜22kmの高さをマッハ3.5(時速4000km以上)の速度で飛行可能だ。実は、2000年、ウクライナはガス債務に対する分割払いとして、386基のX-22ミサイルをロシアに譲渡したことが知られている。2022年11月現在、ロシアはまだХ-22とХ-32(近代化版)ミサイルを120基保有しているとの情報がある。
私にとってはほとんどどうでもいいことだが、Kh-22が最初から集合住宅をねらっていたかのような報道があるので、少しだけ詳しい説明をしておく。Kh-22は通常、海上を飛んで、空母群のだいたいの位置(KVO[円形確率偏差]300m)に来て、一番大きな鉄の塊に照準を合わせる。海の中で一番大きな鉄の塊は空母だから、空母をねらうわけである。ところが、地上の場合、この原理が適用できない。ラティニナ(https://novayagazeta.eu/articles/2023/01/17/arestovich-budet-rabotat-arestovichem)によれば、「ドニエプルでは、ロシア軍が破壊された9階建てのビルから4km離れた地元の火力発電所に向かって発砲したと考えることができる」としたうえで、「火力発電所の周りは本当に建物が少なく、荒れ地で、もしロケットがKVOの中に収まっていたら当たっていたかもしれない」とのべている。
だが、今回、もっとも注目すべき点は、対空ミサイルシステム(S-300)のミサイルが使ってキーウがねらわれたことである。私の尊敬するジャーナリスト、ユーリヤ・ラティニナの記事(https://novayagazeta.eu/articles/2023/01/14/inauguratsiia-raketami)をもとに解説してみよう。
このミサイルはマッハ6という極超音速で飛行する対空誘導弾で、重量は1.8トン、弾頭は150kgしかない。48N6E(改良型)の射程距離は150km、48N6E2は200kmとされている。ラティニナによれば、「ロシア、ウクライナ、ベラルーシの国境から220km離れたキーウを襲った」という。ただし、これでは届かない可能性があるから、射程距離400kmを超すS-400のミサイルが使用された可能性もある。
いずれにしても、本来、S-300もS-400も防空システムとして、そのミサイルは航空標的を攻撃するように設計されている。つまり、ミサイル自身は何も見ていないが、レーダーがターゲットを照らし出している。すなわち、上空に上昇し、レーダー照射により目標との位置関係を射程に収めるたけの時間が必要になる。
しかし、このミサイルのレーダーで地上の目標を照らすには、レーダーが地平線の上空にとどまっていなければならない。だが、ミサイル下降局面では、落下速度が加速度的に高まり、レーダーを照射して位置関係を定めること自体が不可能となる。ただし、このレーダー照射装置を取り外し、GLONASSと呼ばれる衛星測位システムの受信機を装備してミサイル誘導に転用することはできる。もちろん、こんな改良をしないまま、ミサイルを撃ち込むことも可能だ。
いまのところ、ロシア軍がどのようにこの対空ミサイルを地上攻撃に使用しようとしているかは不明だ。いずれにしても、ロシアはS-300のミサイルを7000発も保有しているとみられているから(S-400のミサイル数はこれよりもかなり少ない)、この新しいミサイル戦術が今後、どう戦争の帰趨に影響をおよぼすことになるかが注目されるのである。
パトリオットミサイルについて
ついでに、米国のパトリオットミサイルについて書いておきたい。これも、報道が不十分だからである。1月16日、米軍はウクライナ軍がオクラホマ州のフォートシルに到着し、高度な地上配備型防空システムであるパトリオットの操作に関する訓練を開始したと発表した。バイデン政権は12月に、ロシアのミサイルやドローンによるエネルギーインフラを含む民間人への攻撃を受けたウクライナの要求に応えるため、18億ドルの援助パッケージの一部としてこのシステムを送ると発表していたことを思い出してほしい。
このパトリオットミサイルについては、「パトリオットミサイルとは何か、なぜウクライナはそれを望むのか?」というNYTの記事(https://www.nytimes.com/2022/12/21/us/politics/patriot-missiles-russia-ukraine-us.html)と、「パトリオット・ミサイル・システムとウクライナ軍への支援方法」という「キーウポスト」の記事(https://www.kyivpost.com/post/5978)が参考になる。
