ウクライナ戦争の軍事的分析:戦術や装備をめぐる考察、戦車は「陸の回廊」、ATACMSはクリミア攻撃、戦闘機はドンバスへと向かう (塩原俊彦)
関心がないとはいえ、ウクライナ戦争が丸1年になろうかとする時期なので、戦局をめぐる分析をここに書いておきたい。といっても、私はこの分野の「素人」なので、その洞察力に自信があるわけではない。ただ、日本のマスメディアにおいて「専門家」と称せられている連中よりはずっとまともな考察になっていると自負している。
ジョー・バイデン大統領は、2023年1月25日、欧州同盟国の指導者との電話会談を行った後、米国がウクライナの1個大隊に相当する31輌のエイブラムス戦車を送ることを明らかにした(ただし、配送には数カ月かかるかもしれない。この遅れは、米国政府が戦車を既存の在庫から移すのではなく、製造業者から購入することが一因である)。加えて、ドイツがこれに続いてレオパルド(レオパルト)2戦車を提供し、他の同盟国もさらに2個大隊に相当する戦車を送れるようになるとした。オラフ・ショルツ首相も1月25日、ドイツがウクライナにレオパルド2戦車14輌を初送付し、他の国々が独自に送ることを認めると発表した。こちらも、ドイツのボリス・ピストリウス国防相によると、レオパルド2戦車の輸送に3〜4カ月かかる。なお、訓練に3~4週間という説もあれば、数カ月かかるという情報もある。
1.ウクライナ側の戦術・装備
2023年1月17日、統合参謀本部議長のマーク・ミリー米陸軍大将は、ウクライナとの国境に近いポーランド南東部の非公開の場所で、ウクライナ軍最高司令官のヴァレリー・ザルジニー将軍と数時間会談した。米国や欧州諸国の追加軍事支援の表明が相次ぐなか、今後の戦術をめぐって、両者が直接顔を合わせてすり合わせを行ったとみられている。
CIA長官ウィリアム・J・バーンズが1月14日ころ、ウクライナの首都を極秘に訪れ、ヴォロディミル・ゼレンスキー大統領と会談し、ロシア軍の軍事計画などに関する諜報結果を伝えたと報じられている(https://www.washingtonpost.com/national-security/2023/01/19/cia-william-burns-zelensky-ukraine-russia/)。実は、バーンズは対外諜報庁のセルゲイ・ナルィシュキン長官に2022年11月14日、アンカラで会談している。後述するように、このころから、米国政府はウクライナ戦争終結に向けて具体的に動き出していたらしい。
ここではまず、欧米による軍事支援について説明し、その後、ウクライナ軍の現状についての情報を示したい。そのうえで、前述した戦車供与がもたらす戦局への影響や欧米諸国の思惑と今後の展開予想に言及してみたい。
(1)欧米による軍事支援
1月25日よりも前に米国政府が明らかにしてきた軍事支援の具体的な内容は、つぎのようなものである。ストライカー装甲戦闘車90台、ブラッドレー歩兵戦闘車59台のほか、TOW対戦車ミサイル・システム搭載用ミサイル590発、25ミリ弾薬29万5000発、350台のHMMWV(高機動多用途装輪車両)装甲車、8台のM1097アベンジャー地対空ミサイル(SAM)システム、NASAMS(ノルウェーと米国が開発した中高度防空ミサイル・システム)とHIMARS(高機動ロケット砲システム)戦術ミサイル・システム用の追加弾薬、53台のMRAPクラス地雷防護強化装甲車などだ。155mm砲弾2万発と小火器弾300万発も提供される。
ストライカーはブラッドレーよりも装甲が薄く、軽量だ。すなわち、ストライカーの重量は20~23.5トンにすぎず、40トンもあるブラッドレーよりはるかに軽い。ブラッドレーが不整地での走行に優れているのに対して、ストライカーは弾丸や榴散弾が当たっても機能する8輪で走る。90台のストライカー向けに、20台のマインローラーも提供される。マインローラーは対車両地雷を誘発するほど重く設計されており、地雷原を安全に通り抜けるために装甲車の前に押し出されるものである。国防総省が「障害物除去」と呼ぶ、地雷ローラー付きのストライカーと追加の解体装置の組み合わせは、ウクライナ軍がロシアの防衛を突破できるように提供するもので、失地回復をねらった支援である。
