米国に媚びを売る日本外交の恥知らず:米国政治を揺さぶる震源にもなりかねない

 2021年8月4日付の「ニューヨーク・タイムズ電子版」は、「日本からポンペオに贈られた5800ドルのウイスキーボトルが行方不明、米国が発表」(https://www.nytimes.com/2021/08/04/us/politics/pompeo-japan-whiskey.html)という記事を伝えた。翌日の「ワシントン・ポスト電子版」では、「日本がマイク・ポンペオに贈った5800ドルのウイスキーボトルが行方不明に。国務省はそれを探している」(https://www.washingtonpost.com/world/2021/08/05/whiskey-pompeo-japan/)が発表された。いずれも、ポンペオ国務長官(当時)に日本政府が2019年6月24日に贈ったウイスキーの行方がわからなくなっていることに焦点をあてた記事となっている。

 これらの記事はともに、国務省儀典長室の発表した、2019年暦年に連邦政府職員が外国政府筋から受け取った過大な価値のある贈答品に関する包括的リスト(https://www.federalregister.gov/documents/2021/08/05/2021-16751/office-of-the-chief-of-protocol-gifts-to-federal-employees-from-foreign-government-sources-reported)に基づく情報発信であった。日本では、同リストにあった菅義偉官房長官(2019年5月10日当時)が日本製のウイスキー、8370ドル相当をマシュー・ポッティンジャー(大統領副補佐官兼アジア担当シニアディレクター)に贈っていたことが話題となった。官房機密費から捻出したカネがウイスキー購入にあてられた可能性が高い。

 ここでは、日本政府の米国要人に対する「阿諛追従」(あゆついしょう)の実態について、他国との比較しながら論じてみたい。こんな恥ずべき外交が米国政治全体をも揺るがしかねない状況について、日本人がよく自覚し、猛省することがいまこそ求められている。

 

 高額な贈り物を公表する米国

 まず、「表1 トランプ大統領と夫人への高額贈り物上位の事例」をご覧いただきたい。米国の場合、連邦法典(5 U.S. Code § 7342)により、総務局長官に対して国務長官と協議のうえ、3年ごとに直前3年間の消費者物価指数の変化に基づいて、外国からの贈り物の「最低価値」の定義を再定義するよう求めている。2017年~2019年の暦年の最低価値は390ドル(現在は415ドル)とされていたから、これを上回ると判断された贈り物リストが公表されたことになる。なお、米国上院は100ドルの内部最小値を維持しており、100ドルの制限を超える贈答品はすべて米国上院の報告書に記載されている。

 こうした措置は、「不受理は寄贈者と米国政府に恥をかかせることになる」ため、いったんは品物を受理したうえで、連邦政府の所有物とする手続きに基づいている。すべての品物は国立公文書館に引き渡されることになる。ゆえに、高額の贈り物は受け取る側にとっては、必ずしも喜ばれるわけではない。むしろ、「有難迷惑」といった面もある。

 日本の外務省は当然、こうした事情を熟知しているはずだ。にもかかわらず、日本政府の要人が米国高官に高額の贈り物を渡すことを、外務省は平然と看過しているように映る。いやむしろ、外務省自体がいわば「阿諛追従」外交を展開しているようにみえてくる。

 

 権威主義国家は高額の贈り物

 下表は、権威主義的で非民主主義的な国家のトップほど、高額の贈り物をドナルド・トランプ大統領やその夫人に渡してきたのではないかとの疑念をいだかせる。ブルガリアのボイコ・ボリソフ首相(当時)は、2019年の1年間において、もっとも高額な8500ドル相当のオスマン帝国時代のライフルをトランプに贈っていた。もちろん、力を誇示するのが好きそうなトランプの関心をひくための贈り物であっただろうが、ボリソフがトルコの少数民族を代表する政党の創始者であるアフメッド・ドーガンと盟友関係にあったことがライフルの贈り物と大いに関係しているのではないかと思われる。

 このドーガンは黒海のリゾート地ブルガス近郊に別荘をもち、その海岸を自分のものとして違法に扱っていたとみられる。これを実証するために、反汚職政党「イエス・ブルガリア」を率いる元司法相、フリスト・イヴァノフが小型ボートで別荘に近づくと、海に突き落とされるという事件が起きる。2020年7月のことだ。

