黒海輸送協定をめぐって
(拙著『復讐としてのウクライナ戦争』の補足注)
WP(https://www.washingtonpost.com/world/ukraine-says-grain-coming-to-somalia-but-russia-skeptical/2022/09/07/8ed30dba-2e8b-11ed-bcc6-0874b26ae296_story.html)が9月7日伝えたところによると、国連、トルコ、ロシア、ウクライナによって運営されている共同調整センター(JCC)は、AP通信への電子メールで、ほぼすべての商業船舶である100隻の出港船が、これまでに230万トン以上を積んでウクライナの港を出港し、47%の貨物がウクライナからアジアに送られ、そのうちの20%が小麦の主要製粉業者として人気の高いトルコに送られた。JCCによると、36%がヨーロッパ、17%がアフリカに送られ、そのうちの10%がエジプトに送られた。イギリスの国防情報局は9月11日に、国連の数字によるとして、穀物の約30%がアフリカ、中東、アジアの低・中所得国に向けられていたとした(NYT[https://www.nytimes.com/live/2022/09/11/world/ukraine-russia-war#britain-joining-the-us-rejects-putins-criticism-of-a-grain-export-deal]を参照)。
10月17日の情報(https://www.nytimes.com/live/2022/10/17/world/russia-ukraine-war-news#russia-threatens-to-block-extending-the-ukraine-grain-deal)では、120日間の期限で11月19日に期限切れとなる予定の「黒海穀物イニシアティブ」(国連・トルコがロシアとウクライナを仲介して締結された、黒海からの農産物および肥料の輸出に関する協定)の延長はこの時点では合意されていない。ロシアは、食糧と肥料の輸出に関するモスクワの要求が満たされない場合、この協定の延長を拒否すると脅しているという。なお、11月上旬時点の情報(https://www.economist.com/international/2022/11/02/how-men-with-guns-aggravate-global-hunger)では、トルコと国連は、11月19日までの協定をさらに4カ月延長するようロシアを説得しようとしているが、この時点までには成功していない。
10月29日、ロシア国防省は、ウクライナが無人機でクリミアのセヴァストポリの黒海艦隊を攻撃し、掃海艇が損害を受けたと発表した。一説(https://www.rbc.ru/politics/30/10/2022/635ed9dc9a794732bcdb1833?from=from_main_1)には、9機の飛行ドローンと7機の海上ドローンが攻撃に関与しており、国防省はこれを「テロ」と表現した。同省によると、イワン・ゴルベツ号掃海艇は軽度の損傷を受けたという。これを受けて、ロシア外務省は、29日から無期限で、ウクライナの港から穀物やその他の農産物を輸出する協定への参加を停止すると発表した。これにより、7月に締結された「黒海穀物イニシアティブ」は頓挫した。
10月28日に発表された事務総長報道官の声明(https://www.un.org/sg/en/content/sg/statement/2022-10-28/statement-attributable-the-spokesperson-for-the-secretary-general-the-agreements-facilitate-the-export-of-food-and-fertilizer-ukraine-and-russia)によると、黒海穀物イニシアティブの下での穀物やその他の食品の輸出は、ロシア、トルコ、ウクライナ、国連の代表からなる共同調整センターの緊密な監視と調整により、900万トンを突破していた。国連のデータによると、790隻以上の貨物航海(入港395隻、出港399隻)が許可されたという(NYT[https://www.nytimes.com/live/2022/10/30/world/russia-ukraine-war-news?action=click&module=Well&pgtype=Homepage§ion=World%20News#grain-deal-russia-ukraine]参照)。
10月30日のロシア側の報道(https://tass.ru/mezhdunarodnaya-panorama/16199239)では、ウクライナ、トルコ、国連の代表団は10月31日の海上人道回廊における14隻の船舶(ウクライナから12隻、到着2隻)の交通計画に合意したという(ウクライナ側の報道[https://lb.ua/economics/2022/10/30/534231_ruh_218_suden_shcho_berut_uchast.html]では、10月30日現在、ウクライナ側は共同調整センターから安全回廊の通行と視察の許可を受けていない218隻の船舶の移動が遮断されているという)。ロシアはこの合意にかかわっていない。今後、ロシア抜きでも船舶の安全が確保されるかどうかは不明だ。ロシア側としては、黒海穀物イニシアティブと同時に署名された「ロシアの農産物や肥料の輸出に関する様々な制限を解除する」必要性についての覚書の実施に、ロシアは依然不満をもっている。民間の船会社や保険会社、銀行などが制裁にひっかかるのではないか、ロシアと取引すると評判が悪くなるのではないか、とロシアへの穀物や肥料の輸出に消極的になっていた結果、ロシアからの農産物や肥料の輸出が滞りがちとなっているのだ。黒海穀物イニシアティブの今後と合わせて、こうした問題が焦点となりそうだ。なお、11月11日付の情報(https://www.rbc.ru/politics/11/11/2022/636ead4f9a79472c483aa9c9?from=from_main_6)によると、国連職員がロシア代表団と会合を開き、ロシアの食糧および肥料の輸出について協議した。国連側は、会合についての声明の中で、最初の肥料の出荷は来週行われ、南アフリカのマラウイに送られるだろうとのべたという。
