岩波書店の取次・不退書店の閉店に寄せて

岩波書店の取次・不退書店の閉店に寄せて

塩原 俊彦

岩波書店の書籍を卸してきた取次・不退書店の閉店が発表されました。岩波書店から2冊の本を出しているとはいえ、別に取り立てて感慨があるわけではありません。ただ、電子化の荒波を考えると、時代の流れに抗うことの難しさに嘆息するばかりです。

もちろん、こうした流れを安易に正当化する気分にはなれません。かといって、電子化に抵抗することで既得権益を守ろうとする動きにも違和感をもちます。むしろ、大胆な電子化を積極的に行う必要性を強く感じる分野もあります。それは学術分野です。岩波書店の得意としてきた分野ですね。

2016年2月26日の「科学技術・学術審議会学術分科会」の基礎資料には、「我が国の学術論文誌の電子化率は、欧米や中国に比べ大きく遅れをとっている(欧米、中国ほぼ100%、日本62%(平成24年度)」と明示されています。日本の数値は2011 年 3 月の科学技術振興機構による査読付き論文誌 1988 誌についての調査結果を示したものと思われます。2013年に公表された倉田敬子・上田修一論文「日本における学術雑誌電子化の状況と阻害要因 : 学会誌と大学紀要を対象とした郵送調査」においては、アンケートに回答のあった1447誌のうち、「電子化した論文を提供している雑誌は、約半数(49.3%)であり、計画があると回答したのが 144 誌(10.2%)であ った」と記されています。いま現在の状況はよくわかりませんが、おそらく若干の改善がみられる程度でしょう。

わたし自身の経験では、電子化によって検索対象が増え、以前であれば決して見つけ出せなかったであろう、埋もれた論文を読めるようになり、大いに役立っていると実感しています。いわゆる「ロングテール」化によって、好事家にのみ愛されるような論文を読むことができるようになりました。

他方で、よく指摘されるように、ピンポイントで検索するために、あまり関心があるとは言えない学問分野への目配りが難しくなったという感覚もあります。まあ、わたしの場合には、政治・経済・社会分野から文化・芸術をめぐる分野まで、幅広く渉猟するのが特徴なので、検索自体が広範にわたっていますが。

学術誌の値段も気になりますね。文部科学省のホームページには、「大学図書館においては、海外学術雑誌の大部分を個人講読よりも高く設定された機関購読価格により購入してきたのに対し、国内学協会の刊行する学術雑誌の購入に際しては、国内商業雑誌と同様の商取引習慣により一冊当りの単価による支払いを行うか、個人会員会費と大差のない機関会員価格で購読してきている」と書かれています。しかし、電子化によって学術誌の価格がどう変化したかについての記述はありません。

学術誌自体の出版・販売に絡んで、あまりにも不透明な既得権益があり、それが図書購入費の大幅削減を可能にする学術誌の電子化を阻害してきたのではないか、とさえ疑われます。そもそも、多くの学術誌は赤字です。そうであるならば、電子化することで赤字幅を削減することができるはずなのですが、なかなかそういう方向に進んでこなかったように思われます。

近く刊行する拙著『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版)のなかで、つぎのように書いておきました。

 

「いま、世界でなにが起きているかというと、わけのわからない「学術誌」を創刊してそこに論文を掲載し、学術的実績をつくるというビジネスモデルが流行しているのです。まともな学術誌は論文を投稿し審査に合格すれば無料で掲載してくれます。この審査を「査読」というのですが、いま流行っているのはきわめていい加減な査読を行い、掲載に際してカネをとるというスキームなのです。こうしてわけのわからない学術誌に多くの論文が掲載され、業績としてカウントされ、昇進したり博士号を取得したりしている「似非(えせ)学者」がたくさんいます。日本にも同じようなスキームの学術誌がたくさんあると危惧しています。もっと深刻なのは、既存の学術誌のなかにもいい加減な査読が多数あることです。とくに、人文科学や社会科学および健康食品の類を売るための食と健康に関する研究分野に胡散臭さを強く感じます。」

 

人口減少は残念ながら学術の分野においても、さまざまな問題を引き起こしています。電子化によって岩波書店のような出版社にまで悪影響がおよんでいることは遺憾なことです。半面、「電子化には電子化で対抗する」という気概ある動きについてはあまり知りません。これに対して、米国には、Democracy Now(https://www.democracynow.org/)やThe Intercept(https://theintercept.com/)、あるいはTom Dispatch(http://www.tomdispatch.com/)やYoung Turks(https://tytnetwork.com/)といった比較的信頼できる新しいメディアが存在しています。

取次店の閉店から学術誌の電子化の話、さらにメディアの問題へと思うに任せて書いてみました。本当は、ここで指摘したような重要な問題を同じ土俵で、つまり、同じプラットフォームで概観できるような仕組みが必要だと思います。米国に育ちつつあるようなしっかりとしたメディアが必要なのです。いちいち、問題を掘り起こして調べてみるという作業は骨の折れるものだからです。最近で言えば、スウェーデンでは、パスポート情報や電子決済などのためのデータが入ったマイクロチップを手に埋め込んだ人が増えているという情報あります。その数は一万人ほどです。認知症で徘徊するような人に同じような処置を施す可能性について議論することも必要でしょう。

本当に大切なことや、世界の潮流の変化について、きちんと報道する独立したメディアが求められているように思います。

 

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塩原 俊彦

(21世紀龍馬会代表)

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