 この事件を契機にして、税金を使って国家機関の職員がビーチを警護していたことが明らかになる。野党の社会党が指名したブルガリア大統領のルメン・ラデフが明らかにしたのだ。ところが、警察は大統領のオフィスを家宅捜索し、影響力行使と国家機密の開示の容疑で2人の補佐官を拘束した。これに対して、ラデフ大統領は ボリソフ首相が「マフィア政府」を運営していると発言し、彼に退陣を促した。

 こんな人物こそトランプに8500ドル相当の贈り物をした張本人であったのである。2021年4月の総選挙で、ボリソフの与党「ヨーロッパ発展のための市民」(GERB)は苦戦し、5月、彼は首相を辞任した。

表 トランプ大統領と妻への高額贈り物上位の事例(2019年)

順位

時期

贈り物

金額(ドル)

贈った国・人物(肩書は当時)

トランプ大統領

1

11月25日

オスマン帝国時代のライフル

8500

ブルガリア首相ボイコ・ボリソフ

2

9月17日

アラブの馬のブロンズ彫刻

7200

ハリーファ・ビン・サルマン・アール・ハリーファ・バーレーン副首相

3

7月9日

アラビアオリックスの金、ダイヤモンドなどによる彫像

6300

シェイク・タミーム・ビン・ハマド・アール・サーニ・カタール国首長

4

4月1日

トランプ大統領の絵画(複層ガラスに描かれている)

5250

グエン・フー・チョン・ベトナム共産党書記長兼国家主席

5

4月9日

片面に貴金属でトランプ大統領のイメージ、裏面にエジプトの紋章をあしらった、黒い石で彫られた大きなダブルフレーム

4450

アブドゥルファッターハ・エルシーシ・エジプト大統領

6

8月1日

金と宝石で飾られたホルスの首輪

2940

アブドゥルファッターハ・エルシーシ・エジプト大統領

7

3月13日

クリスタルボウル

2700

レオ・バラッカー・アイルランド首相

8

9月24日

ガラスケースに収められた古い弦楽器(Bull Headed Lyre)のレプリカと三日月の彫像

1820

バルハム・サーレハ・イラク大統領

9

2月27日

陶器のドランゴンヘッド

1590

グエン・フー・チョン・ベトナム共産党書記長兼国家主席

10

7月31日

大弥勒菩薩像とピュア・カシミア・ブランケット(刺繡入りカバー付き)

1550

ハルトマーギーン・バトトルガ・モンゴル大統領

トランプ大統領の妻(メラニア夫人)

1

5月27日

パールのイアリング

2600

安倍昭恵(安倍晋三首相夫人)

2

7月9日

磁器製花瓶

2300

シェイク・タミーム・ビン・ハマド・アール・サーニ・カタール国首長

3

5月27日

漆塗りの箱とサイン入り皇后陛下の写真

1130

日本国皇后

(出所)https://www.federalregister.gov/documents/2021/08/05/2021-16751/office-of-the-chief-of-protocol-gifts-to-federal-employees-from-foreign-government-sources-reported

 

 高額な贈り物は政府高官にも

 注目すべきは、高額な贈り物が渡されているのが必ずしも大統領と夫人だけではない点だ。2019年の最高額の贈り物(巨大カーペット)、9800ドル相当は、アブダッラー・ビン・ザーイド・アール・ナヒヤーン・アラブ首長国連邦(UAE)外務・国際協力大臣が同年11月にポンペオ国務長官に贈ったものだ。

 リスト掲載が遅れていた2018年分のなかには、ウズベキスタンのシャヴカット・ミルジヨーエフ大統領がマイク・ペンス副大統領に贈ったカーペット(9700ドル相当)がある。同大統領は2019年7月、ポンペオに対しても9600ドル相当のカーペットを贈った。同じく、ウズベキスタンのバホディル・クルバノフ国防相は同月、リサ・カーティス大統領副補佐官兼南・中央アジア担当シニアディレクターに9600ドル相当の絹のカーペットを贈っている。

 菅がポッティンジャーに贈った8370ドル相当のウイスキーは、こうした高額な贈り物に次ぐものだ。当然、この100万円近いウイスキーの購入代金の出所や贈り物をした理由などについて、国会議員は菅に問いただすべきだろう。

 筆者がとくに知りたいのは、前述したように、こんな贈り物をしても国立公文書館に収蔵されるだけなのに、あえて高額の贈り物をした菅の真意である。あるいは、こんな高額の贈り物を渡すこと自体に反対しなかった外務省のマヌケさのわけを知りたい。