軍事支援強化の口火を切ったのは、フランスのエマニュエル・マクロン大統領であり、2023年1月4日、ウクライナ軍にAMX-10 RC装甲車(軽戦車または車輪付き戦車とも呼ばれる)を供給することを伝えた。フランスは1月13日、AMX-10RC輪形戦車40輌を2カ月以内に出荷することを確約した。さらに、バスティオン装甲車、SAMP/T防空システム、155mmシーザー対戦車砲数門の供与も約束した。1月15日、英国はチャレンジャー2戦車14輌とAS90自走榴弾砲30門をウクライナに譲渡すると発表した。1月19日には、ブリムストーンミサイル600基の納入計画を発表し、BMP(歩兵戦闘車)とAPC(装甲兵員輸送車)200台の納入をさまざまな形で約束した。カナダは1月18日、セネター装甲車200台とNASAMS砲台、装甲支援戦闘車39台、対戦車兵器、M777榴弾砲、弾薬を提供すると約束した。
戦車の納入を拒否してきたドイツは、1月12日、第1四半期に40台のマーダーBMPの納入を発表した。また、1月5日には、ベルリンがキーウにパトリオット防空システム砲台を提供することを約束した。このほか、ドイツ、デンマーク、ノルウェーから155mmズザナ2砲、ポーランド、チェコ、スロバキアからT-72M戦車120輌、スウェーデンからCV-90 BMP50台と155mmアーチャー対戦車砲12門、オランダからパトリオットSAM砲1門が1月20日に発送されることが決定している。
話題となってきたのは、ドイツ製のレオパルド2戦車のウクライナへの供与問題だ。レオパルド2戦車はアメリカのM48パットンの後継として1970年代後半に生産が開始され、まもなくその火力、機動力、頑丈な装甲で有名になった。ドイツの兵器メーカー、クラウス・マファイ・ヴェーグマン(KMW)が開発した60トン級のレオパルド2戦車は、これまでに約3500台が生産されている(45トン級との情報もある)。この戦車は120mm滑腔砲を装備し、時速70kmで移動でき、航続距離は500kmにおよぶ。また、地雷、対戦車砲、即席爆発装置などの脅威から部隊を「万全に保護」することができるという。2A4から2A7まで、最後に生産された4機種が現在も使用されている。
1月19日、ポーランドは、ベルリンがウクライナに約束したレオパルド2戦車14輌を、ドイツ当局の同意がなくてもキエフに供給する用意があると発表した。だが、1月20日に開催された米国主導のウクライナ同盟国会議では、ドイツ製または米国製の戦車をウクライナに輸出することで合意に至ることはなかった。米国は自国のエイブラムス戦車の派遣に消極的であり、ドイツはレオパルド2戦車の提供の前提として米国製戦車の提供をあげたとみられている。「ドイツ側としては、ワシントンがエイブラムス戦車を少なくとも相当数送るという約束がなければ、レオパルド2戦車の一部を送ることに消極的だ」と、NYT(https://www.nytimes.com/live/2023/01/20/world/russia-ukraine-news#a-meeting-of-ukraine-allies-ends-with-no-consensus-on-sending-german-tanks)が伝えていた。
米国としては、ロシアを過度に追い詰めかねない戦車の供与を控え、戦争のエスカレートを避けたいと説明されていた。レオパルド2戦車とM1エイブラムス戦車を比べると、エイブラムス戦車はディーゼルではなくジェット燃料で走り、メンテナンスが難しいため、現時点でウクライナに送る意味はあまりないと米国側は主張していた。それが、1月25日に方針変更され、米国もドイツもウクライナに戦車を供与する決断に至る。
(2)ウクライナ軍の現状
これに対して、ウクライナ側は何といってきたのかというと、2022年12月3日に行われたヴァレリー・ザルジニー総司令官へのインタビュー(https://www.economist.com/zaluzhny-transcript)で、彼ははっきりと「戦車300輌、IFV(歩兵戦闘車)600~700台、榴弾砲500門が必要」とのべていた。このインタビューのなかで、彼は三つの課題をあげた。第一は、これ以上の失地はしないことであるという。第二の課題は、2月に起こりうるこの戦争に備えることだとした。予備役を作り、2月、良くて3月、悪ければ1月末に起こるかもしれない戦争に備える必要性を指摘した。第三の課題は、「ミサイル防衛と防空」であるとした。
