現状報告とマヌケなマスメディアへ:サックスの小論は必読だ

このサイトへのアップロードをさぼってきた理由は、いま『プーチン3.0』、『ウクライナ3.0』につぐ第三目の著書を書いているためだ。その原稿については、今後、紹介することができるだろう。

この新しい著書のために、毎日、死に物狂いで研究生活を送っている。こんなわたしにとって、昨日書いた部分の原稿は一刻も早く公表しておいたほうがいいという気にさせるものとなった。そこで、昨日分の拙稿を以下に公表しておく。

まだまだ書き直しが必要なのだが、心ある人は熟読して、よく勉強してほしい。とくに、マヌケなマスメディアの関係者は必読であると書いておこう。

 

 

 

 

*****************************************

(縦書きを横に印字)

第一章 ウクライナ戦争の現実:覇権主義の末路

 

 

 

 

 

  (1)嘘で塗り固められた民主国家

 

 二〇二二年六月二八日に公表された主要七カ国首脳会議(G7)のコミュニケの冒頭部分には、「法の支配を遵守する開かれた民主主義国家として、私たちは共通の価値観に基づき、ルールに基づく多国間秩序と普遍的人権へのコミットメントによって結ばれている」と書かれている。これを読んで、ずいぶん勝手な言い分をぬけぬけと書いていると感じるのは私だけだろうか。

 まず、「法の支配」(rule of law)を遵守するとあるが、本当か。ロシアによるウクライナ侵攻後、相次いでいる米国や欧州諸国主導の対ロ制裁は本当に「法の支配」のもとで実施されたと言えるのだろうか。戦争を長期化させる軍事支援を各国政府が国民の税金を使って行うことに各国の国民は本当に納得しているのか。

 G7参加国は自らを民主主義国家と位置づけているようである。だが、民主国家というのであれば、対ロ制裁の反作用として被害を受ける各国国民に了解を受ける必要があるだろう。だが、現状では、各国の既存の政治家がまったく恣意的な政治判断で勝手に制裁を決めている。各国国民に多大な悪影響がおよぶにもかかわらず、そうした制裁の是非を問うことは避けられている。こうした事態は民主主義と言えるのか。

 

 国家の嘘と、それを拡大するマスメディア

 ここで、ジャーナリストであるロバート・カプランがその著書『地政学の復讐』(The Revenge of Geography)のなかで、「民主主義国家だからといって、その国の外交政策が独裁国家よりも必ずしも優れている、あるいは賢明であるということにはならない」と的確に指摘していることを紹介したい。この文の後では、政治学者ハンス・モーゲンソー著『国家間の政治:権力と平和のための闘い』において、「民衆の感情を喚起する必要性は、外交政策そのものの合理性を損なわないはずがない」との記述が紹介され、「民主主義と道徳は同義語ではない」と断じている。

 肝に銘ずる必要があるのは、カプランのつぎの記述だ。「国内政治は法律によって規定され、合法的な政府が武力の行使を独占しているが、世界全体としてはまだ自然状態にあり、不正を罰するホッブズのリヴァイアサンは存在しないことである」というのがそれである。ゆえに、G7で何を決めようと、その言い分に民主主義も道徳律も反映されていないと警戒したほうがいい。

 モーゲンソーのような透徹した現実主義者は、国際関係が国内問題を支配している現実よりもより限定された現実によって支配されていることを知っている。わかりやすく言えば、いま現在の覇権国家アメリカ合衆国(米国)の言いなりになるしかない現実がいまのG7であり、そのコミュニケは米国主導の一方的な見方が記されているだけなのである。

 残念ながら、こうした現実を知りながら、各国マスメディアは本書で指摘しているような基本的事実について懇切丁寧に説明しようとはしない。むしろ、米国に言いなりのG7の実態にはふれないまま、G7の結束が強いことを報道する。

 こうして現実は歪められてしまう。マスメディアがその歪みを補強・拡大しているのだ。第一章では、こうした恐ろしい事態がウクライナ戦争そのものの実態を覆い隠す要因となっていることを明らかにしたいと考えている。

 

  (2)ウクライナは「最新のネオコン災害」

 

 G7諸国の多くの国民は騙されている。各国のマスメディアがウクライナの現実をきちんと報じないからである。ただ、米国には優れた分析家がおり、的確な現状分析の情報を提供してくれている。その結果、ウクライナ戦争の現実について少しの国民は的確に理解しているように思う。具体的に言えば、シカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授の主張は正しい。彼の主張については、拙著『プーチン3.0』のなかで詳しく解説したので、関心のある読者はそれを読んでほしい。

 ここで紹介したいのは、有名な経済学者、ジェフリー・サックスの意見である。彼は2022年6月27日、「ウクライナは最新のネオコン災害である」というタイトルの小論(https://www.jeffsachs.org/newspaper-articles/m6rb2a5tskpcxzesjk8hhzf96zh7w7)を公表した。その内容はきわめて興味深い。それを紹介することで、ウクライナ戦争の現実に対する正しい理解を深めてほしいと思う。