2022年12月時点の報道では、米国はウクライナに、4発から8発の発射台とそれぞれ4発の迎撃ミサイル、発電機、レーダー、コントロールセンターを搭載した車両搭載型支援車両からなる「パトリオット・ミサイル・システム」を引き渡すという。同システムのレーダーは80kmの範囲で航空機サイズの物体を追跡し破壊することが可能であるとされている。だが、「10月にはじまったクレムリンのウクライナ電力網への無人爆撃作戦は、文字通りウクライナの1200キロメートル幅の空域で端から端まで行われたが、せいぜい150キロメートル幅未満の空隙を埋めることができる4発のパトリオット砲台1基では、深刻な障害にはならないだろう。」と、「キーウポスト」は冷静に伝えている。つまり、パトリオットミサイルがあれば、「万能」ということでは決してない。
さらに、問題なのはコストの高さである。「イランの無人機の価格は3万ドルから5万ドル程度と言われているが、パトリオットのミサイルの価格はおよそ100万ドルである」と「キーウポスト」は書いている。一方、NYTは、「戦略国際問題研究所によれば、迎撃ミサイル1発のコストは約400万ドル。発射台は1台1000万ドルである」と説明している。無償で利用するウクライナは何も感じないかもしれないが、米国民からみると、こんな高額のミサイルを使うことに疑問が浮かんでも不思議はないのである。
もちろん、このシステムを使いこなすには相当の訓練が必要となる。米国で使用されているパトリオット砲は、90人以上のオペレーターを必要とし、その訓練は6カ月に及ぶという話もある。これを短縮するにしても、ウクライナに実戦配備して利用できるまでには数カ月はかかるだろう。
欧米兵器の「実験場」と化すウクライナ
戦争そのものを分析する際に残念でならないのは、ウクライナが欧米兵器の「実験場」と化している現実である。CNNが「いかにしてウクライナは西側兵器と戦場革新の実験場となったか」という記事(https://edition.cnn.com/2023/01/15/politics/ukraine-russia-war-weapons-lab)を公表している。
欧米諸国は、性懲りもなく重戦闘戦車・装甲車のウクライナ支援を猛烈に増やそうとしている。1月6日、米国防総省はウクライナに対し、これまでで最大規模となる30億7500万ドルの新たな軍事支援を発表し、M2ブラッドレー歩兵戦闘車(IFV)50台を初めてウクライナに引き渡したと発表した。英国のベン・ウォレス国防長官は1月16日、チャレンジャー2戦車とその他の高性能軍事装備一式をウクライナに送る計画を確認し、今後数週間でチャレンジャー2戦車14台と、AS90と呼ばれる大型自走砲約30台、装甲車、ドローン、ミサイル、砲弾を送る予定であることを明らかにした。地雷除去戦車4台を提供することを決定したドイツは、ポーランドがドイツ製のレオパルト2戦車をウクライナに送ることを承認するよう強く要請されている。フィンランド、デンマークなど数カ国が同様の提供を検討している問題についても、今週中に前向きな決定がなされる予定となっている。
発端は、1月4日、フランスのエマニュエル・マクロン大統領が、ウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領に、軽装甲戦闘車AMX-10 RCを送ると伝えたことが明らかになったことだ。こうして、欧米諸国はウクライナにおける「代理戦争」のギアを一段上げ、ますます最新兵器を含む実践での「実験」に拍車をかけようとしている。
だが、1月16日、国連が発表した2月24日以降、全体で7031人の民間人が死亡、1万1327人が負傷したというニュースは重い。三度戦争保険に入り、実際の「戦争」を体験した私からみると、戦争を止めようとしない行為それ自体が「犯罪」そのものであると思える。戦争の悲惨さを知らない者たちが寄ってたかって、いい加減な情報を弄んでいることも気にかかる。だからこそ、こうしてより深くて、より真っ当な情報を提供しているわけである。
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