ここからは、ロシア誌『エクスペルト』の「欧米の戦車はキエフを救えるか」という記事(https://expert.ru/expert/2023/04/spasut-li-kiyev-zapadnyye-tanki/)を参考にしながら、ロシア側がウクライナ軍の動向をどうみているかを解説したい。
まず全体状況として、公開データによると、現在、約6〜8万人のウクライナ兵が三つの軍団(1つは英国、1つは米国とドイツに引き継がれ、3つ目は東欧で調整中と思われる)で後方訓練を受けている。このような分割のもとで、ウクライナの部隊は非常に多様なNATOの装備に適応できるようになりつつある。他方で、ウクライナ政府は10万人の新兵という公式目標を発表し、兵員増強を進めている。
きわめて重要なのは、これまでウクライナが使用してきた旧ソ連の武器がほとんど枯渇し、その代替として、NATOはウクライナ軍を西側規格の装備に変えるしかなくなっていたことである。欧米の兵器をウクライナに供給することを原則とする決定は、へルソン、イジュム、リマン付近でウクライナ部隊が何度か反撃した後、数カ月前に行われたのである。この武器の転換という変化をまず知らなければならない。
その証拠に、ウクライナは300挺の牽引榴弾砲、95基の多連装ロケット・システム(MLRS)システム(38基のHIMARSを含む)も受領している。ウクライナ防空強化のため、ドイツのゲパード自走式高射装置37基、チェコのストレラ10Msミサイル・システム6基、英国のストーマーミサイルシステム6基、その他スロバキア、ドイツ、スペイン、フランス、ポーランドから複数の高射ミサイル・システムが納入され、米国、ドイツ、オランダから3セットのアメリカのパトリオットとワシントンからのアベンジャー対空システム8機も納入が約束されていた。
そのうえで、欧米がウクライナに供与するのは、最新兵器ではなく、ウクライナ軍がこれまで使用してきたものと同世代のものがほとんどあることに留意しなければならない。最初に紹介したエイブラムス戦車はもともと、1986年に配備されるようになったものだ。いずれにしても、ウクライナ軍をNATOの軍事技術プラットフォームに組織的に移行させて、NATO軍並みに「仕立て上げる」という計画はいまのところない。つまり、弥縫策として、欧米兵器の供与で足りなくなった兵器を補おうとしていることになる。
欧米メディアはほとんど無視しているが、1月25日、ウクライナは、戦闘の効率と規律を損なう軍事犯罪に対する刑事罰を強化した。徴兵忌避、脱走、無断離脱、自主降伏、無命退却、指揮官への背任などへの刑事罰を強化する法案に同日、ゼレンスキー大統領は署名したのである。採択された刑法改正により、戒厳令(2022年2月より施行)で、下限以下の刑に減刑することや執行猶予を付けることが禁止されたのだ。これは、こうした軍事犯罪がウクライナ軍内部において増加しているため、これを刑事罰の強化で抑制しようとしているのではないかとの憶測の信憑性を高めている。
(3)戦車供与でどう変化するのか
まず、ウクライナ戦争が勃発した2022年2月24日当時、ウクライナにはどれくらいの戦車があったのだろうか。2022年初頭の時点で、ウクライナ軍はさまざまな推定によると1200~2800台の戦車を保有していたらしい。ソ連の近代化戦車T-64とT-72が主力であり、さらに最新のT-84も数台が配備されていた。2022年11月末に公表された王立防衛・安全保障研究所(RUSI)の報告書「ロシアのウクライナ侵攻から得た通常戦力の予備的教訓 2022年2月〜7月」(https://static.rusi.org/359-SR-Ukraine-Preliminary-Lessons-Feb-July-2022-web-final.pdf)によれば、侵攻時のウクライナ軍の主力戦車の総数は約900輌で、ロシア軍の侵攻部隊の戦闘可能な戦車は2800台であったという。ドンバスにおけるロシアの代理人は約400台を実戦投入していたと推定されている。
