視角の大切さ:ウクライナをロシアにとっての「台湾」とみる眼差し

12月7日に開催された米ロ首脳会談について、「論座」に掲載するための原稿を書き上げた。最近、出稿を制限されているので、実際に公表されるのは年末か、来年になってしまうかもしれない。この執筆に際して、日本語、英語、ロシア語で書かれたたくさんの関連記事を読んだ。それらを比較対照しながら考察した結果をまとめたわけだが、その過程で強く感じたのは「視角の大切さ」である。

 

ソ連崩壊から30

最初に、「論座」に載せたばかりの拙稿「ソ連崩壊から30年」(https://webronza.asahi.com/politics/articles/2021112900001.html)をぜひ読んでほしい。そこに書いておいたように、実は、日本で専門家と称せられている者の多くは、「現実」を知らない。「理念」、「理論」、「制度」に注目するだけでは、「現実」を理解することは決してできない。むしろ、現実を知るためには現実に焦点を当てて凝視する必要がある。たとえば、筆者が田畑伸一郎を高く評価してきた理由は、彼の研究の手堅さだけでなく、現実を知るために、毎年のロシア連邦予算の執行という現実に注意を払いつづけているという事実を知っているからだ。

ところが、筆者が見るかぎり、日本の専門家の多くはイデオロギー先行の頭でっかちばかりで、現実をまったく知らない。現実を知らないから、理論や制度の不備に気づかない。筆者からみると、マヌケばかりの哀しい現状にある。はっきり言えば、「哲学」がないために、ものごとをみる、パースペクティブ、すなわち、視角がぶれてしまっており、その結果、表面をなでるだけの皮相な分析しかできないのだ。

 

米ロ首脳会談

この会談をどう考えるかのポイントは、この会談に先立って「ワシントン・ポスト」が報じたスクープをどう評価するかにかかっている。それは、「ロシア、ウクライナに対して17万5000人の部隊がかかわる大規模な軍事攻撃を計画、米情報機関が警告」という記事で、2021年12月3日付の「ワシントン・ポスト電子版」(https://www.washingtonpost.com/national-security/russia-ukraine-invasion/2021/12/03/98a3760e-546b-11ec-8769-2f4ecdf7a2ad_story.html)に掲載されたものだ。書き出しはつぎのようになっている。

「米政府関係者およびワシントン・ポストが入手した情報文書によると、ウクライナへのロシアの潜在的な侵攻の可能性をめぐってワシントンとモスクワとの間の緊張が高まるなか、米国の情報機関は、クレムリンが早ければ来年初頭に最大17万5000人の部隊がかかわる多方面攻撃を計画していることを明らかにした。」

この報道がバイデン政権高官によるディスインフォメーションであることに気づくかどうかで、この会談の見方が大いに異なることになる。筆者は、このディスインフォメーションがヴィクトリア・ヌーランド国務省次官によるものだと考えている。

たぶん、7万から10万人のロシア軍兵士がウクライナ国境近くにいることは間違いないのだろうが、17万5000人というのはきわめて怪しい数字だ。詳しくは「論座」に掲載される拙稿を読んでほしい。

 

ロシアにとっての「台湾」、ウクライナ

おそらく今回の米ロ首脳会談で突きつけた、もっとも大切な視角は、「ウクライナがロシアにとっての台湾である」というものだ。

2008年開催のNATO首脳会議に招かれていたプーチンは、当時の米大統領、ジョージ・W・ブッシュとの会談で、「ジョージ、君はわかっていない、ウクライナは国家ですらないんだ」と発言していたことが知られている。そのウクライナの主権をめぐって、プーチンは「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」という論文を2021年7月12日に公表している。そのなかで、つぎのように記している。

「私は、ウクライナの真の主権は、ロシアとのパートナーシップによってのみ可能であると確信している。私たちの精神的、人間的、文明的な結びつきは、何世紀にもわたって形成され、同じルーツにさかのぼり、共通の試練や成果、勝利によって強化されてきた。私たちの親族関係は、世代から世代へと伝わっている。それは、現代のロシアとウクライナに住む人々の心の中にあり、記憶の中にあり、何百万もの家族を結びつける血のつながりのなかにある。これまでも、そしてこれからも、一緒にいれば何倍も強くなり、成功するだろう。私たちは一つの民族だからだ。」

この論文をそのまま真に受けると、プーチンがウクライナ全体への侵攻と、その「奪還」をめざしているように解釈できる。それは、中国が台湾を武力制圧して自国の内政に組み込もうとしている事態に酷似していないか。