11月2日、ロシアは穀物取引に復帰することを発表した。国防省のイーゴリ・コナシェンコフ中将が、ロシアの黒海粒子構想への参加を再開することを明らかにしたのだ。ロシア側は、ウクライナから穀物回廊を対ロシア戦闘行為に使用しないとの書面による保証を得たという。トルコのエルドアン大統領の仲介によるものとみられている。
10月末に「フィナンシャル・タイムズ」(https://www.ft.com/content/89b06fc0-91ad-456f-aa58-71673f43067b)が伝えたところでは、ロシア政府から占領地域の統治を託されたザポリ―ジャ州当局は2022年5月、国営穀物商社を設立し、同州の「軍民行政府」が地元農家から穀物を買い入れ、輸出向けに転売する機関とした。だが、実際には、同州のウクライナ人の倉庫から盗んだ穀物や、彼らの所有する畑から収穫した穀物を転売・輸出しているという。これが、ウクライナ占領地域でロシアが行っている実態であるとみられる。こうした密売や密輸には、長くロシア連邦保安局(FSB)がかかわってきた歴史があることを考慮すると、国営穀物商社を通じた利益はFSBに流れているものと推察できる。FSB組織のものとなるのか、FSB幹部の個人的利益になるのかまではわからないが、こうしたかたちで「戦争ビジネス」が行われていることも記憶にとどめておくべきだろう。
肥料市場について
ついでに、肥料について説明しておこう。2022年11月、世界貿易機関(WTO)と国連食糧農業機関(FAO)は世界の肥料市場に関する共同調査結果(https://www.wto.org/english/news_e/news22_e/igo_14nov22_e.pdf)を発表した。それによると、ウクライナ戦争に関連して、パンデミック後の回復の最中にある世界経済の見通しに深刻な打撃を与え、サプライチェーンの問題を悪化させ、貿易の流れに影響を与え、貿易コストを引き上げ、さらにエネルギー、農産物、肥料の価格にインフレ圧力をかけているという。ロシアとウクライナはともに、農産物の純輸出国であり、世界の食料品市場において主要な供給国としての役割を担っているとしてうえで、ロシアは肥料において、2021年には窒素(N)肥料の輸出国第1位、カリウム(K)肥料の供給国第2位(第3位はベラルーシ)、リン(P)肥料の供給国第3位となる世界最大の肥料輸出国であると指摘している。
肥料市場の動向については、もっとも顕著な上昇は窒素肥料で、N-尿素の名目価格は2020年初頭から3倍以上に上昇し、黒海スポット価格(バルク)は2020年1月に215米ドル/トン、2022年9月には678米ドル/トンとなった。
リン酸肥料(P)の価格も連動して上昇している。主要複合肥料であるリン酸二アンモニウム(DAP)は、同期間に265米ドル/トンから752米ドル/トンへとほぼ3倍に上昇した。DAP肥料の価格上昇は、N成分の価格上昇を反映しているが、P肥料の価格上昇の影響も同様にある。
他方で、カリ肥料(K肥料)の価格は2022年の初めまであまり影響を受けず、塩化カリウム(KCI)の基準スポット価格は2020年1月の245ドル/トンから2022年1月には221ドル/トンへとわずかに減少した。しかし、2022年3月にベンチマーク価格は563米ドル/トンに急騰し、これ以降、この水準で推移している。
2023年にかけての肥料市場の見通しについては、ウクライナ戦争がまだつづいているため、ロシア連邦からの輸出が減少するのではないかという見方が広がっていると報告書は指摘している。興味深いのは、少なくとも2022年の最初の7カ月間、ロシアからの肥料輸出量は大きな減少を示さなかった点である。2022年上半期の国際価格の上昇により、ロシアの肥料輸出額は増加さえしているのだ。
ただ、カリウム肥料の主要供給国であるベラルーシからの貿易量は著しく縮小している。貿易相手国の輸入統計によると、ベラルーシのカリウム肥料の輸出は2021年上半期の362万トンから2022年上半期の195万トンに減少した。直近数カ月の輸入統計によると、ベラルーシからの供給量の減少が加速しており、ブラジルと中国だけが同国から相当量のカリウム肥料を購入している。
国際肥料協会(IFA)の2022年秋の推計では、欧州の窒素肥料工場の50~70%が生産能力を抑えているという。ガス価格が高すぎて窒素肥料工場を採算が取れるように運営できないだけでなく、特に北欧では温室の暖房を運営するにも高すぎるため、2022/23年の冬期には果物や野菜の供給に重くのしかかる可能性がある、と指摘されている。これらの製品の価格は高止まりするか、あるいはさらに上昇し、食料価格によるインフレ圧力をさらに強めることが予想される。こうした状況を受けて、欧州委員会は最近、窒素肥料の生産に使用される2つの主要中間財、すなわちアンモニアと尿素の関税を2024年末まで一時停止することを理事会に提案した。