ウクライナは1年間の激しい戦闘で装備の一部を失ったが、その損失は、同じT-64を使用していたルハンスク共和国やドネツク共和国の自称部隊から放棄された車両を中心とする戦利品で補塡された。さらに、ウクライナ軍はロシアの戦車、T-72、T-72B、T-80-U、T-80-BV、少なくとも1台の最新のT-90-Mといくつかの最新の改良型のT-80-BVMを押収したとみられている(なお、ロシア軍の最新戦車であるT-14アルマータは少量しか製造されておらず、今のところ戦争で使用されてはいない)。
戦争が始まって半年、連合国はチェコ、ポーランド、さらにはマケドニア北部からヨーロッパで普及しているT-72戦車をウクライナに送った。モロッコからもT-72が供給された。オランダの防衛分析・戦争研究サイト「オリックス」によると、ウクライナは昨年、ソ連製戦車410台を受け取ったという。ロシア国防省の見方では、東欧のNATO加盟国の兵器庫から少なくとも200輌のソ連設計のT-72とT-55の戦車がウクライナに移送されたという。
もちろん、戦闘によって多くの戦車が消耗したり、破壊されたりしたはずだ。だが、数字だけみると、なぜいまさらNATO軍の戦車が必要になったのか判然としない。一説には、ウクライナに重兵器を送ろうという機運が高まったのは、2022年後半、ウクライナ軍がへルソンとハリコフでの反撃に成功し、ロシアの強固な陣地を突破するために重兵器が必要だということが明らかになったからであるという。
2022年9月9日の段階で、欧州外交問題評議会は、「約90輌のウクライナ装甲旅団を編成して装備し、拡張性のある生産能力でNATO標準の近代戦車をウクライナに提供できるようにする」ことを提案していた(https://ecfr.eu/article/the-leopard-plan-how-european-tanks-can-help-ukraine-take-back-its-territory/)。
戦車の使い方として有力なのは、塹壕撃破である。衛星画像から、ロシア軍が前線に沿って第一線と第二線の防御壕を築いていることがわかっている。ウクライナ軍はロシア軍の塹壕が掘られた塹壕線をターゲットにした攻撃を計画しているのだ。塹壕線を突破するには、歩兵が目標を定め、戦車がそれを狙い、砲兵が援護するという連携プレーが前提となる。これを成功させるには、歩兵、砲兵、戦車の連携を訓練する必要がある。これは、米軍が「複合武器戦」と呼ぶものに近い。
こうした展望にたつと、注目すべきは、米国が送る109台のブラッドレー戦闘車と、ヨーロッパの同盟国が送る大量の砲兵隊向け装備ということになる。ドイツのレオパルド2戦車とこれらを組み合わせて、ウクライナの新しい装甲部隊をつくり、最大で3個旅団を増派することで塹壕突破をはかるのだ。
レオパルド2戦車について
レオパルド2戦車は欧州13カ国で2000輌以上が運用されている。ほかにも、カナダで82輌、トルコで316輌が配備されている。
ロシア側の見方(https://www.vedomosti.ru/politics/articles/2023/01/26/960473-ukraina-mozhet-poluchit-170-tankov)では、ウクライナは2023年に少なくとも170輌の西側戦車を受け取る可能性がある。1月20日にドイツのラムシュタイン空軍基地で開催された「ウクライナ防衛問題コンタクトグループ」の会合で、約100輌のレオパルド2戦車の供給が発表されたという情報がある。
ウクライナは現在、ソ連時代の戦車を戦車同士の戦闘ではなく、戦場で歩兵の火力支援に使っている。しかし、これは非効率的な戦略だ。紛争に大きな影響を与えるためには、ウクライナは少なくとも100輌のレオパルド2戦車からなる1個装甲旅団を運用できるようにしなければならないとされている。だが、それにはしっかりとした訓練が不可欠だ。
2016年末、トルコの対シリア「イスラム国」作戦で、少なくとも8輌のレオパルド2A4が破壊されたとされる。反政府勢力は、戦車の後部と側面の装甲の弱点を狙った。この弱点も現在は補強されているようだが、「弾薬の備蓄は、NATOが推奨する30日分ではなく、わずか数日分しかない。部隊で使用する無線機は40年前のアナログ式で、傍受されやすい。350台のプーマ歩兵戦闘車のうち、稼働しているのはわずか150台」といったドイツ軍の惨状(https://www.economist.com/europe/2023/01/26/the-state-of-the-bundeswehr-is-more-dismal-than-ever)を知ると、レオパルド2戦車の運用が適格に可能なのか、疑いたくなる。