 その出だしは、「ウクライナ戦争は、アメリカ新保守主義運動(American neoconservative movement)の30年にわたるプロジェクトの集大成である」というものだ。この新保守主義こそ、「ネオコン」と呼ばれる主張を指している。その中身については、拙著『ウクライナ2.0』や『プーチン3.0』、『ウクライナ3.0』のなかで何度も解説しているが、サックス自身はその主要メッセージとして、「米国は世界のあらゆる地域で軍事的に優位に立たなければならず、いつの日か米国の世界または地域の支配に挑戦する可能性のある地域の新興勢力、とくにロシアと中国に立ち向かわなければならない、というものである」と説明している。

 このネオコンの源流については、1970年代にシカゴ大学の政治学者レオ・シュトラウスとイェール大学の古典学者ドナルド・ケーガンの影響を受けた数人の公的知識人のグループを中心に発生したとしている。前者は1937年に米国に移住したドイツ生まれのユダヤ人であり、後者はリトアニア生まれのユダヤ系で、幼少期に米国に移住した。ネオコンの指導者には、ノーマン・ポドレツ、アーヴィング・クリストル、ポール・ウォルフォウィッツ、ロバート・ケーガン(ドナルドの息子)、フレデリック・ケーガン(ドナルドの息子)、ヴィクトリア・ヌーランド(ロバートの妻)、エリオット・アブラムズ、キンバリー・アレン・ケーガン(フレデリックの妻)などがいる。

 注意喚起しておきたいのは、キンバリー・ケーガンこそ、いま話題の戦争研究所の創設者で、代表を務めているという事実についてである。ウクライナ戦争の分析をネオコンそのものが行っているのである。これでは、中立的な分析はできないのではないかと疑わなければならない。にもかかわらず、戦争研究所の情報に頼り切った正確とは思えない情報がマスメディアによって世界中に拡散していることに注意しなければならない。

 サックスは、「バイデン政権は、セルビア(1999年)、アフガニスタン(2001年)、イラク(2003年)、シリア(2011年)、リビア(2011年)でアメリカが選択した戦争を支持し、ロシアのウクライナ侵攻を誘発するために多くのことを行ったのと同じネオコンで占められている」と指摘したうえで、「ネオコンの実績は容赦なき失敗のひとつだが、バイデンは自分のチームをネオコンで固めている」という。さらに、「その結果、バイデンはウクライナ、米国、そして欧州連合を、またもや地政学的大失敗へと向かわせようとしている。もしヨーロッパに洞察力があれば、このような米国の外交政策の大失敗から自らを切り離すだろう」とまでのべている。

 

 ウクライナを戦場にしたネオコン

 ウォルフォウィッツは1992年の段階で、1990年にドイツのハンス・ディートリヒ・ゲンシャー外相が、ドイツの統一に続いてNATOの東方拡大を行わないことを明確に約束したにもかかわらず、米国主導の安全保障ネットワークを中・東欧に拡大することを求めていたことがわかっている(「国防政策指針」[https://urldefense.proofpoint.com/v2/url?u=https-3A__twitter.us19.list-2Dmanage.com_track_click-3Fu-3D50ec04f7fdd8f247aecfa0ddf-26id-3D7bc71b49d9-26e-3Dff0adffdb1&d=DwMFaQ&c=009klHSCxuh5AI1vNQzSO0KGjl4nbi2Q0M1QLJX9BeE&r=54-7v4qCb6WmtrgGS5QIjONkCgb6ZyQCWjfYJFU6khc&m=2N4n-eITVVsW5f1cjlgk1kvOSjCh_MnhstABNCmj-DCmFCIts27M5yBht_QkdkWG&s=Pni_voTn1Hdu4yI-ZLyMbPkRtF8veHgyf9Btzd-sImM&e=

]を参照)。

 さらに、『プーチン3.0』や『ウクライナ3.0』で紹介したように、1993~94年当時、米国家安全保障会議のスタッフだったサンディー (アレクサンダー)・ヴェルシュボフ、ニック(ニコラス)・バーンズ、ダン(ダニエル)・フリードは「NATO 拡大へ向けて」というロードマップを描いていた。三人は1994年10月4日付の「NATO 拡大へ向けて」 (https://www.archives.gov/files/declassification/iscap/pdf/2016- 140-doc05.pdf)をもとに、10 月 12 日付の「NATO 拡大へ向けて」 (https://www.archives.gov/files/declassification/iscap/pdf/2016-140-doc07.pdf)を完成させる。最初の草稿にはなかった「ウクライナ、バルト諸国、ルーマニア、 ブルガリアに加盟の門戸を開き、すべての候補者が同じ原則を満たす必要があることを強調する」という項目が加えられているのが特徴だ。