前述したIFAは、2022/23年に3つの主要栄養素の使用量がすべて減少すると予想している。N肥料の使用量は、IFAの基本シナリオでは1.8%減少すると予想され、悲観シナリオでは4.8%に悪化する。P肥料の使用は、IFA基本シナリオでは3.5%の減少が見込まれるが、悲観シナリオでは6.5%まで減少する可能性がある。K-肥料の使用量は、基本ケースでは10%近く減少し、悲観シナリオでは13.0%も減少すると予想される。2023年の肥料年については、IFAは、2022年の落ち込んだ使用量から緩やかに回復する程度と予想している。過去の危機を見ると、このような肥料使用量の減少は珍しいことではない。たとえば、P 肥料価格が急騰した 2008/09年、世界の平均P肥料使用量は2007年と比較して8%減少し、K肥料は16%減少している。
最後に、法外な国際価格、貿易通貨である米ドルに対する急速な通貨の下落、ロシア・ルーブルの上昇 (ロシアの輸出品をより高価にする)、高い債務水準、非効率な輸送・販売インフラなどにより、多くの アフリカ諸国が外部からの支援なしに国際肥料市場にアクセスできないのではないかという懸念が高まっている、と指摘されていることに注意喚起しておきたい。
ロシアの肥料輸出について
ロシア政府は、ロシアからの特定の種類の肥料の輸出枠を2023年に延長する予定だ。もともと輸出枠は、2021年末に窒素肥料と硝酸アンモニウムの不足に直面した農家の要請で設定されたものであった。ロシア側の報道(https://www.kommersant.ru/doc/5679582)によると、産業・商業省は、ロシアからの窒素肥料と複合肥料の輸出枠を2023年5月31日まで延長することを提案する政府令案を作成した。割当量はそれぞれ700万トン、490万トンに設定される予定である。2023年の輸出枠の割当量の見込みは、2022年7月1日から12月31日まで有効なこれらの種類の肥料の制限値より、それぞれ15.7%と16.9%低い水準となっているという。
この政策は、あくまで国内向けの肥料提供を最優先しつつ、輸出も行うという政策だ。ロシア外務省によると、ロシア政府による対外制裁により、2022年3月から9月までのロシアからの肥料輸出は前年同期比38%減となり、世界の消費者は約800万トンの原料を手に入れることができなくなったままである。他方で、産業・商業省は、2022年末までに肥料の総輸出量が2021年の水準(3760万トン)を維持すると予想している。
黒海穀物イニシアティブの延長
11月17日、黒海穀物イニシアティブと呼ばれる協定の当事者であるウクライナ、トルコ、国連の3カ国は同協定の120間の延長を発表した。ロシア外務省も、11月19日に期限切れとなる予定だった協定の延長に同意したことを確認した。さらに、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は11月16日に、ロシアのプーチン大統領から同協定更新へのゴーサインが出されたと発表していた。
ロシア側の情報(https://www.kommersant.ru/doc/5669779)によると、協定延長の見返りとして、ロシアは再び、ロシアの農産物や肥料が世界市場に妨げられることなくアクセスできるよう作業を継続するとの確約を得たとしている。ただし、ロシアによるウクライナへの軍事行動の開始と欧米の新たな制裁措置により、ロシアの穀物輸出企業は、船舶のチャーター、貨物保険、支払いに困難をきたしており、この問題の改善は進んでいないとみられている。
別の情報(https://expert.ru/expert/2022/47/zernovaya-sdelka-snova-bet-v-odni-vorota/)では、新シーズン(7月初旬以降)のロシアからの穀物輸出は、前年同期比でほぼ1/3に減少した。11月第2週から穀物輸出が若干活発化したことは専門家も認めているが、今後の見通しははっきりしない。
ようやくアフリカへロシア産肥料の輸送開始
11月29日、国連事務総長の報道官は、その声明(https://www.un.org/sg/en/content/sg/statement/2022-11-29/statement-attributable-the-spokesperson-for-the-secretary-general-the-shipment-of-fertilizer-russian-federation-producers)のなかで、最初の出荷となる2万トンの肥料が29日より国連世界食糧計画(WFP)のチャーター船でオランダを出発し、モザンビーク経由でマラウイに向け出荷されたことを明らかにした。この肥料は、今後数カ月の間にアフリカ大陸の他の多くの国々に向けられる一連の肥料出荷の第一弾となる予定である。
これは、7月22日にイスタンブールで署名された黒海穀物イニシアティブの一部として、ロシア政府が世界の食糧難に対処するため、欧州の港や倉庫に保管されているロシアの肥料生産者からの26万トンの肥料を寄贈するもので、ようやくその一部が輸送開始されたことを意味している。
声明では、「2019年以降、肥料価格は250%上昇し、農家、とくに発展途上国の零細農家を生産から締め出す「肥料不足」を生んでいる。今年の窒素肥料不足により、来年の主食作物(トウモロコシ、米、小麦)の生産量は6600万トン、人類のほぼ半分である36億人の1カ月分の食糧に相当するほどの生産ロスになる可能性がある」と指摘されている。
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