もう一つ、ぜひとも知ってほしいのはコストの話である。レオパルド2戦車のコストは、構成によって680万ドルから1000万ドルと幅がある。したがって、ウクライナにわずか100輌の戦車を供給するために、ドイツの予算は最大で10億ドルかかることになる。エイブラムス戦車も500万〜600万ドルと決して安くはない。
ウクライナ国防省情報局長のキリル・ブダノフは、ウクライナは春に「クリミアからドンバスにかけて」大規模な反攻を計画しており、3月には「もっとも熱い」戦闘を約束したとされている。そのために、戦車を中心とした攻撃兵器によってロシア占領地の奪還をはかろうとしているようにみえる。だが、戦車の訓練および到着には時間がかかるから、ウクライナ側の攻撃態勢が整うには時間を要するだろう。
ロシア側は、一度に数百の戦車がそろえば、防衛要塞の貫通や都市部の拠点への攻撃も視野に入れたウクライナ軍の強力な攻撃を想定することができるとしている。しかし、「これはあくまで理論上のことで、こうした戦技や歩兵との結束、支援などを習得するには、何年もかかる」として、たとえ戦車が増強されても、すぐに成果が出るかどうかは未知数だ。
(4)欧米諸国の思惑と今後の展開
プーチンをともかくも排除し、ロシアという国を最大限に弱体化させることが中国の覇権主義を打破するうえで近道であると考える、米国のリベラルな覇権主義がウクライナ戦争の長期化やむなしという方向性を強めている。あるいは、少なくとも早期決着が困難であるとの見通しをもっている。
ジョン・ミアシャイマーはその著書(The Great Delusion: Liberal Dreams and International Realities, Yale University Press, 2018)のなかで、「トラブルのもととしてのリベラリズム」という項目において、「リベラル覇権の代償は、自由主義国家が権利を保護し、世界に自由主義民主主義を広めるために、果てしない戦争をすることから始まる。いったん世界の舞台で解き放たれた自由主義一極は、すぐに戦争中毒になる」と書いている。それにもかかわらず、欧州各国は米国のリベラルな覇権主義に抗することができずにいる。そして、戦争へとズルズルと引っ張り込まれているというのが現状だ。
バイデンという「トラブルのもととしてのリベラリズム」を批判できない欧州の政治家がひどいだけでなく、それを批判できないジャーナリズムもひどい。ただ、覇権国米国に従属していれば、何とかなると責任転嫁しているようにみえる。もちろん、日本の岸田文雄首相もそうした追従組の一人にすぎない。
おそらく、つぎに問題になるのはウクライナへの戦闘機の供与だろう。すでに、スロバキアが保有するソ連製のMiG-29を11機のウクライナへの譲渡が問題化している。スロバキアはウクライナへの譲渡の代わりに、より近代的な戦闘機として米国のF16戦闘機を要求している。
この記事を公開後、1月27日になって、予想通りのことが新たにわかった。まず、タカ派の外相ドミトロ・クレバは、1月25日の段階で、「新たな課題が待っている。欧米型戦闘機、制裁措置、平和のためのフォーミュラの実施」とツイートした(https://twitter.com/DmytroKuleba/status/1618252893664202752?s=20&t=UGCqP3gNUMncB7ZWdM5Ubw)。先週には、オランダのウォプケ・ホークストラ外相がオランダの議員に対し、ウクライナがF16戦闘機を要求し、米国が供与を許可すれば、政府は喜んでウクライナに供与するつもりであるとのべた。ただし、F-15やF-16は長くて質の高い滑走路を必要とするが、ウクライナにはそれがないことを銘記すべきだろう。
さらに、1月27日は、米国の超党派の上院議員3人がATCAMS長距離砲システムとF-16戦闘機を送ることで、ウクライナへの軍事支援をさらに強化するよう要求していることが明らかになった。