 それだけではない。ネオコンは2008年にジョージ・W・ブッシュの下で米国の公式政策となる以前から、ウクライナへのNATO拡大を唱えていた。2006年月日付の「ワシントン・ポスト」(https://www.washingtonpost.com/archive/opinions/2006/04/30/league-of-dictators-span-classbankheadwhy-china-and-russia-will-continue-to-support-autocraciesspan/5948eda4-ccde-46d7-8655-9ae991d0bf6f/)で当時、定期的に寄稿していたロバート・ケーガンは、「西側民主主義諸国が推進し、支援したウクライナの自由化の成功は、同国をNATOやEUに編入するための前段階、つまり西側の自由主義覇権の拡大ではないだろうか?」と書いた。これは、2005年にウクライナに誕生した親米のヴィクトル・ユシチェンコ大統領の余勢をかって、NATOやEUにウクライナを加盟させようとしていたネオコンの野望を示している。

 ネオコンは、ロシアが自国の防衛のために、また、自国の帝国主義を誇示するために、ウクライナのNATO加盟を阻止しようとしてきたことを熟知していた。しかし、ネオコンは米国の「覇権」を求め、ウクライナの中立化ではなく、あくまでNATO側に引き入れようとしたのである。そのための工作を担ったのがロバートの妻、ヌーランドだ。

 

 現在の大ボス、ヌーランド

 ブッシュ時代にNATO大使(2005~2008 年まで NATO常駐代表)、2013年から17年までバラク・オバマ政権下で欧州・ユーラシア担当国務次官補を務めたヌーランドは、現在、バイデン政権で国務省次官の要職にある。

 前述したフリードは 2005 年5月5日から2009年5月15日まで、欧州・ ユーラシア問題担当国務次官補を務めており、フリードからヌーランドへの連携がある。ヌーランドは国務省次官補当時、ウクライナ危機を背後で操り、2014年2月、当時のウクライナ大統領、ヴィクトル・ヤヌコヴィッチをクーデターで追い落とすことに成功する。

 このクーデターについては、拙著『ウクライナ・ゲート』や『ウクライナ2.0』で詳しく説明したので、ここでは繰り返さない。ネオコンである彼女は、ウクライナ西部でくすぶっていたウクライナ語を母語とする貧しい住民をナショナリストに仕立て上げ、武力闘争まで教え込む。なかには、ロシア系住民への暴力を厭わない超過激なナショナリスト集団、ライトセクターまで登場する。こうした過激なナショナリストがロシア系住民に暴力をふるったことがプーチンの介入を引き起こし、結局、クリミア半島はロシアによって併合されてしまう。

 こうして、ヌーランドはますますロシアに対して憎悪をいだくのだ。それだけではない。ネオコンはその憎悪を復讐によって、つまり、戦争という暴力で晴らすことを計画した。虎視眈々と、ウクライナ戦争を準備したのである。この点については、『ウクライナ3.0』のなかで詳しく分析した。要するに、米国政府は2014年以降、ウクライナへの軍事支援を継続し、2021年1月のバイデン政権誕生後に急速に軍事支援を積極化するのである。2021年3 月25日、ゼレンスキー大統領は「軍事安全保障戦略」を承認する大統領令を出す。優先順位の高い項目として、「ウクライナの NATO への完全加盟」がうたわれている戦略が認められたことで、ロシアとの対立は決定的になるのである。

 ヌーランドが国務省次官として復活するのは2021年5月だ。その後、ウクライナのゼレンスキー大統領は公然とクリミア奪還などを叫ぶようになる。ネオコンで固められたバイデン政権はロシアの怒りを促すかのような政策を公然と行う。すなわち、ロシアを戦争に向かわせるように煽動したのである。

 

 ネオコンは「ロシアとの軍事衝突を誘発」

 ゆえに、サックスは、「「ウクライナのための戦い」では、ネオコンはロシアの猛反対を押し切ってNATOを拡大し、ロシアとの軍事衝突を引き起こす用意があった」と指摘している。その理由として、「ネオコンはロシアが米国の金融制裁とNATOの兵器によって敗北すると熱狂的に信じているからだ」としている。

 復讐心に煽られて、バイデン政権を主導するネオコンは厳しい対ロ制裁を科している。それだけでなく、欧州諸国や日本などにも同調を求め、制裁と軍事支援によるロシアの弱体化をはかろうとしている。

 こんなネオコンに対して、サックスの評価は手厳しい。「ネオコンの見解は、米国の軍事的、財政的、技術的、経済的優位性によって、世界のすべての地域で条件を決定することができるという、極めて誤った前提に基づいている」と、一刀両断にしている。「これは、驚くべき傲慢さと、驚くべき証拠の軽視の両方の立場である」として、ネオコンを非難している。

 私は、サックスの見解を全面的に支持したいと考えている。

*****************************************

 

(Visited 170 times, 1 visits today)

コメントは受け付けていません。

サブコンテンツ

塩原 俊彦

(21世紀龍馬会代表)

このページの先頭へ