ゆえに、「ウクライナがロシアにとっての台湾である」とみなすことは決して荒唐無稽な想像ではない。そう考えると、ヌーランドと思しき人物が、「クレムリンが早ければ来年初頭に最大17万5000人の部隊がかかわる多方面攻撃を計画している」と大げさに喧伝した理由がわかる。こうした事態を放置すれば、中国政府に台湾への武力攻撃を、米国政府は結局のところ容認するのではないかという誤ったメッセージを送りかねないから、こうした多方面攻撃に毅然と立ち向かう米国政府の正当性をアピールできるからだ。

 

東アジアの安全保障の不備

この「ウクライナがロシアにとっての台湾である」という仮定から、ウクライナでの戦争を回避しようとする米国およびその他のNATO諸国との協調ぶりをみるにつけて、逆に、中国による台湾への武力行使を防止するための東アジア地域の連携不足が際立っていることに気づくだろう。

欧州連合(EU)は12月13日、ブリュッセルで外相会合を開き、ロシアがウクライナに侵攻した場合、ロシアに経済制裁を科す方針で合意した、とロイター電は伝えている。EUの外相に当たるボレル外交安全保障上級代表は会合後の記者会見で「EUはウクライナの主権と領土の一体性を支持することで意見が一致している」と指摘し、「ロシアがウクライナに侵攻すれば政治的な結果と高い経済的コストが伴うことを全外相が非常に明確に示した」とのべた。具体的には、ロシアの政治家に対する渡航禁止や資産凍結、ロシアとの金融・銀行取引の禁止などが検討されているという。

すでに、バイデン大統領は、ウクライナ周辺の状況がエスカレートした場合、経済的、財政的、政治的な制裁を科すことをプーチンに伝えている。ただし、ロシアとウクライナとの武力衝突が起きた場合でも、米軍の直接的な関与は「当面、しない」とも語っている。もっとも、すでに米軍はウクライナ軍を指導するための兵士を約150人駐留させているのだが。

いずれにしても、ロシアにとっての台湾たるウクライナをめぐって、欧米はその安全保障面で協力し合うメカニズムがすでに整えられている。NATOという仕組みがどこまで戦争抑止に寄与するかは不明だが、少なくともこうした体制整備が戦争抑止効果をもっていることは明らかだろう。

これに対して、NATOのような仕組みをもたない東アジアでは、中国による武力制圧が起こりやすい状況にあることがわかるだろう。とくに、日韓関係の悪化が決定的に中国の台湾攻撃のしやすさを招いているように思える。

実は、米国は台湾情勢の深刻化を受け止め、有事への対応を含めた最悪の事態に備えようとしている。ところが、日本人の多くはこうした差し迫った状況にあることを知らない。

 

最悪の事態をしっかりと見据える視角

ここでも、視角の持ちようが重要になる。最悪の事態をしっかりと見据える視角をもつことが求められているのだ。

The Economistの日本特集にある「なぜ日本にはより強力な防衛力が必要なのか」(https://www.economist.com/special-report/2021/12/07/why-japan-needs-more-forceful-defence)において、つぎのような指摘があることを紹介しておこう。

「密室での協議では、二つのタイプの有事が想定されている。一つ目は、台湾への侵攻で、おそらく中国は日本の米軍基地を攻撃し、日本列島を占領しようとするだろう」というのがそれである。さあ、それにどう備えるのか。

さらに、記事はつぎのようにつづけている。

「しかし、高官たちが心配しているのは、台湾の封鎖や周辺諸島の占領など、より明確ではない二つ目の事態である。日本のレッドラインについてのコンセンサスはない(米国のレッドラインについての理解もない)。日本の指導者は、行動するための手段をもっているが、それを使うための政治的決断が必要である。政府関係者は、国民が彼らの危機感を共有しておらず、武力行使に反発するのではないかと心配している。自民党は、中国と密接な関係にある平和主義政党の公明党と連立している。公明党の山口那津男代表は、中国と台湾の問題は「それらの政党で解決する必要がある」と言う。」

この二つの事態を想定した対応について、早急に議論する必要がある。

 

もちろん、こうした最悪の事態を避ける努力はつづけるべきだ。しかし、その一方で、最悪の事態に備えるのは当たり前の話だ。

だが、残念ながら、こうした視角をもつことのできない、日本の政治家、官僚、学者、マスコミ関係者は、国民の生命や財産を危険にさらしたまま平然としている。

本当にマヌケな状況にある。21世紀龍馬が「革命」を夢見るのも当然かもしれない。それにしても、もう少しまじめに勉強してほしい。

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塩原 俊彦

(21世紀龍馬会代表)

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