これとは別に、ウクライナに攻撃用ヘリコプターを供与する日が近々訪れるかもしれない。
ドイツは、「現在も将来も」ウクライナに戦闘機(飛行禁止区域の設定も含む)を提供したり、軍隊を派遣したりすることはないとしてきた。その一方で、2022年12月、ショルツは「核戦争のリスクは減少している」とのべ、それが今回のレオパルド2戦車の供与につながっていると考えられる。そうであるならば、ドイツもまた、戦闘機供与に傾くかもしれない。
ドナルド・トランプは戦闘機を飛び越えて核兵器の心配をしている。彼は、1月26日、「まず戦車が来て、次に核兵器が来る。この狂った戦争を終わらせるんだ、今すぐに。とても簡単だ」とTruth Socialに書き込んだ。
2022年から2023年にかけて、西側諸国は、ロシアの「レッドライン」はあいまいで、ウクライナ軍や西側諸国のパートナーのいかなる行動に対しても、モスクワは核兵器を作動させないだろうと言い始めた。それが2023年はじめの大きな変化につながっているようにみえる。だが、本当にロシアは核兵器を使用しないのか。
すでに、「ウクライナ和平の動向を探る 〈下〉」(https://isfweb.org/post-13190/)で、つぎのようなミアシャイマーの見解を紹介した。
「仮にロシアが核兵器を使用するとしたら、ウクライナで使用する可能性が最も高い。そして、ウクライナは自前の核兵器を持っていない。だから、ウクライナ人は自国の核兵器でロシアに報復することができないだろう。だから、抑止力が弱くなる。さらに、ロシアがウクライナで核兵器を使用した場合、西側諸国、ここでは主に米国の話だが、ロシアに対して核兵器で報復することはないだろう、なぜなら、それは一般の熱核戦争につながるからだ」
私もロシアによる核兵器使用は十分にありうると考えている。米国のリベラルな覇権主義とそれに追随する欧州諸国や日本は、ロシアからみると、赦しがたい敵なのである。
2.ロシア側の戦術・装備
ロシアは緒戦において惨敗した。ただし、その大きな原因は戦意の問題ではなく、スパイによって最初の作戦が打ち砕かれたところが大きい(その詳細は機会があれば開陳したいが、当初、多くの軍事評論家がいっていたことは的外れであったと思う)。
ロシアはいま、正規部隊が前線にほとんど姿を見せないまま、動員された部隊は訓練中だ。いま前線に駆り出されて派手に見えるのは、「ワーグナー・グループ」の戦闘員であり、占領地域において戦闘に無理やり動員された人々である(ワーグナー・グループについては拙稿「ソ連時代の「負の遺産」からウクライナ戦争を分析する:プリゴジンの「ワーグナー・グループ」の正体とは?」[https://www.21cryomakai.com/%e9%9b%91%e6%84%9f/1561/]を参照)。
今後、ロシア正規軍はどうしようとしているのか。一つの可能性と考えられているのは、ピンポイント戦術である。わかりやすくいえば、空挺部隊による急襲だ。これに関連して興味深いのは、ミハイル・テプリンスキー空挺部隊司令官の辞任の可能性が高まったという話だ。テプリンスキーは統一部隊の新司令官ヴァレリー・ゲラシモフと折り合いが悪く、空挺部隊の「肉弾戦」派遣を拒否し、辞任したというのだ。
テプリンスキーは有名人である。2022年7月にロシア空挺部隊の司令官に任命された。12月31日、プーチンから4等聖ゲオルギウス勲章を授与されている。
2023年1月11日、国防省はゲラシモフ参謀総長をウクライナへの「特別軍事作戦」の統一部隊の新司令官に任命したが、1月13日、匿名の電信でテプリンスキー辞任の噂が流れたという。テプリンスキーは挺身隊を直ちに攻撃に投入せよと迫ったゲラシモフに「失せろ」といい放ったというのだ。すでに、テプリンスキーの後任は参謀本部軍事アカデミー長のオレグ・マカレヴィッチであるとみられている。だが、このマカレヴィッチの評価はきわめて低い。こうなると、空挺部隊によるピンポイント戦術は失敗する公算が大きい。
ミサイル攻勢
ゲラシモフ新司令官は明らかにミサイル攻勢に力を注いでいる。この点については、すでに紹介した「ソ連時代の「負の遺産」からウクライナ戦争を分析する:プリゴジンの「ワーグナー・グループ」の正体とは?」のなかで詳しくのべたことがある。
