「システム2」思考の重要性

「システム2」思考の重要性

ダニエル・カーネマン著『ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるか?』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫、上下)を読むと、「システム1」と「システム2」という思考の違いに注目していることに気づく。この区分を最初に提案したのは、リチャード・ウェストであり、その共同研究者のキース・スタノビッチも基本的に同じだ。

カーネマンのまとめたシステム1の特徴には、下記のようなものがある。

1. 印象、感覚、傾向を形成する。システム2に承認されれば、これらは確信、態度、意志となる。

2. 自動的かつ高速に機能する。努力はほとんど伴わない。主体的にコントロールする感覚はない。

3. 特定のパターンが感知(探索)されたときに注意するよう、システム2によってプログラム可能である。

4. 適切な訓練を積めば、専門技能を磨き、それに基づく反応や直感を形成できる。

5. 連想記憶で活性化された観念の整合的なパターンを形成する。

6. 認知が容易なとき、真実だと錯覚し、心地よく感じ、警戒を解く。

7. 驚きの感覚を抱くことで、通常と異常とを識別する。

8. 因果関係や意志の存在を推定したり発明したりする。

9. 両義性を無視したり、疑いを排除したりする。

10. 信じたいことを裏付けようとするバイアスがある(確証バイアス)。

11. 感情的な印象ですべてを評価しようとする(ハロー効果)。

12. 手元の情報だけを重視し、手元にないものを無視する(「自分の見たものがすべて」WYSIATI)。

13. いくつかの項目について日常モニタリングを行う。

14. セットとプロトタイプでカテゴリーを代表する。平均はできるが合計はできない。

15. 異なる単位のレベル合わせができる(たとえば、大きさを音量で表す)。

16. 意図する以上の情報処理を自動的に行う(メンタル・ショットガン)。

17. 難しい質問を簡単な質問に置き換えることができる(ヒューリスティック質問)。

18. 状態よりも変化に敏感である(プロスペクト理論)。

19. 低い確率に過大な重みをつける。

20. 感応度の逓減を示す(心理物理学)。

21. 利得より損失に強く反応する(損失回避)。

22. 関連する意思決定問題を狭くフレームし、個別に扱う。

 

システム2は、「複雑な計算など頭を使わなければできない困難な知的活動にしかるべき注意を割り当てる」もので、その働きは、「代理、選択、集中などの主観的経験と関連づけられることが多い」とされている。

具体的に二つのシステムがどうなっているかというと、「システム1とシステム2は、私たちが目覚めているときはつねにオンになっている。システム1は自動的に働き、システム2は、通常は努力を低レベルに抑えた快適モードで作動している」という。「システム1は、印象、直感、意志、感触を絶えず生み出してはシステム2に供給する。システム2がゴーサインを出せば、印象や直感は確信に変わり、衝動は意志的な行動に変わる。万事とくに問題のない場合、つまりだいたいの場合は、システム1から送られてきた材料をシステム2は無修正かわずかな修正を加えただけで受け入れる。そこで、あなたは、自分の印象はおおむね正しいと信じ、自分がいいと思うとおりに行動する」というのが大雑把な理解である。

 

あまりに多い「システム1」思考

なぜこんな話を書いたかというと、デジタル化が進むにつれて、人間の脳のうち、システム2の活動がますます怠惰になり、システム1を使って直感的に判断する人間がきわめて増えているのではないかと懸念しているからだ。

たぶん、このサイトを読んでいる大学生の脳もまた、ここまでの記述を読むだけでは、システム1にとどまっており、「かったるい」という気持ちが支配的なのではないか。

そこで、わかりやすい例を示してみたい。

それは2019年9月23日の国連「気候行動サミット2019」の前に国連の場で世界全体に大人たちの認識の甘さを非難すると同時に一刻も早い行動を迫った、スウェーデン生まれの16歳の少女、環境活動家グレタ・トゥーンベリをめぐる「思考」についてである。

この少女の切実な訴えを聞いて、あなたはなにを思っただろうか。“How dare you!”( 「よくもそんな風でいられるわね」)と彼女が叫ぶとき、彼女の激しい怒りに心が揺さぶられたかもしれない。だからこそ、たとえば、朝日新聞オピニオン編集部次長の山口智久は「国連で怒ったスウェーデンの少女グレタの思い」を論座のサイトにアップロードしている。読者もこれを読めば、グレタがどんな少女で、どのような経緯で国連の場までやってきたかがわかるだろう。

しかし、そうした説明を読んでも、私からみると、そこでの思考はシステム1にとどまっているように思われる。前記8の「因果関係や意志の存在を推定したり発明したりする」や、10の「信じたいことを裏付けようとするバイアスがある(確証バイアス)」、11の「感情的な印象ですべてを評価しようとする(ハロー効果)」などが複合的に働いた「安易な思考」のように感じられるのである。

 

「システム2」思考をせよ

もちろん、私自身、こうしたシステム1の思考を避けては通れない。しかし、システム2のレベルまで思考を高めるべく意図的に努力しようと心掛けている。どういうことか。

グレタの懸命な声に心を動かされたうえで、「イデオロギー的闘争における子ども利用は全体主義イデオロギーの古典的サインである」という記事を書いた人物がいる。ロシア語の新聞『ノーヴァヤ・ガゼータ』の記者、ユーリヤ・ラティニナである。過去に2、3度、モスクワで彼女と話したこともある。ロシアでもっとも優れたジャーナリストであると、私が評価している人だ。この記事(2019年No. 108)はシステム2にまで思考が到達しえた、きわめて優れた内容になっていると、私には思われる。