 ポンペオ国務長官へのウイスキーの贈呈はより深刻だ。国務省のリストには、贈り主が「日本政府」としか書いていない。日本政府のだれかがポンペオに渡したのかもしれないが、贈呈日とされる2019年6月24日に、ポンペオはサウジアラビアを公式訪問中だった。ポンペオはその週後半、20カ国・地域(G20)首脳会議のために訪日した。

 リストにおいて、この日本製ウイスキーボトルについては、「行方不明」と記載されているだけだ。その受領は公式に認められたことになるが、実物の所在がわからないのである。最初に紹介した「ワシントンポスト」によると、「国務省は監察官にボトルがどうなったかを調べるよう依頼している」という。調査結果によっては、日本政府が渡したウイスキーが米国政治全体を揺るがしかねない事態となっている。

 

 日本の「阿諛追従」外交の咎

 日本政府の米国政府高官に媚びを売り、へつらうという外交が実は、米国政治に深くかかわり、次期大統領選にまで影響しかねない状況を生み出してしまっていることに気づいてほしい。だからこそ、菅政権幹部はもちろん、外務省幹部らは猛省しなければならないのだ。

 「ワシントンポスト」は、「消えたウイスキーのボトルに関する情報開示は、2024年の共和党大統領候補に立候補する可能性を側近と話し合っているポンペオの下で国務省がどのように運営されていたかについて生じた最新の問題である」と、的確に指摘している。

 実は、トランプは2020年5月、ポンペオに促されて、ポンペオとその妻が政府の資源を悪用したかどうかを調査していた監察官を解雇したとされている(NYTの記事「トランプがポンペオの要請で国務省の監察官を更迭、民主党が調査を開始」[https://www.nytimes.com/2020/05/16/us/politics/linick-investigation-pompeo.html]を参照)。

 新しい国務省監察官は2021年4月に報告書を発表し、「ポンペオとその妻が犬の世話などの個人的な仕事を職員に依頼した際に、倫理規則に違反していたとのべた」と、前述の「ワシントンポスト」は伝えている。

 こんな札付きのポンペオだからこそ、消えたウイスキーの行方が彼の今後を決定づけることになりかねないのだ。

 

 世界の潮流への理解の必要性

 このサイトで、筆者は何度も世界の潮流への理解を深めることが日本の政治家、官僚、マスメディア関係者などに必要であることを強調してきた。とくに、腐敗に関連した問題として、拙稿「PEP規制の重要性:無知ほど怖いものはない」[https://webronza.asahi.com/politics/articles/2020093000005.html]を書いたこともある。ここでは、「グリース・ペイメント」(Grease Payments)と呼ばれる、「円滑化のための少額の支払い」について紹介しておこう。

 少額の贈り物のやり取りや少額の飲食代の支払いなどについて、贈収賄犯罪の対象とするのは「現実的」ではないというのが数十年前までの世界の潮流であった。たとえば、1977年に米国で制定された海外腐敗行為防止法(FCPA)では、米企業が外国公務員、政党、候補者に賄賂を支払うことを禁止している。このとき、「グリース・ペイメント」とも呼ばれる円滑化のための支払いについては、外国の下級官僚に円滑化のための支払いを提供できなければ、組織は特定の国と容易にビジネスを行うことができないと主張したことにより、円滑化支払いは例外として禁止事項から除外された。

 しかし、「グリース・ペイメント」、あるいは、「ファシリテーション・ペイメント」(サービス円滑化のための少額支払い)と呼ばれるような少額の支払いを隠れ蓑にすれば、贈収賄が行えることになる。このため、2010年に英国で制定され、2011年7月から施行された反贈収賄法(Bribery Act 2010)では、「ファシリテーション・ペイメント」を贈収賄の一種とみなし、処罰の対象としている。

 この法律を契機に、少額支払いに対して厳しい目が向けられるようになっている。それがいまの世界の潮流だ。そうであるならば、政府高官が外国の高官に贈り物をする場合であっても、その儀礼は相手国の規則に則ったものでなければならない。外交儀礼だから、何を渡してもいいということにはならないはずなのだ。

 世界の常識として、高額の贈り物を渡そうとすること自体、それは贈賄行為にあたる可能性が高く、差し出された側が受け取ってしまえば、収賄罪に問われかねない。それがどんなに少額であっても、罪に問われる可能性があるという方向に世界は向かっている。だからこそ、高額な贈り物を米国政府の高官に贈りつづけている日本政府が世界に恥をさらしているように思えてくる。本当に情けない状況にいまの日本はある。

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塩原 俊彦

(21世紀龍馬会代表)

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