ここでは、少しだけ補足をしておこう。ロシアは、5年ほど前からS-300コンプレックスを使って地上の標的を撃つ訓練をはじめているという。7000発もある、本来防空用のミサイルをいよいよ本格的に地上攻撃に投入しようとしているのだ。それは、悲劇を広げるだけだろう。
ウクライナのミサイル撃墜率は76%といわれている。そうであるなら、100発撃って26発に賭けるという手法をとることになる。
さらに、イランから弾道ミサイルを購入したとの情報も流れている。射程300キロと700キロのファテ-110とゾルファガーミサイルである。弾道ミサイルは小さく、非常に速く飛び、上空からやってくる。おそらくこれを撃ち落とす任務が期待されているのが米国製パトリオットミサイルということになる。
こうみてくると、ミサイル攻撃にしても、まだまだ戦争が継続される可能性を示唆している。
最後に、ウクライナの攻撃撃退に専念するという方法もある、と私は思っている。塹壕と要塞によって迎え撃てば、攻撃側に大きなダメージを与えることができる。長期戦に持ち込む覚悟があるのであれば、こちらの戦術のほうがウクライナ軍に大きな被害をもたらす可能性が高い。だが、戦果にこだわると、こうした戦術をとるのは難しい。
いずれにしても、戦争は長引くだろう。ゆえに、ロシアでは、軍産複合体を24時間体制で働かせている。こちらの分析もそのうち開陳したい。
3.ラティニナの情報
最後に、2023年2月1日に入手した、もっとも尊敬するロシア人ジャーナリスト、ユーリャ・ラティニナの情報(https://novayagazeta.eu/articles/2023/01/31/tanki-s-paukami)を紹介しておきたい。たぶん、この情報がもっとも「真実」に近いと思われるからだ。
彼女によれば、実は、「CIA長官ウィリアム・バーンズと国家安全保障顧問ジェイク・サリバンに代表されるアメリカは、ずっとプーチンと停戦交渉をしようとしてきたのである」と説明している。ミハイロ・ポドリャク大統領府長官顧問にいわせれば、「交渉」ではなく「相談」らしいのだが、いずれにしても、米ロはウクライナの頭越しに停戦を模索してきたというのだ。ウクライナ政府の「委任状」なしの「相談」を米国政府はロシア政府とつづけてきたということである。
米国の条件は、2022年2月23日付のラインへのロシア軍の撤退とされていた。ロシア側は、ドンバスとルガンスクの完全支配と引き換えに、へルソンとザポロジエで占領した地域から撤退する用意があるというものだった。双方の主張の隔たりは大きかった。
クリミア問題を15年以内に交渉で外交的に解決することや、ドンバス=ルガンスクを5年以内にウクライナに編入すること、すなわちミンスク3も検討されたという。しかし、いずれも、「時間稼ぎ」に終わり、ロシアが再び侵略する危険が大いにある。ラティニナにいわせれば、「プーチンが交渉する目的はただ一つ、取引を避けるため、あるいは戦略的に一息ついて譲歩を新たな攻撃の足がかりにするためであることが経験上わかっている」ということになる。もちろん、この中途半端な条件では、ゼレンスキーを納得させることはできない。
1月20日にドイツのラムシュタイン空軍基地で開催された「ウクライナ防衛問題コンタクトグループ」の会合の最中、「1月31日の1週間前までに停戦する」ためにロシアとの「相談」ないし「交渉」が行われていたらしい。その返事を待つために、戦車供与の決定が1日遅れたのだという。プーチンが条件を断ってきたため、戦車供与が1日遅れで決まったのである。
これで、2月14日にラムシュタイン空軍基地で開催予定の「ウクライナ防衛問題コンタクトグループ」において、ウクライナへの戦闘機供与や長距離ミサイル供与が決まる可能性が高まった。そして、戦車は「陸の回廊」、すなわち、へルソン州とザポリージャ州のクリミアへと向かうルートに投入され、ATACMSはクリミア攻撃に用いられ、戦闘機はドンバスへと向かうことが明確になったのだという。
ウクライナ戦争はこうして2023年中に終結することさえまったく見通せない状況になっているということになる。
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