ラティニナは、修道士ジローラモ・サヴォナローラを思い出すように指摘している。これだけで、ピンとくる人はそこそこの教養人だろう。詳しくは、「世紀末のフィレンツェはサヴォナローラの支配下に…ボッティチェリにも影響!」(https://firenzeguide.net/girolamo-savonarola/)を読んでほしい。要するに、彼は厳格な神権政治をフィレンツェで実現するように要求するようになり、暗にメディチ家の贅沢三昧や乱れた風紀を糾弾する。その際、彼が利用したのがフィレンツェに住む10代の若者たちであった。彼らは富豪の家の門を打ち壊し、通行人から贅沢な宝石を略奪したり、さらには、虚栄の焼却の篝火(bonfire of vanity)を行うまでになる。この篝火はかつら、付け髭、鏡と香水、衣服や装身具、貴婦人の胸像や肖像画などの世俗的に人を惑わし虚栄心に満ちた品々を燃やした。こうしてサヴォナローラは権力基盤を固めていったのである。

スターリンは、12歳から16歳くらいの少年少女が彼らの両親に対するスパイとなることが全体主義国家にいかに役立つかに熟知していたと、ラティニナは指摘している。それは、毛沢東が紅衛兵を利用したことにつながっている。毛沢東は1966年5月、清華大学附属中学(日本の高等学校相当)の学生からなる紅衛兵を組織化し、それが北京地質学院附属中学、北京大学付属中学などへ広がったのだ。

こうした過去の歴史を知っていれば、グレタの活動の背後に彼女の想いだけではない別の要素をかぎ取ることもできるかもしれない。少なくともその可能性について慎重に見極める姿勢が求められる。ラティニナは、「社会を単一の考えに強制するために子どもを利用するのは全体主義的イデオロギーの古典的サインである」と明確にのべている。ラティニナは、全体主義のイデオロギーがたとえば科学的共産主義のように、それ自体科学を装ってきたことに注意を向けている。彼女によれば、階級としてのプロレタリアートが消失して以降、世界全体の左翼は近代的な西側のポスト産業文明のすべての成果に永久闘争を挑める新しい利害集団を探しつづけてきたのであり、その例がイスラム諸国からの移民なのであり、白人男性が抑圧する女性であり、そしてもう一つの利害集団として見出されたのが少年少女たちということになる。

もちろん、このラティニナな論評がどこまで正しいかをめぐってはさらなるシステム2に基づく検討が必要だろう。ただ、ここで言いたいのは、少なくともラティニナの思考がシステム2に達しているということだ。私が求めるのは、こうした「深い思考」により多くの人々が接して、自分でもシステム2思考ができるようになってほしいということなのだ。

 

『論座』のサイト

私は2019年9月26日から朝日新聞が運営する『論座』にときどき論考をアップロードすることになった。最初の記事は「中国で「サイバーセックス」の奴隷になる脱北女性:罠にはめられた女性たち。サイバー空間で広がる現代版セックス・スレイヴズを直視せよ

」というものだ(https://webronza.asahi.com/politics/articles/2019092400002.html)。日頃、システム1でしか考えていない多くの人々に、システム2で考えることの必要性を「おどろおどろしい」タイトルで迫っていることになる。

つぎにサイトに載るのは、ドナルド・トランプ大統領をめぐる弾劾審議手続き開始にかかわる問題となる。おそらくシステム1の世界で生きている人々は、「またトランプがやらかしたか」程度の認識しかもたないだろう。せいぜい、2020年米大統領選の民主党の最有力候補者、ジョー・バイデンおよびその息子ハンターがバラク・オバマ大統領当時の副大統領としてウクライナで行った「不正捜査」で、いまのウクライナ大統領ウォロディミル・ゼレンスキーに圧力をかけたことがトランプの権力濫用にあたるのではないかということが問題になっているらしいと思っている程度であろう。

そうしたシステム1レベルの思考では、「真相」に近づくことはできない。システム2思考が必要なのだ。そこで、この問題をシステム2レベルで考えるとどうなるかを書いておいた。

今後ますます、テレビや新聞に登場する専門家の数多くの言論と私の分析を比べてみてほしい。システム2レベルの思考と、システム1にとどまったディレッタントな言論の違いをよく感じてほしいと心から願っている。はっきり言って、システム2レベルにある私のこの問題に関する分析に匹敵するだけの言説を吐けるだけの日本人がいるとは、私は思っていない。まあ、レベルが低すぎるのだ(拙著『ウクライナ・ゲート』[社会評論社、2014年]、『ウクライナ2.0』[社会評論社、2015年]を読んでもらえれば、ウクライナ問題の核心に迫れるだろう)。

 

「ディスインフォメーション」対策

このサイトで何度も紹介してきた概念に「ディスインフォメーション」がある。「意図的で不正確な情報」を流し、情報操作(manipulation)しようとするものだ。私がシステム2の重要性を説いているのは、このディスインフォメーションに騙されないようになるには、システム1レベルですませるのではなくて、ときにはシステム2レベルでよく考えるという習慣を身につける必要があると思っているからなのだ。

私からみると、システム1レベルの情報が日本中にあふれている。だからこそ、私は基本的にNew York Times、Washington Post、The Economistを情報源としている。日本語の情報はバイアスがかかりすぎていて、あまり信頼できないからだ。とくに、NHKは最低だ。テレビで言えば、テレビ東京のニュースがお勧めだろう。日頃読まない日本語新聞だが、しいて言えば、日本経済新聞だけはシステム1からシステム2まで思考を引き上げるための機会を数多くあたえてくれる。

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塩原 俊彦

(21世紀龍馬会代表)

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