ロシア映画の勧め

ロシア映画の勧め

塩原 俊彦

しばらくこのサイトへのアップロードをさぼっていました。10月に刊行が決まった『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)の原稿を書いたり、『騙しのテクニックに学ぶ騙されない方法:ディスインフォメーション対策』(出版交渉中)や「旧ソ連地域の「移行経済」問題の再検討」(学術論文)の執筆に忙しかったりしたせいです。

 

これらの作業の途上で、ロシア人の知り合いから、アンドレイ・ズヴャギンツェフ監督の「裁かれるは善人のみ」という作品を観るように勧められました。「リヴァイアサン」(Leviathan)という原題を「裁かれるは善人のみ」と日本語訳した2014年のロシア映画です。その脚本はカンヌ国際映画祭脚本賞に輝いています。フィクションゆえに「現実」を逆によく照らし出しているようにみえるこの作品では、怪物リヴァイアサン、すなわち「可死の神」(deus mortalis, mortal God)が国家の魂の部分、主権国家ロシアを象徴しています。そのリヴァイアサンは大自然のもとで神の化身のように振る舞いながらちっぽけな人に襲い掛かります。それは、市長と警察、検察、裁判所などの「共謀ネットワーク」がロシアの隅々まで行き渡っていることを教えてくれます。

 

註(73)をそのまま紹介してみましょう。

 

こうした状況を映画で表現したのが註(69)で紹介した「裁かれるは善人のみ」という邦題の映画なのである。最大の問題は、「裁く側」がだれで、このとき「神」はどうしているかである。シベリアの極寒の大地を生き抜いてきた人々のもつ、「服従」による「救済」を求める「ケノーシス」という観念の広がりのもと、正教では父なる神と子なるキリストと聖霊(三位)が神をなす。聖霊は神と人間を繋ぐ媒体で、聖霊によってイエスは処女マリアの身中に宿ったとされている。その聖霊は正教では「父」から生じるとされているから、三位のうち、父、子、聖霊の位階は明確なのだが、ロシア人は人間のかたちをしたキリストに強い親近感をもつ。人間キリストへの尋常ではない服従は、皇帝や絶対的指導者たるスターリンへの隷従精神に通じてしまうのだ。ケノーシスの意味する救済は贖罪や悔い改めを媒介せずに可能となり、神からやってくるはずの救済が人間によって簒奪される可能性をもつようになる。それは、神への服従ではなく、レーニンやスターリンに隷属することで救済につながる可能性を排除しないことにもなる。そう考えると、いまではプーチンに神を見出し、「裁かれない人」であるプーチンを中心とする体系が善人を裁くという構図が成立しているように映るのである。

 

おそらくいまのロシアの最大の問題は、こうした構造が権力者たるプーチンによって構築されてしまったことにあるように思います。

 

2018年7月4日付の新聞「ノーヴャヤ・ガゼータ」にユーリヤ・ラティニナが興味深い記事を掲載しています。脱税に目をつむる代わりに、脱税で稼いだ資金の一部を賄賂として巻き上げるという仕組みが中国でもロシアでも広がっているという話が出てきます。まさに、「裁かれない」立場にある権力当局がやりたい放題の不正を繰り返していることがわかります。

 

わたしはつねづね思っているのですが、ロシア情勢を根っこから理解するためには、人々の魂の蠢きを感じさせるような映画や小説を読まなければならないと痛感しています。かつて拙著『ネオKGB帝国』のなかでは、2007年に発表されたパーヴェル・アスタホフ著『レイデル』の一場面を紹介したことがあります。これもまた、そのまま紹介してみましょう。

 

もうひとつ、最近、注目されている重要なロシア語がある。それは、「レイデル」である。〇七年に発売されたパーヴェル・アスタホフ著『レイデル』というフィクションがモスクワで話題になった。英語でいえば、急襲者を意味するraiderを意味している。八一年の映画Raiders Of The Lost Ark(レイダース/失われたアーク《聖櫃》)というインディ・ジョーンズの冒険映画を思い出してほしい。ロシアでは、この英語が転じて、「企業や不動産の不法な略奪者」、「非友好的な企業乗っ取り」を意味するようになった。「レイデル」には、背後に回って攻撃する者という意味があり、企業などをターゲットに搦め手で略奪する人物をさす。

 「われわれの国では、主要なレイデルであるのは国家です。すなわち、あなた、大統領閣下です」

この本の三七六頁に、主人公である弁護士がプーチンを思わせる大統領に対して、こうのべる場面がある。これは〇三年夏以降、石油会社ユコスの幹部を脱税などの嫌疑で相次いで逮捕し、破産にまで追い込み、その後、脱税分(〇四年秋には、ユコスおよびその子会社に対する税請求額は二七五億㌦にも達した)を回収するためのユコス資産売却を通じて、結局、その資産の多くを国営石油会社ロスネフチが取得したことをさしている。現に、レイデルとしてプーチンに近い人々がレイデルと呼ぶに値することが知られている。その代表格が、ロスネフチの会長を兼務してきた、セーチン副首相だ。

 

というわけで、ロシアに関心のある方はどうか「裁かれるは善人のみ」を観てほしい。是枝裕和監督の「万引き家族」を観ることで、いまの日本の「病的現実」の一端を感じとることができるのと同じように、このロシア映画をみれば、ロシアの「現実」に近づくことができると強調しておきたいと思います。

 

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塩原 俊彦

(21世紀龍馬会代表)

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